第37話:あたくしはなぜこんな目に遭っているの(Side:アバリチア⑤)
「お前たちのせいで、ナデシコは傷物になるところだったのだぞ! いや、それどころか、死んでいたかもしれん!」
あたくしたちは、王宮の広場で縛り上げられていた。
固くてきつくて、体中がいたい。
情け容赦なんて、微塵もなかった。
「で、ですが、王様……あたくしはナデシコ様のおケガを治そうと必死に……」
「そ、そうです、王様。アバリチアは姫様のため、懸命に……」
「その結果、より悪化させたではないか!」
またもや、すごい剣幕で怒鳴られた。
周りを見ると、王族があたくしたちを汚い物のように見ている。
ど、どうして、こんなことになったのよ……。
そうだ、シャロー様の魔法が失敗したからだ。
その瞬間、あたくしは自分の婚約者が猛烈に憎くなった。
「元はと言えば、シャロー様のせいではありませんか! いつも調子がいいくせに、肝心なところで失敗して!」
「なんだって!? 僕が悪いって言うのかい!?」
「全部あんたが悪いのよ! ガブッ!」
「うわぁ、何をするんだ、アバリチア! いたっ、やめなさい! だ、誰か助けて!」
あたくしはシャロー様に嚙みつく。
この人だけは、タダでは済まさないわよ!
「ええい、黙らんか!! 衛兵、こいつらを取り押さえろ!!」
「王様の前で、無礼だぞ!」
「暴れるな!」
「おとなしくしろ! この暴力女!」
衛兵たちがのしかかってきて、あたくしたちは地面に抑えつけられた。
ドカッと顔が地面にあたって、とても痛い。
あたくしは屈辱感でいっぱいだ。
こんなに乱暴な扱いを受けるなんて……。
「そ、それで……ナデシコ様はどうなったのですか?」
あたくしは恐る恐る聞く。
もし、死んでいたら……しょ、処刑されちゃうかも。
「ジークが呼んでくれた医術師のおかげで、何とか一命は取り留めた」
生きていると聞いて、あたくしはホッとした。
これでなんとか、処刑は免れたはずよ。
え、ちょっと待って、ジーク様?
王国の皇太子じゃないの。
すると、王様の陰から例の美男子が出てきた。
あの方は、ジーク様だったのか。
皇太子なら、あの美男子具合もうなづける。
医術師を呼んだのも、あたくしを助けようとしてくださったのだわ。
「よくもナデシコを苦しめてくれたな。この悪女め」
しかし、ジーク様はあたくしのことを物凄く怖い目で見ている。
そ、そんな……。
あと一歩で、あたくしは王妃になれたかもしれないのに……。
「貴様はクック男爵家の令嬢だったな」
「は、はい、そうでございます、王様」
どうして、王様はそんなことを聞くんだろう?
そ、そうだ、もしかして……、とあたくしは気持ちが明るくなった。
きっと、聖女としての慈善活動が、王様の耳にも入っていたんだわ。
その行いに免じて、あたくしを見逃してくれるのよ。
庶民たちの相手をしていたのも、無駄ではなかったのね。
「貴様はメルフィー嬢と、まったく違う愚か者だな。メルフィー嬢はあんなにも素晴らしい人物なのに、貴様ときたらなんだ。恥を知れ」
え……?
ちょ、ちょっと、どうしてお義姉さまの名前が出てくるのよ。
メルフィーと聞いて、シャロー様も顔を上げた。
「し、失礼ながら王様。なぜ、メルフィーのことをお話になられるのでしょうか?」
「以前、メルフィー嬢の手料理を食べたのだ」
王様はまたもや衝撃的なことを言ってきた。
て……手料理……? お義姉様の……? で、でも、どうして?
だって、お義姉様は冷酷公爵の屋敷に追放したのよ。
王様に手料理を食べさせるなんておろか、話すことさえできないのに。
それどころか、生きてるかどうかもわからない。
あたくしはビクビクしながら尋ねる。
「お、王様、どこで召し上がられたのでしょうか?」
「メルシレス卿の屋敷だ。彼女はメルシレス卿の、専属シェフになっている」
その言葉を聞いて、あたくしたちは愕然とした。
「「れ、冷酷公爵の屋敷で……?」」
なんで、冷酷公爵のシェフなんかできてるの?
とっくに追い出されているんじゃないの?
「い、いや……でも、お義姉様は死んだはずじゃ……」
「そ、そうです、王様。あの“飯炊き令嬢”が生きているはずがありません」
「黙れ! 死んでいるわけがないだろう!」
王様に怒鳴りつけられ、あたくしたちは震え上がる。
「メルフィー嬢はメルシレス卿の下で、幸せに暮らしておるわ!」
「そ、そんな……」
「貴様らはメルフィー嬢を、無理やり家から追い出したと聞いたぞ! おまけに、毎日料理を強要していたようだな!」
ま、まずいですわ。
お義姉様を追い出したことまで知っているなんて。
なんとかして、この場を切り抜けないと。
あたくしはこれ以上罪を増やさないようにするので、精一杯だった。
「で、ですが……それは仕方なかったことなのです! あたくしたちはお義姉様に苦しめられていました! 彼女はあたくしたちの食事に、毒を盛ったのです!」
「ね、ねぇアバリチア、そんなことはあったっけ?」
シャロー様は小声でつぶやいてきた。
まったく、このボンボンは!
あたくしはシャロー様をきつく睨む。
そして、小声で呟いた。
こうなったらお義姉様を悪者にして、あたくしたちだけでも助かるのよ。
「そ、そうでございます。あの女は僕たちを殺そうとして……」
「いい加減にしろ!!!」
広場が壊れるかと思った。
これほどの怒鳴り声を聞いたのは、あたくしも生まれて初めてだ。
「貴様らには心底がっかりしたぞ。ナデシコにケガを負わせ、メルフィー嬢を家から追い出し、挙句の果てには虚偽の発言を繰り返す。これほどまでに愚かな者たちは、我輩も見たことがない」
王様は怒りを通り越して、もはや呆れ果てていた。
で、でも、このお説教をやり過ごせば、また元の生活に戻れるわ。
王族と結婚する計画はダメになったけど、あたくしにはシャロー様がいる。
伯爵家で我慢してやるわ。
「お前たちの爵位は剥奪する! 二度と貴族を名乗るな!」
え……? は、剥奪……?
あたくしは絶句した。
爵位を失ったら、ただの庶民になってしまうじゃない。
「そ、それだけはご勘弁ください! 爵位だけはお見逃しください! あたくしはこの国のためなら、何でもいたします!」
「僕も今よりずっと魔法を精進します! 素晴らしい魔法をご覧にいれます! ですから、どうかお考え直しください!」
「黙れ黙れ! お前たちには絶望した! もう顔も見たくないわ!」
しゃ……爵位が剥奪されるなんて……。
でも、こうなったら仕方ないですわ。
爵位と言っても、男爵だから一番下だし。
お説教が終わったら、さっそく適当な貴族に取り入ってやるわ。
聖女と聞いたら、どこの家も欲しがるでしょう。
しかし、王様の口からとんでもないことが言われた。
「お前たちは監獄行きだ! 一生、牢から出てくるな!」




