表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/40

第3話:公爵様のお食事を作りました ~出逢いのアクアパッツァ~

「は、はい、頑張ります」


出て行けと言われて、私はドキッとした。


「それと、君の分も作りなさい。食事を摂りつつ、君が作った料理への意見も言いたいからな」

「え? でも、さっきはすぐに出て行けって」

「さすがに、来たばっかりで追い出すような真似はしない。もし追い出すとしたら、明日の朝だ」

「そ、そうですか」


まずかったら、やっぱり追い出されるのね……。

優しいんだか冷たいんだか、よくわからなかった。


「ここにある調理器具や食材は、自由に使ってくれて構わない。必要であれば、街へ買い出しに行ってもいい。もちろん、食材費は気にするな。私の名前を出せば、先に品物を渡してくるはずだ」


キッチンにはビン詰めされたオリーブオイルや、塩、コショウなどの調味料まで揃っていた。

高価な物がたくさん置いてある。


「あの、公爵様はどんな物がお食べになりたいですか?」


私は公爵様に尋ねる。

好みの食べ物があったら、それを作って差し上げたい。


「別に、なんでもいい」

「わかりました……」


なんでもいい、が一番困るのに……。


「それと、君に紹介しておく人がいる。ラベンテ、来なさい」


公爵様が呼ぶと、かっぷくのいい淑女が出てきた。


「彼女はラベンテ。使用人たちの食事を作っている。ラベンテ、これからこの娘が私の食事を作る。キッチンを案内しなさい」

「しょ、承知いたしました、公爵様」


そう言うと、公爵様はさっさと出て行ってしまった。


「初めまして、ラベンテさん。メルフィー・クックです」

「聞いたよ、婚約破棄された上に、家から追い出されたんだってね。なんてかわいそうな子なんだい。よりによって、公爵様のお食事を作ることになるなんて……オヨヨ……」


ラベンテさんは、シクシクと泣いている。


「いや、大丈夫ですから」

「公爵様は大変食事にうるさいんだよ。今までどんなに有名なシェフでも、クビにされていたんだから。アタイは公爵様担当じゃなかったから、なんとか生き残ったけど……オヨヨ……」


相変わらず、ラベンテさんはさめざめと泣いている。


「そ、そんなに泣かないでください。あっ、あれはもしかして……」

「……オヨヨ……水道だよ」

「さすが、公爵家ですね。水道まであるなんて」


蛇口をひねると、キレイな水が出てきた。

勢いはそれほど強くないけど、料理をするなら十分すぎるほどだ。

時計を見ると、まだ夕食までは時間があった。

私は自分の顔を、パンッ! と叩いて気合いを入れる。


「頑張りなさい、メルフィー。まずは、どんな食材があるか確認するのよ」


キッチンを見渡すと、片隅に大きな箱があった。

ひんやりしていて冷たい。

よく見ると、箱の周りには魔法陣が刻まれていた。


「ラベンテさん、これはなんですか? こんな箱、見たことないです」

「これは公爵様がお作りになった魔道具だよ。氷魔法で食べ物が腐らないのさ」

「す、すごい」


これなら、いつでも新鮮な食材が用意できる。

中を開けると、色とりどりの野菜が入っていた。

チェリーみたいにちっちゃなトマト、緑が眩しいピーマン、大きなマッシュルーム、スタミナが出そうなにんにく、大ぶりのズッキーニだ。

アサリやムール貝という、海の幸まである。

そして、奥の方には大きな魚が入っていた。


「うわぁ……マダイですね。おいしそう」


ほんのりとしたピンク色がキレイだ。

目が透き通っていて、とても新鮮なことがわかった。

身も引き締まっていて、脂がのっている。


「それは、今朝捕れた魚だよ。公爵様から、食材はいつもたくさん用意しておくように言われていてね。市場で見かけた、美味しそうな物を入れてあるよ」

「だから、こんなに揃っているんですね」

「メルフィー、食材は足りそうかい? 必要な物があったら、市場で買ってくるけど」


幸いなことに、ここにある食べ物で作れそうだった。


「ありがとうございます、ラベンテさん。でも、これだけあれば十分です」

「何を作るんだい? アタイの書き溜めたレシピならここに……でも、こんなんじゃ役に立たないねぇ」

「いえ、大丈夫です。私は食材を見ただけで、レシピが思い浮かびますので」

「それはすごい能力じゃないか。羨ましいよ、メルフィー」


私はこのマダイを、メインに決めた。

切り分けるより、丸ごと使ってあげたい。

さっそく、頭の中でレシピを組み立てる。


「よし……アクアパッツァを作ろう」


味つけは魚介のうまみを中心にして、トマトの爽やかな酸味をアクセントに……。

完成したのを想像すると、お腹が空いてきた。

料理のコツは、自分がおいしそうに思った物を作ってあげることだ。


「では、始めますね」


まずは、マダイの下準備から。

ナイフの背を流すように当てて、ウロコを剝がす。

身を傷つけないように、しっぽから頭に向かってね。


「ずいぶんと手際がいいねぇ、メルフィー」

「いや、ただ慣れているだけですよ」


胸ビレの下を切りこんで内臓を出したら、下準備はお終いだ。

こうすれば、魚の表に切り込みが見えなくなる。

水で丁寧に洗って、残ったウロコやお腹のヌルヌルを取り除く。

清潔なタオルで拭いて、臭みを消してと。


「メルフィーは丁寧に料理をするんだね」

「おいしい料理を作るには、ちょっとしたひと手間が大切ですから。特にアクアパッツァは、食べてるときに固い物を嚙んだりしないように、気をつけています」


フライパンにオリーブオイルを、ぐるっと入れる。

半分に切ったニンニクを火にかけると、香ばしい香りがしてきた。

温まるのに時間がかかるので、ピーマンとマッシュルーム、そしてミニトマトを一口サイズに切っておく。

アサリとムール貝は、ささっと洗うくらいで良さそうね。


「これで準備はできました」

「作るのを見ていたら、アタイもお腹が空いてきたよ」


私は湯気をすぅっと吸い込む。

香りづけもいい感じだ。

さて、いよいよマダイの出番ね。

頭が右を向くように置いて、じっくりと焼いていく。


「焼くときは、向きにも気をつけた方がいいのかい?」

「こうすれば、ひっくり返したとき自然と左を向きます。ニンニクが焦げるとよくないので、そろそろお皿に出します」


そして、マダイの身が崩れないように、丁寧に丁寧にひっくり返した。


「ふぅ……よかった。上手くいきました」

「メルフィーは上手だねぇ。アタイがやるときは、いつも身が崩れるのに」

「ポイントは、魚をあまり触らないことです。焼いたお魚はポロポロしやすいので」


後は、具材を一緒に煮ていけば完成だ。

白ワイン(高そうなのしかなかった)とお水を入れて、残りの食材を煮る。

そのうちスープが沸騰してきて、泡がポコポコ踊りだした。

このタイミングで、さっきのニンニクも入れてしまう。

最後は、スープをゆっくりとマダイにかけていく。


「メルフィー、回すようにしているのはどうしてだい?」

「こうすると、魚がふっくらするんです」

「へぇ~、なるほどねぇ」


そろそろ、味見をしよう。

私はスープを一口飲んでみる。


「くぅぅ……! おいしい!」


魚介の濃厚なうまみがにじみ出ている。

塩なんて必要ないくらいね。

ミニトマトの爽やかな酸味が、口の中をリフレッシュさせる。

一口飲んだだけで、すごい満足感だ。

我ながら上出来。

これなら公爵様も……。

ふっと横を見ると、ラベンテさんが鍋をジッと見つめていた。


「あの、よかったら、ラベンテさんもどうぞ。味見くらいなら大丈夫です。私の分もあるので」

「アタイにもくれるのかい? では、お言葉に甘えて……うまぁ」


一口飲んだ瞬間、ラベンテさんは満面の笑みになった。


「こんなにおいしいアクアパッツァは、アタイも初めてだよ」


せっかくだから、料理名をつけたいな。

私は自分で作った食事に名前をつけるのが、密かな楽しみだった。

公爵様に初めて会ったときに作ったから……。


「ラベンテさん。この料理の名前なんですが、“出逢いのアクアパッツァ”、なんてどうでしょう?」

「メルフィー、料理名なんかどうでもいいよ。アンタが追い出されないか不安で不安で。アタイはもう、緊張で心臓が壊れそうだよ……オヨヨ……」


ラベンテさんは、またオヨヨと泣き始めてしまった。

公爵様は、気に入ってくださるかしら?

いいや、と私は首を振る。

自信を持つんだ、メルフィー。

ここまで来たら、食べていただくしかない。



□□□



そして、夕食の時間がやってきた。

私は食堂にお料理を運んでいく。


「公爵様、お夕食ができました。“出逢いのアクアパッツァ”でございます」

「ふむ……なかなか美味そうだ」


お皿からは、湯気がホクホクと立っている。

とりあえず、公爵様は美味そうと言ってくれた。

だけど料理名については、特にコメントがなかった。


「では、いただくとしよう」


公爵様はアクアパッツァを、お口に運んでいく。

き、緊張してきた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ