第24話:公爵様が笑顔を見せてくれました
ルーク様は“スシ”を、ゴクンと飲み込んだ。
と思ったら、そのまま固まってしまった。
「どうでしょうか、ルーク様?」
「これは……」
私は緊張して、ルーク様の言葉を待つ。
今回のお料理は、今までと全く違う。
何と言っても、初めての“ニポン”料理だ。
ルーク様は受け入れてくださるかな。
「かなり美味い」
美味いと聞いて、私は胸をなでおろす。
「良かったです、ルーク様」
それからも、ルーク様は醬油をちょっとつけては、パクパクと食べていく。
どうやら、大変気に入って頂けたようだ。
「魚の切り身も美味いが、この米も良いな」
「お米にお酢を混ぜたご飯です。“ニポン”では、“シャリ”と呼ばれています」
「ほぅ、珍しい組み合わせだな」
「お米に乗っているのは生魚なので、お酢の防腐効果を利用しているんです。あとは、魚の臭みを消すメリットもあります」
「なるほど、ずいぶんと理にかなった食事のようだ。それに魚の種類によって、味わいや食感の違いが楽しめるしな」
ルーク様の言うように、よく考えられた調理法だ。
腐りやすい生魚を食べるのに、適している。
そして実用的な効果だけでなく、料理としてもおいしい。
しかし、生魚をこんな風に使うなんて、“ニポン”人はすごい人たちね。
「さあ、メルフィーも食べなさい。せっかくの“スシ”が、乾燥してしまうぞ」
「はい、いただきます」
ルーク様に言われ、私も“スシ”を食べる。
まずは、アジにしようかしら。
眩いばかりに、キラキラと輝いている。
魚ってこんなにキレイなんだな、と思うほどだ。
ちょこっと乗せといた生姜が、ほんのり辛くておいしかった。
打って変わって、えんがわはコリッコリだ。
魚を切って乗せただけなのに、こんなにバリエーション豊かになるなんて。
“スシ”って不思議な料理ね。
「メルフィー、この魚がすり潰された物はなんだ? これも美味い」
「それはネギトロでございます。まぐろをすり潰して、ネギとあえました」
これは例の本には載っていなかったけど、私が多少アレンジした“スシ”だ。
「メルフィーの“スシ”は、米のかたまり具合がちょうどいいな。かと言って、柔らかいというわけでもない。まさしく、絶妙な加減だ。この料理を作るのは、結構大変だったんじゃないか?」
「いえ、そこまで大変ではありませんでした。まぁ、握るのは難しかったですが」
崩れない程度に柔らかくて、硬すぎない“ニギリ”。
“ニポン人”たちも、その加減を掴むのに苦労しただろう。
「ルーク様は、どのお魚が一番好きでしたか?」
「そうだな……やはり、マグロだろう。中でも、赤身がさっぱりしていて美味かった」
「私もマグロが一番好きです」
「もちろん、このトロも最高に美味いぞ」
今回、私は赤身とトロをご用意した。
赤身はさっぱりしているけど身が引き締まっていて、とても噛み応えがある。
ルーク様は赤身の方が良かったと仰っていた。
だけど、私はトロが一番かもしれない。
口に入れると、すぐに消えていってしまうくらい柔らかい。
このおいしさは、“スシ”の王様ね。
「はぁ……おいしかったぁ……」
気がついたら、私のお皿に乗せた“スシ”は全て無くなっていた。
それはもちろん、全部食べてしまったからだ。
そして、ルーク様のお皿には、まだ残っていた。
「も、申し訳ありません、ルーク様。先に全部食べてしまって」
「別に気にすることはない。食べたければ、勝手に食べてしまって構わない」
たしかに、みんなの言うように、ルーク様はお優しくなっているのかも。
私はそーっと、ルーク様を見る。
「ところで、メルフィー。前から思っていたが……」
「は、はい、なんでしょうか……?」
そしたら、ルーク様は急に真面目な顔になった。
私はゴクッと唾を飲む。
「君はなかなかの喰いっぷりだな」
ルーク様は、かすかに笑っていた。
私は少しずつ、頬が熱くなるのを感じる。
ちょっと待って。
私の食べる様子って、どんな感じだっけ?
そういえば、一度も確認したことがなかった。
私は慌てながら弁明する。
「あ、いや、これは、自分で言うのもなんですが、おいしくて……つい……」
恥ずかしさで、何をどう言えばいいのか、わからなくなってしまった。
「冗談だ。君は本当に美味そうに食べると思ってな。君と一緒に食べていると、料理がさらに美味くなるんだ」
「ルーク様……」
「“ニポン”の伝統的な料理まで作ってしまうとは……さすがだな、メルフィー。名の知れた料理人でも、作るのは難しいだろう」
「そうでしょうか」
「そうに決まっている。君の料理の腕前は、世界一だ」
「ほめ過ぎですよ、ルーク様」
「いや、私は本気だ」
そして、ルーク様は全ての“スシ”を食べてくれた。
今度はワサビも使ってみようかな。
「そろそろ、お茶をご用意いたします。“ニポン茶”でございます」
「ほぅ……“ニポン茶”か。これまた珍しいな」
“ニポン茶”は、茶ノ木から摘み取った葉で淹れた飲み物だ。
キレイな深い緑をしている。
“スシ”に紅茶やドクダミ茶は合わない、”ニポン茶”が一番だ。
これは本にも書いてあったし、自分でも飲んでみたから間違いない。
さっぱりした渋みが、とてもおいしかった。
「ふぅ……魚の油やしょっぱい感じが洗い流されるようで、後味が最高だな」
「“ニポン茶”には違う魚を食べる時の、口直しの役割もあるようです」
ルーク様は、静かにお茶を飲んでいる。
気に入ってもらえて良かった。
「すまないな、メルフィー」
と思ったら、いきなりルーク様は謝ってきた。
な、なんで?
私は混乱する。
「ルーク様、どうして謝るんですか?」
「いや、少々難しい注文だったかもしれないと思ってな。生魚が食べたいなんて、ネコじゃあるまいし」
「そんなこと気にしないでください。私はルーク様の専属シェフですから。ルーク様の食べたい物でしたら、いくらでもご用意いたします」
「そうか、君は私の専属だったな」
「料理なら、このメルフィーにいくらでもお任せください!」
私はドンッ! と胸を張った。
ルーク様のためなら、どんな努力もいとわないつもりだ。
「ああ、そのことなんだが……」
「は、はい、なんでしょうか?」
何やら、ルーク様は言いにくそうだ。
おまけに、とても硬い表情をしているのですが。
私は悪い想像をしてしまう。
「その……なんだ……」
「も、もしかして、クビに……!」
「違う!」
だったら、どうされたんだろう?
私はドキドキする。
ルーク様は気持ちを落ち着けるように、深呼吸している。
「メルフィー。私は君と専属契約をして、本当に良かった」
ルーク様は笑顔で言ってくれた。




