第29話:どんなお料理にするか公爵様と考えました
「どんなお料理にしましょうかしら」
例によって、私はキッチンで考え込んでいた。
もちろん、王様にお出しするフルコースのレシピだ。
やっぱり、豪華絢爛な方が良いわよね。
でも、王宮と同じようなお食事を出しても嬉しくないだろうし……。
う~ん、どうしようかな。
「メルフィー、いるか?」
「あっ、ルーク様」
そのとき、ルーク様がキッチンに入ってきた。
お屋敷に来て初めてのことだ。
「失礼するぞ」
「どうかされたのですか?」
いつものルーク様なのに、私はちょっと緊張する。
「王様のメニューで悩んでいないかと思ってな。様子を見に来たのだ」
「ルーク様……」
私のことを気づかってくれたんだ。
やっぱり、ルーク様はお優しいなと思った。
「王様とは何度かお話したことがあるんだが、もしかしたらヒントになるかもしれん。まぁ、私の話が参考になるかはわからないが」
「ぜひ、聞かせてください!」
「王様は宮殿の豪華なメニューに、うんざりしているらしい。毎日毎日、それはたいそうな食事が出されるようだ」
私は想像する。
たしかに、豪華なお料理はおいしいけれど、毎日出されたら飽きてしまうだろう。
たぶん、味つけも濃いような気がする。
「そうだったんですか。私は豪勢なメニューの方が良いかと考えていました」
「メルフィーのシンプルでおいしい料理に、感銘を受けたと言っていた」
「だとすると、お屋敷にいらっしゃった時も、シンプルなお料理の方が良いでしょうか」
「そうだろうな。だが、やはりフルコースの方が良いだろう」
「フルコースでシンプルな料理ですか……」
「難しいな……」
私たちは、う~んと悩む。
フルコースとなると、どうしても豪華になってしまうし。
どうしようかしら。
「そうだ、君が以前作ってくれた“スシ”。あれは、“ニポン”の料理だったな」
「はい、そうです」
「たしか、図書室に“ニポン”の料理本があったような気がする……」
「ほ、ほんとですか、ルーク様!?」
思わず、私は身を乗り出してしまった。
「君の“スシ”を食べてから、“ニポン”関係の本をいくらか買ったはずだ。ちょっと興味が湧いてな。念のため確認するか。私の図書室を案内しよう」
「お願いします」
私たちはお屋敷の図書室に来た。
ここに来るのは、初めてだ。
「うわぁ、すごい量の本がありますね」
「読書が、私の数少ない趣味だからな。内容に関わらず、色んな本を集めている。たしか、“ニポン”についての本は、こっちの方にあるはずだ」
ルーク様に連れられ、図書室の奥へ奥へと歩いていく。
やがて、お部屋の端っこに、こじんまりとした本棚が出てきた。
東の国について、まとめられているらしい。
「料理関係の本があれば良いのだが……すまん、この辺りの本はまだ読んでいないから、あったかどうかわからん」
「これだけあれば、きっと見つかりますよ」
私たちは本棚を調べていく。
そのとき、私は一冊の本を見つけた。
「ルーク様、この本なんかはどうでしょう?」
「どれどれ…………ぐっ!」
【愛する者のために作るニポン料理】
表紙には、すっかりお馴染みの“スシ”も載っている。
それを見て、私はとても親近感が湧いてきた。
この本を読めば、おいしい“ニポン”料理が作れそうだ。
「ルーク様、表紙には色んなお料理が描かれていますよ。キレイですねぇ」
見たこともないお料理が、たくさん並んでいる。
とてもキレイなので、私はしばしの間見とれてしまった。
しかし、なぜかルーク様はソワソワしている。
どうしたんだろう?
「メ、メルフィー、早く本の中を開きなさい」
「え、でも表紙の絵がとてもキレイなので、もう少しだけ……」
「ほら、早く」
ルーク様が急かしてくるので、仕方なく本を開いた。
もうちょっと眺めていたかったな。
「もう一度言うが、私はこの本を選んで買ったわけではないからな。知らないうちに買っていたようだ。たまたま……そう、たまたま買った本の中にあったのだ」
ルーク様はいつにも増して、強い口調で言ってくる。
そんなに繰り返さなくても、ちゃんと聞こえているのに。
「ええ、わかりました。ですが、どうしてそんなに強調するんですか?」
「いいから! ちょっと、貸しなさい!」
ルーク様は私から本を取り上げると、バサバサと乱暴に見る。
そんなに勢いよく読んだら、破れちゃいますって。
「どうやら、本当に料理関係みたいだな。ふぅ……良かった……」
ですから、表紙にそう書いてありますけど。
中にもキレイな絵が描かれていた。
詳しく描かれているので、料理の見た目も簡単に想像つく。
「これはとてもわかりやすい料理書ですね」
「なかなかいいじゃないか」
だけど、ほとんど一品物でコース料理のような物はない。
何かないかしら?
ページをめくっていくと、高級そうな料理が出てきた。
え~っと。
「ルーク様、“懐石料理”って書いてあります」
「どうやら、“ニポン”のフルコースみたいだな。しかし、私たちが普段食べている物とは、ずいぶん違うようだ」
「それにしても……すごくキレイなお料理ですね」
あまりの美しさに、私は心が奪われてしまった。
盛り付けがとても美しく、気持ちがこもっているのが伝わってくる。
それなのに、派手ではなくて上品さが漂っていた。
とても繊細な料理みたいだ。
さっそく、作り方を見ていく。
「ところで、これはなんだろうな?」
「昆布をお湯につけなさい、と書いてあります」
奇妙なことに、昆布をお湯につけていた。
何をしているんだろう? と思ったら、出汁をとると書いてある。
「メルフィー、出汁とはなんだ?」
「私にもわかりません、ルーク様」
どうやら、昆布の旨みを出しているらしい。
昆布から味が出るの?
そもそも、私たちは昆布自体をあまり食べない。
不思議なことに、“懐石料理”はバターやソースなどもあまり使わないようだった。
全体的に味が薄すぎる気がするけど、どうなんだろう?
これは実際に作ってみないとわからないわね。
とそこで、気になる言葉が書いてあった。
「“一汁三菜”……とは、なんでしょうか」
「わからん。初めて聞く言葉だ」
〔……一汁三菜とは懐石料理の基本である。ご飯と汁物に向付を出した後、椀盛、焼物、煮物が出されることが多い。向付とは旬の魚の刺身のことで……〕
「汁物一つに、おかずが三品という意味らしいですね」
「なるほど……」
私は少し考えこむ。
想像だけど、これはシンプルでいいかもしれないわね。
品数もたくさんあるし。
そのとき、何かの視線を感じた。
ふっと上を見ると、ルーク様が私をじーっと見ていた。
「どうしたんですか、ルーク様?」
「いや、なんでもない! 断じて、なんでもない! なんでもないったら、なんでもない!」
ルーク様はなぜか両手をブンブン振っていた。
「一度この本を参考に、“懐石料理”を作ってみようと思います」
「そ、それがいいだろう! 私も手伝うぞ!」
「メニューは、食材を見ながら考えようと思います」
「私も一緒に買いに行っていいか?」
「はい、ぜひお願いします」
私たちは市場に歩いていく。
道行く人々が不思議そうな顔で見てくるけど、そんなに変かなぁ。




