第3話:公爵様のお食事を作りました ~出逢いのアクアパッツァ~
「は、はい、頑張ります」
出て行けと言われて、私はドキッとした。
「それと、君の分も作りなさい。食事を摂りつつ、君が作った料理への意見も言いたいからな」
「え? でも、さっきはすぐに出て行けって」
「さすがに、来たばっかりで追い出すような真似はしない。もし追い出すとしたら、明日の朝だ」
「そ、そうですか」
まずかったら、やっぱり追い出されるのね……。
優しいんだか冷たいんだか、よくわからなかった。
「ここにある調理器具や食材は、自由に使ってくれて構わない。必要であれば、街へ買い出しに行ってもいい。もちろん、食材費は気にするな。私の名前を出せば、先に品物を渡してくるはずだ」
キッチンにはビン詰めされたオリーブオイルや、塩、コショウなどの調味料まで揃っていた。
高価な物がたくさん置いてある。
「あの、公爵様はどんな物がお食べになりたいですか?」
私は公爵様に尋ねる。
好みの食べ物があったら、それを作って差し上げたい。
「別に、なんでもいい」
「わかりました……」
なんでもいい、が一番困るのに……。
「それと、君に紹介しておく人がいる。ラベンテ、来なさい」
公爵様が呼ぶと、かっぷくのいい淑女が出てきた。
「彼女はラベンテ。使用人たちの食事を作っている。ラベンテ、これからこの娘が私の食事を作る。キッチンを案内しなさい」
「しょ、承知いたしました、公爵様」
そう言うと、公爵様はさっさと出て行ってしまった。
「初めまして、ラベンテさん。メルフィー・クックです」
「聞いたよ、婚約破棄された上に、家から追い出されたんだってね。なんてかわいそうな子なんだい。よりによって、公爵様のお食事を作ることになるなんて……オヨヨ……」
ラベンテさんは、シクシクと泣いている。
「いや、大丈夫ですから」
「公爵様は大変食事にうるさいんだよ。今までどんなに有名なシェフでも、クビにされていたんだから。アタイは公爵様担当じゃなかったから、なんとか生き残ったけど……オヨヨ……」
相変わらず、ラベンテさんはさめざめと泣いている。
「そ、そんなに泣かないでください。あっ、あれはもしかして……」
「……オヨヨ……水道だよ」
「さすが、公爵家ですね。水道まであるなんて」
蛇口をひねると、キレイな水が出てきた。
勢いはそれほど強くないけど、料理をするなら十分すぎるほどだ。
時計を見ると、まだ夕食までは時間があった。
私は自分の顔を、パンッ! と叩いて気合いを入れる。
「頑張りなさい、メルフィー。まずは、どんな食材があるか確認するのよ」
キッチンを見渡すと、片隅に大きな箱があった。
ひんやりしていて冷たい。
よく見ると、箱の周りには魔法陣が刻まれていた。
「ラベンテさん、これはなんですか? こんな箱、見たことないです」
「これは公爵様がお作りになった魔道具だよ。氷魔法で食べ物が腐らないのさ」
「す、すごい」
これなら、いつでも新鮮な食材が用意できる。
中を開けると、色とりどりの野菜が入っていた。
チェリーみたいにちっちゃなトマト、緑が眩しいピーマン、大きなマッシュルーム、スタミナが出そうなにんにく、大ぶりのズッキーニだ。
アサリやムール貝という、海の幸まである。
そして、奥の方には大きな魚が入っていた。
「うわぁ……マダイですね。おいしそう」
ほんのりとしたピンク色がキレイだ。
目が透き通っていて、とても新鮮なことがわかった。
身も引き締まっていて、脂がのっている。
「それは、今朝捕れた魚だよ。公爵様から、食材はいつもたくさん用意しておくように言われていてね。市場で見かけた、美味しそうな物を入れてあるよ」
「だから、こんなに揃っているんですね」
「メルフィー、食材は足りそうかい? 必要な物があったら、市場で買ってくるけど」
幸いなことに、ここにある食べ物で作れそうだった。
「ありがとうございます、ラベンテさん。でも、これだけあれば十分です」
「何を作るんだい? アタイの書き溜めたレシピならここに……でも、こんなんじゃ役に立たないねぇ」
「いえ、大丈夫です。私は食材を見ただけで、レシピが思い浮かびますので」
「それはすごい能力じゃないか。羨ましいよ、メルフィー」
私はこのマダイを、メインに決めた。
切り分けるより、丸ごと使ってあげたい。
さっそく、頭の中でレシピを組み立てる。
「よし……アクアパッツァを作ろう」
味つけは魚介のうまみを中心にして、トマトの爽やかな酸味をアクセントに……。
完成したのを想像すると、お腹が空いてきた。
料理のコツは、自分がおいしそうに思った物を作ってあげることだ。
「では、始めますね」
まずは、マダイの下準備から。
ナイフの背を流すように当てて、ウロコを剝がす。
身を傷つけないように、しっぽから頭に向かってね。
「ずいぶんと手際がいいねぇ、メルフィー」
「いや、ただ慣れているだけですよ」
胸ビレの下を切りこんで内臓を出したら、下準備はお終いだ。
こうすれば、魚の表に切り込みが見えなくなる。
水で丁寧に洗って、残ったウロコやお腹のヌルヌルを取り除く。
清潔なタオルで拭いて、臭みを消してと。
「メルフィーは丁寧に料理をするんだね」
「おいしい料理を作るには、ちょっとしたひと手間が大切ですから。特にアクアパッツァは、食べてるときに固い物を嚙んだりしないように、気をつけています」
フライパンにオリーブオイルを、ぐるっと入れる。
半分に切ったニンニクを火にかけると、香ばしい香りがしてきた。
温まるのに時間がかかるので、ピーマンとマッシュルーム、そしてミニトマトを一口サイズに切っておく。
アサリとムール貝は、ささっと洗うくらいで良さそうね。
「これで準備はできました」
「作るのを見ていたら、アタイもお腹が空いてきたよ」
私は湯気をすぅっと吸い込む。
香りづけもいい感じだ。
さて、いよいよマダイの出番ね。
頭が右を向くように置いて、じっくりと焼いていく。
「焼くときは、向きにも気をつけた方がいいのかい?」
「こうすれば、ひっくり返したとき自然と左を向きます。ニンニクが焦げるとよくないので、そろそろお皿に出します」
そして、マダイの身が崩れないように、丁寧に丁寧にひっくり返した。
「ふぅ……よかった。上手くいきました」
「メルフィーは上手だねぇ。アタイがやるときは、いつも身が崩れるのに」
「ポイントは、魚をあまり触らないことです。焼いたお魚はポロポロしやすいので」
後は、具材を一緒に煮ていけば完成だ。
白ワイン(高そうなのしかなかった)とお水を入れて、残りの食材を煮る。
そのうちスープが沸騰してきて、泡がポコポコ踊りだした。
このタイミングで、さっきのニンニクも入れてしまう。
最後は、スープをゆっくりとマダイにかけていく。
「メルフィー、回すようにしているのはどうしてだい?」
「こうすると、魚がふっくらするんです」
「へぇ~、なるほどねぇ」
そろそろ、味見をしよう。
私はスープを一口飲んでみる。
「くぅぅ……! おいしい!」
魚介の濃厚なうまみがにじみ出ている。
塩なんて必要ないくらいね。
ミニトマトの爽やかな酸味が、口の中をリフレッシュさせる。
一口飲んだだけで、すごい満足感だ。
我ながら上出来。
これなら公爵様も……。
ふっと横を見ると、ラベンテさんが鍋をジッと見つめていた。
「あの、よかったら、ラベンテさんもどうぞ。味見くらいなら大丈夫です。私の分もあるので」
「アタイにもくれるのかい? では、お言葉に甘えて……うまぁ」
一口飲んだ瞬間、ラベンテさんは満面の笑みになった。
「こんなにおいしいアクアパッツァは、アタイも初めてだよ」
せっかくだから、料理名をつけたいな。
私は自分で作った食事に名前をつけるのが、密かな楽しみだった。
公爵様に初めて会ったときに作ったから……。
「ラベンテさん。この料理の名前なんですが、“出逢いのアクアパッツァ”、なんてどうでしょう?」
「メルフィー、料理名なんかどうでもいいよ。アンタが追い出されないか不安で不安で。アタイはもう、緊張で心臓が壊れそうだよ……オヨヨ……」
ラベンテさんは、またオヨヨと泣き始めてしまった。
公爵様は、気に入ってくださるかしら?
いいや、と私は首を振る。
自信を持つんだ、メルフィー。
ここまで来たら、食べていただくしかない。
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そして、夕食の時間がやってきた。
私は食堂にお料理を運んでいく。
「公爵様、お夕食ができました。“出逢いのアクアパッツァ”でございます」
「ふむ……なかなか美味そうだ」
お皿からは、湯気がホクホクと立っている。
とりあえず、公爵様は美味そうと言ってくれた。
だけど料理名については、特にコメントがなかった。
「では、いただくとしよう」
公爵様はアクアパッツァを、お口に運んでいく。
き、緊張してきた……。