第34話:やっぱり、公爵様はお優しかったです
「メルシレス卿、どうしてもダメかね? メルフィー嬢にとっても、悪い話ではないと思うのだが」
「お言葉ですが、陛下。メルフィーは絶対に渡しません」
ルーク様は、ギロリと王様を睨んでいる。
「いや、そんなに怖い顔をしなくても……」
「メルフィーは私にとって、なくてはならない存在なのです」
ルーク様は相手が王様にも関わらず、とても強い口調で話している。
一歩間違えれば、自分の評価が悪くなってしまうのに……。
「そういえば、メルフィー嬢は貴殿の専属シェフだったな」
「例え陛下のご要望でも、メルフィーは私と専属契約をしておりますゆえ。王宮付きにするわけにはいきません」
ルーク様の鋭い目を見て、側近の人たちもビクビクしている。
「そうか……メルシレス卿がそこまで言うのなら、仕方あるまいな……」
王様はしょんぼりしていたけど、すんなり引き下がってくれた。
私は静かにホッとする。
ルーク様と離れ離れになったら、どうしようと思っていたのだ。
「心より感謝申し上げます、陛下。どうしても、メルフィーだけは私の手元に置いておきたいのです」
「たしかに、これほどのシェフは手放したくないのもわかる。メルシレス卿、貴殿は素晴らしい人と出逢えたのだな」
やがて、お食事会はお開きとなった。
私とルーク様は、王様たちをお見送りする。
「今日はありがとう、メルフィー嬢。誠に美味い料理であったぞ」
「恐れ入ります、王様」
「先ほども言ったが、貴殿の料理は絶品であった。また今日のような食事を食べさせてくれ」
王様は、私とがっしり握手をしてくれた。
そして、側近の人たちや総料理長も、こぞって握手してくる。
「メルフィー嬢、あなたの料理は最高でした! 次はいつ、いただけるんでしょうか!?」
「この国に、二人といない人材です!」
「ぜひ今度、王宮の厨房に来てください! 私たちもあなたみたいな料理を作りたいのです!」
「わっ、ちょっ」
あっという間に、私は囲まれてしまった。
ぎゅうぎゅうに押されて苦しい。
すかさず、ルーク様が助けに来てくれた。
「おい、何している。メルフィーから離れるんだ」
「これこれ、メルフィー嬢も困っているではないか。それくらいにしておきなさい」
王様は優しく笑いながら、私たちを見ていた。
「それでは、メルシレス卿、メルフィー嬢。我輩はこれにて失礼する」
「「お気をつけてお帰りくださいませ」」
そして、王様たちは帰って行った。
馬車が見えなくなったところで、私はようやく、ふぅっと一息吐けた。
お食事会は成功……でいいのよね。
「メルフィー、今日は大役を見事に勤めてくれたな。疲れたろう」
「なんとか無事に終わって良かったです」
「王様たちも、とても喜んでいた。さすがは、メルフィーだ」
「いえ、それほどでは、あっ……」
私は急にフラフラしてきた。
たぶん、思ったより緊張していたんだろう。
力が抜けて、倒れそうになる。
地面にぶつかる……。
と思ったとき、ルーク様にガシッと掴まれた。
「大丈夫か、メルフィー」
「え、ええ、大丈夫です。すみません、力が抜けてしまって……きゃっ」
いきなり、ルーク様にひょいっと抱きかかえられた。
こ、これはいわゆる……“お姫様抱っこ”って言うんじゃないの?
「ジッとしていなさい。このまま、君の部屋まで連れていく」
「あ、あの、ルーク様! 歩けますから!」
「静かにしなさい」
お屋敷の中だから良かったものの、私は恥ずかしくてしょうがなかった。
顔から火が出そうだ。
卵が焼けるくらい。
「お、降ろしてください、ルーク様……恥ずかしくて……」
「いいから」
そのまま、ルーク様はズンズンと進んでいく。
でも、エルダさんたちがいなくて良かったぁ。
こんなところを見られたら、何を言われるか……。
とそこで、私は不安になって聞いた。
自慢ではないが、私はお料理を残したことはない。
「あの……私、重くないですか?」
「心配するな。持てないほどではない」
それって、重いってことですか?
とは聞けず、私は黙っていた。
少しでも軽くなるように、余計な力を抜いて。
「メルフィー、そんなに硬くなるな」
だけど、力は全く抜けていなかった。
ルーク様は私の寝室に入ると、とても優しくベッドに乗せてくれた。
そのまま、丁寧に毛布をかけてくれる。
「メルフィー、今日はもう休みなさい」
「ですが、ルーク様のお夕食が、まだご用意できていません……」
「私のことなど、考えなくていい。君は自分の体のことだけ考えなさい」
そう言うと、ルーク様は足早に出て行こうとした。
だけど、部屋を出る直前、私は呼び止めた。
「あの……ルーク様」
「なんだ」
「王様に断ってくれて、ありがとうございました。正直、どうお断りすればいいか迷っていました。それに、ルーク様があのように言ってくださって、私はとても嬉しかったです」
私は静かにお礼を言った。
「私は君に、ずっとこの家にいてほしいんだ。これからもよろしくな」
「私もいつまでも、ルーク様と一緒にいたいです」
「メルフィー、いつもありがとう」
そう言うと、ルーク様は寝室から出ていった。
私は心地良い眠りに就きながら思った。
ルーク様は冷酷公爵なんて言われていたけど、やっぱりそれはウソだ。
だって、こんなに優しいのだから。




