第30話:公爵様と買い出しに行きました
「お、おい……冷酷様が女の子を連れてらしてるぞ」
「今までこんなことなかったよな……いったい何があったんだ……」
「まさか……喰ってしまうんじゃ」
みなさん小声で、何かを話しているけど。
おまけに、私たちをビクビクしながら見ている。
どうしたんだろう?
一緒に歩いていても、別におかしくはないわよね。
もしかして、ルーク様はあまり外に出ないのかしら?
まぁ、まずはメニューを考えましょう。
あの本も持ってきたわけだし。
「ルーク様、汁物はここに書いてある、“お味噌汁”にしようと思います」
「それが良いだろう。きっと王様も飲んだことがないぞ」
どうやら、味噌という調味料を溶かしたスープらしい。
昆布の他に、かつお節なんて物も使うようだ。
「“懐石料理”は、出汁というものが大切らしいですね。どのお料理でも使っています」
「ふむ。“ニポン人”たちにとっては、定番の味つけなのかもしれない。どんな味がするのか、楽しみだな」
本に描いてある料理は、みんな初めて作るものだ。
だんだん、私も楽しみになってきた。
読めば読むほど、色んな料理が載っているなぁ。
きっと、複雑な料理よりは、シンプルな方が良いわよね。
私は、初めての人でも食べやすそうなメニューを探していく。
「次は向付ですね。コースの前半なので、さっぱりした料理を出すみたいです」
「この“刺身”という料理は、“スシ”にそっくりだな」
“スシ”の上に乗せていた魚の切り身を、そのまま出している。
だけど、盛り付けがとても美しい。
まるで、芸術品のようだ。
「これはぜひお出ししたいです」
「ふむ……見た目も非常に煌びやかだ」
どんなのにしよう?
そのとき、お店の鯛が目に入った。
「ルーク様。ここに“鯛の昆布締め”という料理があります」
「なんだそれは? 初めて聞く名だ」
「鯛を昆布で包んだ料理らしいです」
どんな料理になるのか、私たちは想像する。
これも、生の魚を使っていた。
昆布の味をしみこませているらしい。
「ソースなどをかけたりしていないな」
「昆布の味だけで食べるみたいですね」
とりあえず、作ってみることにした。
「焼物は、“ブリの照り焼き”にしようと思います」
これはブリを、こんがりと甘く焼いたメニューだ。
“懐石料理”でも、基本的な料理と書いてある。
「美味そうじゃないか。でも、肉にしなくていいか?」
「魚ですけど、味つけも全然違うので、王様たちも楽しめると思います」
「なるほど……」
「お肉は椀物で使おうと思います」
私はルーク様に、本を見せながら言った。
“じゃがいもと鶏そぼろのお椀”という料理がある。
「ほぅ……そぼろか」
「お肉を細かくほぐしたものです。ポテトと一緒に使えば、馴染みやすいと思います」
「うむ、そうだろうな」
最後は煮物ね。
何を作ろうかな。
「煮物にも、旬のお野菜を使いたいですね」
「どうやら、“ニポン人”たちは季節感も大事にしているらしい」
今の季節だと……。
「煮物はにんじんやごぼうの根菜にします」
「メルフィーの料理を想像すると、今から楽しみになる」
ルーク様はホクホクとしている。
「味噌やかつお節は、“ニポン”の食べ物なんですかね」
「珍しい食材だが、見つかるだろうか」
そうだ、あのお店なら売っているかも。
「この市場には、東の国の食材を扱ったお店があるんです。たぶん、そこなら売っているかもしれません」
「そうだったのか。では、行ってみるか」
やがて、例の店へ着いた。
もうすっかり行きつけだ。
ルーク様はお店の飾りつけを、感心したように見ている。
「この辺りでは、なかなか見ない店だな」
「東の方の食べ物がたくさん揃っているんです。きっと、“懐石料理”にちょうどいい食材が売っていますよ」
ルーク様と話していると、奥から店主さんが出てきた。
「いらっしゃい!」
「こんにちは~」
「失礼するぞ」
「お嬢ちゃん、また来てくれたんだね! 今日も良い食材が……って、メルシレス公爵様!」
店主さんはルーク様を見ると、直立不動のとても良い姿勢になった。
冷や汗をダラダラかいている。
「いきなり訪ねてすまないな。ちょっと中を見せてくれ。君もそんなに、硬くならなくて良い」
「え……? 冷酷様が……お優しい……?」
「なんだ?」
「い、いえ! 何でもありません!」
私は二人の間に、スッと入った。
「あの、すみません。味噌やかつお節、昆布などもありますか?」
「あ、ああ、もちろんあるよ」
私が質問すると、店主さんは安心したように奥へ行った。
「ほら、これがかつお節さ」
そして、茶色くて細長いものを持ってきた。
「え? これがですか?」
「鰹を乾燥させているんだよ。ちょっと魚っぽいだろう」
そう言われると、たしかに魚の面影がある。
触ってみると、かつお節はカチコチに硬くて、とても食べられる感じではない。
ルーク様もコンコンと叩いて、不思議な顔をしている。
「ずいぶんと硬い食べ物だな」
「どうやって、食べるんですか?」
「これはね、そのまま食べるんじゃないんですよ。こうやって、薄く削って使うんです」
そう言うと、店主さんは箱を取り出してシャッシャッと削っていく。
少しすると、ペラペラの皮みたいのが出てきた。
「ちょっと食べてみてくださいな」
「「おいしい(美味い)!」」
しょっぱいんだけど、塩辛いって感じではない。
旨味って言うのかな?
食べてみると、おいしさがじゅわーっと口の中に広がっていく。
へぇ、これがかつお節なんだぁ。
たしかに、お湯につけると良い味が出てきそうだ。
「じゃあ、これください!」
「まいど~!」
ということで、私たちは食材をあらかた買い揃えた。
あとは実際に作ってみて考えよう。
「とりあえず、これくらいで大丈夫そうです」
「王様が来るのは、まだ先だからな。練習する時間はたっぷりあるだろう」
とそこで、私はとても大事なことに気がついた。
「あの、ルーク様。“ニポン”人たちが使っている食器は、私たちの物とは違うみたいです。“箸”って書いてあります。王様たちも使ったことはないですよね?」
彼らは二本の棒のような物を使って、食事をしている。
私たちがいつも使うのは、フォークやナイフといった食器だ。
そうか、文化が違うから、食器も違うんだ。
「うーむ、彼らは“箸”を使って食事をするのか。王様たちも普段はフォークなどを使っているだろう」
「私たちでも食べやすいように、料理をアレンジしないとですね」
この辺りは、食材や調理法を工夫すれば大丈夫かな。
「私にできることがあったら、遠慮せず言ってくれ」
「ルーク様はお優しいですね」
「メルフィーのためなら、どんなことでもするさ」
ルーク様がいれば、何でもできる気がする。
そして、私たちはお屋敷に戻った。




