第26話:初めて山でお料理をしました ~乾燥野菜と干し牛肉の栄養満点パスタ~
「登山でご飯かぁ。どんなレシピにしようかな」
いつものごとく、私はキッチンで考えていた。
登山で料理となると、下準備が必要よね。
ベクトナツ山はそれほど高くないけど、登るのは結構大変だろう。
荷物が重くなるから、あまり調理器具を持ってけないし。
となると、お屋敷で下準備して、山の中でしっかり調理って感じかしらね。
「メルフィーさん」
「あっ、リトル君」
キッチンで考えていると、リトル君がやってきた。
「さっきの話を聞いて思ったんですが、山で料理ってできるんですか?」
「いつも通りにはいかないけど、工夫すれば平気よ。登山でも、おいしい物を作りたいなぁ」
「メルフィーさんが作るなら、絶対に美味しいに決まっていますよ」
食材を探していると、フジッリがあった。
らせん状の短いパスタだ。
「そうだ、パスタにしよう。お鍋が一つあればできるし」
「荷物も少なくていいですね」
私は市場でトマト、玉ねぎ、にんにく、しめじといった野菜を買ってきた。
ついでに、干した牛肉も。
「野菜って意外に重いですよね。運ぶの大変じゃないですか?」
「大丈夫、乾燥させれば軽くなるわ」
私は野菜を乾燥箱に入れていく。
しばらく待つと、パリパリに縮こまった。
「メルフィーさん、こんなに干からびちゃいましたけど、大丈夫なんですか?」
「野菜は水に入れると復活するのよ」
「へぇ、知らなかったです」
野菜は水分が抜けたので、だいぶ軽くなった。
これなら荷物にならない。
ということで、下準備が終わり登山の日を迎えた。
「では、そろそろベクトナツ山に行くとするか」
「はい、私も準備はできました」
「ちょっと待て、メルフィー。それはなんだ?」
ルーク様は私の水筒を指さした。
「これは料理用のお水です。山の中には、お水がないかもしれませんから」
私は飲む用と料理用のお水を用意していた。
二人分用意すると、結構な重さになった。
「大丈夫か? 重いだろう」
「ええ、ちょっと重いですけど、大丈夫です。おっとっと」
私はよろけそうになったけど、何とか堪えた。
登山する前からケガをしては大変だ。
「置いていきなさい」
「で、ですが、ルーク様。お水がないと、お料理ができません。それに、喉も渇いてしまいます」
「そんなもの、魔法で出せばいい」
「すみません、ルーク様。私は魔法が下手で……」
少しでも、私に魔法が使えれば良かったのに。
水も出せないんじゃ、ルーク様も幻滅なさるわよね。
「違う。水など私の魔法で、いくらでも出すと言っているのだ」
「しかし、ルーク様にそのようなことをして頂くわけには……」
「いいから、こっちに渡しなさい」
「あっ、ルーク様!」
結局、水筒は全てルーク様に取り上げられてしまった。
でも、体がとても軽くなった。
「ルーク様のおかげで、荷物が軽くなりました。ありがとうございます」
「他にも重い物があるんじゃないのか?」
「いえ、本当に大丈夫ですから!」
ルーク様は調理器具や食材まで持とうとしたが、さすがに全力で断る。
エルダさんたちと、ルフェリンさんが見送ってくれた。
「「行ってらっしゃいませ。お屋敷のことは、私どもにお任せください」」
『気をつけろよ、二人とも。ベクトナツ山にも魔物はいるからな』
「そうですね、注意して登ります」
「大丈夫だ。どんなことがあっても、メルフィーのことだけは守る」
『ずいぶん丸くなっちゃって』
「やかましいぞ、ルフェリン」
□□□
しばらく歩くと、ベクトナツ山の麓に着いた。
「今日は晴れているし、天候もよさそうだ。だが、気を抜かないようにな。ルフェリンの言っていたように、魔物が出てくるかもしれん」
「は、はい! 気をつけます!」
魔物と聞いて、私はドキッとした。
彼らは野生の動物よりずっと凶暴で、人間も襲うほどだ。
腕力も魔力もない私は、あっという間に食べられてしまうだろう。
「私のそばから離れるな」
「わ、わかりました。ルーク様」
私はルーク様に、ピッタリとくっついた。
これなら大丈夫だ。
ルーク様がいてくれて良かったぁ。
私は安心する。
しかし、少し歩くとルーク様は立ち止まってしまった。
「あの、どうしたんですか?」
「メルフィー……そんなにくっつかなくて良いのだが……」
「え、でも、さっき、そばを離れるなと……」
「も、もうちょっと離れなさい」
ルーク様に、ググっと押し戻された。
私たちは適度な距離になる。
そばを離れるな、って言ったのにな……。
そして、なぜかルーク様の頬っぺたが赤かった。
私は急に心配になる。
「ルーク様、熱でもあるんですか? 顔が赤いです。も、もしかして、山の病気に……」
「違う! そんなわけないだろう! ええい! <アイス・ウィンド>!」
そう言うと、冷たい風が吹いてきた。
ルーク様は、自分の顔にビュウビュウ風をあてている。
私はまたもや心配になってしまった。
「ルーク様、そんなに冷やすと風邪をひいてしまうのでは……」
「ひかん!」
やがて、登っているうちに少しずつ疲れてきた。
山登りなんて、ほとんど初めてだ。
足が重くなり、だんだんルーク様に遅れていく。
「メルフィー、疲れていないか? 少し休むか?」
「はぁはぁ……いえ、大丈夫です。このまま、登りきりましょう……はぁ」
「いや、少し休もう。無理するとケガをしかねない」
「あ、ありがとうございます」
ルーク様は大きな岩の前で立ち止まってくれた。
私は倒れた木に腰かけて、ふぅっと息を吐く。
「登ると体が熱くなるな。メルフィー、まずは体を冷やしなさい。<アイス・ウィンド>」
「す、涼しい……」
ルーク様は私の顔にも、涼しい風を当ててくれた。
はぁ……気持ちいい。
火照った体が、冷やされていく。
「また疲れたら、すぐに言いなさい」
前から思っていたけど、ルーク様は本当はとても優しい人だ。
やがて登っていると、薄黄色のバリアみたいな壁が出てきた。
見たこともない魔法陣が浮かび上がっている。
「ルーク様、これが結界ですか?」
「ああ、そうだ。特殊な呪文を言わないと解除できない。ちょっと待ってなさい」
ルーク様が何やら複雑な呪文を唱えると、小さな穴ができた。
人がちょうど一人入れるくらいの大きさだ。
「これで大丈夫だ。さぁ、メルフィー、入るんだ」
「は、はい」
ルーク様に押される形で、私は結界の中に入った。
上を見ると、鳥が何羽か通過している。
「他の動物は、自由に出入りできるんですか?」
「結界と言っても、人間専用だ。マリョク草を餌にしている、野生動物もいるからな。それにその方が、山の自然にとっても良い」
登っていると、少し開けた場所に出た。
そこだけ木が生えておらず、遠くの景色まで見れる。
「うわぁ、キレイな景色ですね!」
「この辺りは眺めがいいからな。昼食を食べるには、ちょうどいいだろう」
「そうですね。さっそく準備します」
私は調理器具を手早く取り出す。
ルーク様もお腹を空かせているだろう。
早く作らなきゃ。
「メルフィー、私も手伝う」
「いえ、ルーク様は休んでいてください」
「いいんだ。私にも少し手伝わせてくれ」
「ありがとうございます。では……」
お鍋にフジッリと乾燥野菜、干し牛肉を入れる。
「ルーク様、お水をお願いできますか?」
「わかった。≪ドリンク・ウォーター≫」
ルーク様に、お水を鍋に入れてもらう。
火にかけると、グツグツと沸騰してきた。
食欲をそそる、良い匂いがしてくる。
「今回はパスタを用意してくれたのか」
「お鍋があれば、簡単にできますから」
そのうち、乾燥させた野菜も元通りになってきた。
「ルーク様、出来上がりました。“乾燥野菜と干した牛肉の栄養満点パスタ”です」
「すごい……屋敷で作るのと全然変わらないじゃないか」
ルーク様はとても驚いていた。
パスタはおいしそうにホカホカとしている。
「お腹すきましたね」
「ああ、そうだな。さっそく、いただくとしよう」
ルーク様はパスタを口に運んで……。
『グルル!』 『ガアア!』
そのとき、森の中から魔物の群れが現れた。




