第36話:あたくしは何も悪くないんだから(Side:アバリチア④)
「いや、でも、あたくしは……最近調子が出なくて、医術師の方を待った方がよろしいかと……」
あたくしは必死に断る。
ナデシコ様の治療なんて、責任の重い仕事は絶対にやりたくない。
もし治らなかったら、あたくしのせいにされるでしょ。
「アバリチア嬢、そんなこと言わずに! 姫様は重体なのだ!」
「“聖女の力”は、大変に素晴らしいと聞いておりますぞ! 出し惜しみしないでいただきたい!」
「姫様を治せるのは、お主しかいないのだ! さぁ、お早く!」
しかし、王族たちは全く引き下がろうとしない。
みんなしてあたくしを、それはそれは期待を込めた目で見ている。
こ、困ったわ……。
どうやって、切り抜けようかしら。
「何をやっているんだ、アバリチア! 早くナデシコ様のおケガを治すんだ!」
「あっ、ちょっと、待って……」
シャロー様は、あたくしを強引に引っ張る。
この人は、なんでこんなに偉そうなのよ。
あんたがケガさせたんでしょうが!
「ほら、早くしなさい、アバリチア! もう君しかいないんだよ!」
「そ、そんなことを言われましても……」
あっという間に、ナデシコ様の前へ連れてこられてしまった。
「うっ……腕が……」
ナデシコ様は、とても痛そうで苦しそうだ。
腕がざっくりと切り裂かれている。
それを見て、あたくしはドキッとした。
血がダラダラ出ている。
け、結構大変な傷じゃないの。
「ナデシコ様のおケガは、重そうだぞ……」
「血がたくさん出てしまっている……」
「大丈夫だ。アバリチア嬢は聖女なんだから、キレイに治してくださるさ……」
王族のオジサンたちは、コソコソ話している。
好き勝手言って!
でも、ここまで来たら、やるしかないじゃないの……。
シャロー様のせいで、とんだ目に遭ってしまったわ。
「ナデシコ様、すぐに治して差し上げますからね」
「え、ええ……うぐっ……」
でも、ナデシコ様のケガは、あの子どもよりずっとひどい。
な、治せるかしら……。
あたくしは心臓がドキドキする。
いえ、きっと大丈夫よ。
何とかなるわ。
「アバリチア、何してるんだ! 早くして!」
「わかってますわよ……」
もう、シャロー様ったらうるさい!
静かにしてなさいよ!
あたくしは魔力を集中する。
少しずつ、自分の両手がぼんやり光りだした。
「おい、アバリチア嬢の手が光っているぞ!」
「呪文も唱えずに魔法が使えるとは!」
「まるで、見ているだけで癒されるようだな!」
王族オジサンたちは喜んでいるけど、あたくしはイヤな予感がしていた。
な、なんか、光が弱くなっていない?
だけど、今さらやめるなんて、到底できない。
もう、どうにでもなれ!
手をナデシコ様の腕に当てると、傷がふさがり始めた。
「いいぞ、アバリチア! やっぱり、君は最高の聖女だ!」
シャロー様はとても喜んでいる。
あたくしは呆れてしまった。
前からわかっていたけど、この人は本当に調子がいいわね。
「おおっ! 傷が治っていくぞ!」
「これが“聖女の力”か! す、すごい!」
「アバリチア嬢は、素晴らしい力をお持ちだ!」
王族も衛兵も、みんな驚いている。
ふんっ、これくらい簡単よ。
やっぱり、あたくしは選ばれし聖女なのね。
ナデシコ様の顔色が、徐々に良くなっていく。
おまけに、傷も順調に治っていた。
「アバリチアさん、あなたは素晴らしい力をお持ちなんですね。私の元気が回復するのを感じます」
「ナデシコ様……」
ようやく、調子が戻ってきたみたい。
あたくしは自信を取り戻して、一安心した。
あとはこのまま、魔力を注いでいけば……。
「きゃあっ、痛い! 何が起こっているのですか!?」
「「ひ、姫様!?」」
と思ったら、ナデシコ様の傷がどんどん広がり始めた。
「アバリチア嬢! 姫様のケガが大きくなっていますぞ!」
「治してくれるのではなかったのですか!?」
「これが“聖女の力”なのか!?」
「いや、ちょっと、待って……」
どうして、どうして、どうして!?
あたくしには、意味がわからなかった。
お、落ち着きなさい、アバリチア。
慌てずにいつも通りやるのよ。
しかし、魔力を注げば注ぐほど、ナデシコ様のケガが悪くなっていく。
そして、あたくしはどんどん焦る。
こんなこと、今までなかったのに……!
「おい、こいつをひっ捕らえろ!」
「聖女なんてウソだったんだ!」
「姫様のケガを悪化させてるぞ!」
急に、王族たちが慌ただしくなった。
いつの間にか、あたくしが悪者扱いされている。
「アバリチア、どうしてくれるんだ!? ナデシコ様のことを、なんだと思っている! この国の大切な姫様だぞ!」
挙句の果てには、シャロー様に怒鳴られた。
だから、なんであんたが怒ってるのよ!
「何ですって! 元はと言えば、シャロー様のせいで……! ちょっと、やめて!」
言い終わらないうちに、王族や衛兵たちがあたくしを引き剝がそうとする。
「こら、いい加減にしろ! もう、そのインチキ魔法を使うな!」
「ナデシコ様が死んでしまったらどうするんだ!」
「離れるんだよ! このウソつき魔女が!」
「い、痛いじゃないの! 触らないで!」
あたくしは必死に抵抗する。
今ここで離れたら、それこそ罪人にされてしまう。
何としても、ナデシコ様のケガを治さないと!
あたくしは渾身の力を注ぎ込む。
「はあああ!」
持てる限りの魔力を使った。
あたくしの手の平が、眩いばかりに輝く。
でも、血が止まる気配は全くない。
ナデシコ様の顔は、もう真っ青だ。
こ、このままでは本当に死んでしまうわ。
ど、どうしよう……。
「おーい! 医術師を連れてきたぞ!」
すると、広場の向こうから、白装束に身を包んだ人たちが走ってきた。
王宮直属の医術師たちだ。
先頭には、あの美男子がいる。
医術師を呼んでくれたんだ。
顔だけじゃなくて、判断力にも優れているのね。
シャロー様なんかより、あの人の方がずっといいわ。
そのとき、医術師団の後ろからかっぷくの良い男性が出てきた。
この国で一番偉い人。
それは……。
「「お、王様!?」」
国王陛下がやってきた。
「ナデシコ、大丈夫か!? しっかりしろ! おい、急いで治療を開始しろ!」
「はい、今すぐに!」
王宮直属の医術師たちが、ナデシコ様を治療しながら連れていく。
はぁ……良かった。
あたくしの手を離れたので、一安心する。
と思ったら、王様が歩いてきた。
とても怖い形相をしている。
「貴様ら……ナデシコに招待された貴族だな……魔法で芸ができるとか。そっちにいる令嬢は、聖女らしいな……なぜ、ナデシコがあんなことになっている……?」
王様は怒りで、顔が真っ赤だ。
周りの王族オジサンや衛兵たちも、黙りこくっている。
シャロー様もブルブル震えていた。
な、何とかして弁明しないと。
「お、王様。これはちょっとした事故でして……僕の魔法がたまたまナデシコ様にケガを……」
「あたくしもなぜか調子が悪くて……」
「これはどういうことだ!!!」
王様の怒鳴り声が、広場中に響いた。




