第23話:公爵様に東の島国のお料理を作りました ~東の国のスシ~
「う~ん、生魚かぁ。どうしようかな」
私はなかなかに悩んでいた。
生のお魚を、どんな風に調理しよう。
でも、ルーク様が初めて、食べたい物を言ってくれたのだ。
どうにかして、生魚のおいしい料理をお出ししたい。
「メルフィーちゃん、何か悩んでいるの?」
キッチンで考え込んでいると、エルダさんがやってきた。
「公爵様に生魚を食べたい、って言われたんだけどね。メニューを考えているの」
「それはちょっと難しいね。お魚は焼いたり煮たりが普通だもん」
「サラダと一緒に出すのもいいけど、できればお食事のメインにしたいな」
私はしばしの間、考える。
しかし、なかなか良さそうな料理が思いつかない。
生魚を使ったお料理か……。
どんなものがあったかな。
私は懸命に記憶を探る。
「でも、お魚を丸ごと出すわけにはいかないし。ルーク様の大事なお食事なんだから」
生魚をそのままなんて、そんなの料理でも何でもない。
「ルーク様に喜んでいただくには、どうしたら……あー!」
「うわぁ! び、びっくりしたぁ」
思わず、私は思いっきり叫んでしまった。
記憶の片隅から思い出したのだ。
「昔、何かの本で読んだことがあるの! 生魚の料理! あれはたしか……そう! “ニポン”の料理だったわ!」
「“ニ、ニポン”……!」
ここから遥か東に、全く文化の違う島国“ニポン”がある。
“シノビ”という、得体の知れない戦闘集団が牛耳っている国だ。
国は黄金で溢れかえっていて、土を掘るとそこらじゅうから熱湯が噴き出るらしい。
「“ニポン”には、“スシ”というお料理があるのよ!」
「で、でも、そんな危険な国の料理なんて作って大丈夫なの?」
「大丈夫よ。作り方は……」
私は本の内容を、必死に思い出す。
絵と作り方が書いてあったはず。
そのうち、だんだん思い出してきた。
“スシ”は魚の切り身を、お米に乗せた料理だ。
でも、ただのお米じゃなかったような……。
「そうだ、お酢!」
「うわぁっ!」
“スシ”は、お酢で味づけしたお米を使っていた。
たぶん、生魚を乗っけているから、腐らないようにしているんだ。
そして、“ニポン人”たち(シノビたち?)は、“スシ”を片手でつまんで食べていた。
それも、まるで屋台みたいなところで。
だから、格式高い料理ではなく、庶民にも普及していた食事だったのかもしれない。
「とりあえず、“スシ”を一度作ってみましょう」
「そ、そうだね」
でも、何か大事なことを忘れているような気がする。
あっ! 味はどうするんだろう?
魚の切り身に酢飯じゃ、さすがに物足りないよね。
そういえば、彼らは謎の黒い液体をつけていたような……。
「醤油!」
「きゃっ! だ、だからびっくりさせないでよ」
そうだ、醬油だ。
大豆を発酵させて作った調味料。
食べたことはないけど、とてもしょっぱいらしい。
東の国の物だから、あのお店に売っているかもしれない。
「ちょっと市場に行ってくる!」
「あっ、メルフィーちゃん!」
私はさっそく、例のお店に行った。
「お嬢ちゃん、いらっしゃい。今日は何が欲しいのかな?」
「あの、すみません。醤油はありますか?」
「あるよ、これだろう?」
お店の人は、小ビンに入った黒い液を見せてくれた。
やっぱり、あの本に描いてあったのと同じだ。
「申し訳ありませんが、味見させていただけませんか?」
「いいよ、ちょっと舐めてごらん」
そのまま、醤油を小皿にちょびっと出してくれた。
「ありがとうございます……しょっぱ!」
ちょっと舐めただけなのに、とても塩辛かった。
見た目に似合わず、かなりしょっぱい調味料だ。
しかし、大豆を発酵させて、こんな物を作るなんて……。
さすがは修羅の国、“ニポン”だ。
きっと過酷な環境に違いない。
「じゃあ、これください」
「まいどあり~」
ということで、醤油は調達できたけど。
「お米に乗っけるお魚はどうしようかな」
たぶんというか絶対、お魚の方が主役だろう。
あの本では、色んな種類があった。
きっと、お魚で味とか風味とかのレパートリーを増やす料理なんだ。
マグロ、サーモン、アジなどなど、新鮮そうな物を買っておいた。
ワサビも使っていたけど、どうしようかな。
今回はやめておこうか、辛すぎるかもしれないし。
私はお屋敷へ戻る。
「上手くできるかな……」
歩きながら、ちょっと不安になった。
だけど、ふるふると首を振る。
いや、頑張れメルフィー。
ルーク様においしいお料理を作るんだ。
□□□
「よし、頑張るぞ」
「メルフィーちゃんなら、きっとおいしくできるよ」
まずは、あの本の内容をもう一度思い出す。
最初は、ご飯の下準備ね。
たしか……“シャリ”って書いてあった。
お酢を鍋に入れて、塩と砂糖を加えながら温める。
わずかに甘くなるように。
ペロッと味見してみたら、ちょうどよかった。
「うん、いい感じ」
「これでご飯を味つけするんだね」
炊き立てのご飯に、特製お酢をかけて。
固めないように気をつけながら混ぜ合わせる。
その後、扇子でパタパタ風を送って、ちょっとだけ乾燥させる。
ベッタリしていると、食べにくいものね。
しばらく扇いでいると、少しずつツヤツヤしてきた。
「メルフィーちゃん、お米に艶が出てきたね」
「冷ましすぎも良くないから、これくらいにしておきましょう」
乾燥しないように、水で濡らしたタオルで覆っておく。
次は魚の切り身ね。
市場で買ったお魚は、どれもキラキラと輝いていた。
「全部、目が透き通っているよ。新鮮なんだね」
「一番良い物を頼んできたわ」
まずはマグロから。
大きな魚なので、これだけ切り身にしてもらった。
キッチンナイフを手前に引きながら切ると、美しく切れた。
同じようにして、サーモンやアジ、カンパチなども切り揃えていく。
「さて、ここからが本番ね」
「ご飯に乗っけるだけじゃないの?」
「いいえ、“ニギリ”が一番重要だって書いてあったわ」
言ってしまえば、お米を握るだけ。
だけど、“スシ”でとても大事なところだ。
柔らかすぎると持ったとき崩れてしまうし、硬すぎてもおいしくない。
私は丁寧に丁寧に、“スシ”を握っていく。
出来上がったら、さっそく味見ね。
醤油をちょっとつけてと。
「これは……おいしいわね」
魚の切り身が、ご飯をふんわりギュッと包み込んでいる。
マグロの赤身はさっぱりしていて、醤油のしょっぱさがピッタリだ。
「エルダさんもどうぞ」
「ありがとう。いただきます……うまぁ……」
食べた瞬間、エルダさんは満面の笑みになった。
「メルフィーちゃん、こっちはなに?」
エルダさんは、ピンク色の切り身を指してる。
「それはトロって言って、マグロのお腹や背中のお肉なの。マグロは大きい魚だから、場所で味わいが違うのよね」
「へぇ~」
私はトロも食べる。
その瞬間、ビシャーンと雷に打たれたような衝撃を受けた。
な……なんておいしいの。
赤身より脂肪分が多くて、その名の通りトロトロしているわ。
まさか、“スシ”がこんなにおいしいなんて。
「“ニポン”料理にして良かったわ。これなら、ルーク様も喜んでくださると思う」
「危険な国の料理だからどうなるかと思っていたけど、余計な心配だったね」
同じような調子で、他のお魚も握る。
マグロの力強い赤、ぷるんとしたサーモンのオレンジ、アジのキラリと光る銀色……。
並べると、とてもキレイな彩りになった。
「じゃあ、ルーク様にお出ししてくるね」
「こんなにおいしいんだもん。絶対に喜んでくれるよ」
私は食堂に、料理を運んでいく。
ルーク様は、もう席についていた。
「ルーク様、お夕食の準備ができました。“東の国のスシ”でございます」
「“スシ”? なんだ、それは」
「東方の島国、“ニポン”の料理でございます」
「ほぅ……“ニポン”か」
ルーク様は興味深そうに、“スシ”を見ている。
「それで、これはどうやって食べるんだ?」
「こちらの醤油を少しつけてお食べください。“ニポン”から伝わってきた、秘伝のタレでございます」
私は小皿にのせた醤油を出した。
「食器が出ていないようだが……?」
「手で持ってお食べください。それが、“スシ”の食べ方らしいのです」
「こ、こうか?」
ルーク様は、ぎこちなく“スシ”を持った。
そのまま、ゆっくりと口に運んでいく。




