第22話:公爵様が食べたい物を教えてくれました
「メルフィー。君のおかげで、仕事も無事に片づいた」
ルーク様は目の下のクマも消えて、スッキリした顔をされている。
それを見て、私も安心した。
「良かったです、ルーク様。これで夜しっかりと眠れますね」
「あの夜食は、本当に元気が出た」
『ルーク、調子はどうだ? って元気そうじゃないか』
ルーク様と話していると、お庭の方からルフェリンさんが走ってきた。
「メルフィーの夜食を食べたら、疲れが吹き飛んだのだ。それからは、あっという間に仕事が終わってしまった」
『そうか。お前もメルフィーのおかげで回復したんだな』
「あの夜食がなければ、私は今ごろ書類の山の中だ」
『俺なんか、死んでいたかもしれないぞ』
ルーク様とルフェリンさんは、私の料理の話で盛り上がっている。
あの料理が一番美味かった、いやこの前食べたあれが……と、大盛り上がりだ。
そんなに喜んでくれるのは嬉しいけれど……。
だんだん、私は恥ずかしくなってしまった。
「私はお夜食を作っただけですから、そんなに褒められるようなことでは……」
「その料理がすごいと言っているのだ」
『メルフィーの料理は、世界一だもんな』
とそこで、私はハッとした。
明日の仕込みをしておかないと。
「ルーク様、ルフェリンさん。明日の準備があるので、そろそろ失礼します」
『そうか。ルークのためにも、おいしい料理を作ってくれな』
「待ちなさい」
私がキッチンに行こうとしたら、ルーク様に呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「いや……何でもない」
ルーク様がこういう言い方をしてくるときは、絶対に何かある。
何でもなかったら、呼び止めないはずだ。
お屋敷で一緒に過ごしているうちに、少しずつわかってきた。
「どうぞ、何でもおっしゃってください。私にできることなら、どんなことでもいたします」
「そ、そうか?」
「そうです」
私が答えると、ルーク様はしばらく黙る。
本当に何でもないのかな?
と思ったら、ウウン!と咳払いをして、話を続けた。
「まぁ、その……なんだ。いつもメニューを考えるのは大変だろう?」
「いいえ、とても楽しいですよ」
これは私の本心だった。
お料理のレシピを考えるのは、本当に楽しい。
何より、ルーク様が美味しいと言ってくれるのが、大変なやりがいになっていた。
しかしルーク様は、なんだかモジモジしている。
「明日の夕食なんだが、もうメニューは考えてあるのか?」
いえ、まだです。
と答えようとしたとき、私は強いショックを受けた。
そ、そうだ、ルーク様はお夕食を一番に楽しみにされているのだ。
なんという失態だ。
「も、申し訳ありません! まだ考えておりません! ただちにメニューを考えます!」
メルフィー、あなたは料理しかできないのに、ボンヤリしているんじゃありません!
私は心の中で自分をしかる。
これからは、前日にメニューをお伝えした方が良いわね。
だとすると、1週間分くらい考えておいた方が良いかも……。
「いや、そうではない」
私が必死に謝っていると、ルーク様に言われた。
どうやら、私の勘違いらしい。
「と、おっしゃいますと、どういうことでしょうか?」
ルーク様は、しばしの間黙ったかと思うと、とても小さな声で言ってきた。
「私にも食べたい物が……あると……言うわけだ……」
その言葉を聞いて、私はとても興奮してしまった。
これは何が何でも、絶対に聞かなければならない。
私は掴みかかるような勢いで、身を乗り出した。
「ルーク様、それは誠でございますか!?」
「うおっ、いきなり近寄るんじゃない!」
ルーク様は驚いているけど、気にしている余裕はない。
「なんですか!? ぜひ、教えてください! 何でも作ります!」
「も、もしかしたら、少し難しいかもしれないが……」
「全然問題ありません! どうぞ、仰ってください! 私もルーク様のお食べになりたい物を作りたいです!」
私は心の中で、必死に祈る。
ルーク様、お願い! 食べたい物を教えて!
しばらくの沈黙のあと、ルーク様はボソリと言ってきた。
「生魚が食べたい……」
それを聞いて、私はとても嬉しくなった。
とうとう、ルーク様が……食べたい物を言ってくれた……!
私はずっと、このときを待ち望んでいた。
「はい、生魚ですね! わかりました! 楽しみにしていてください!」
「ありがとう、メルフィー。楽しみに待っているよ。私はまだ仕事があるから、先に失礼する」
「はい、お休みなさいませ!」
そう言うと、ルーク様は書斎に戻っていった。
私は一人で、グッと両手を握る。
『メルフィー』
私は嬉しくてしょうがなかった。
初めて、ルーク様が食べたい物を言ってくれたんだ。
『だから、メルフィーって。もしかして、聞こえてない?』
よし、さっそく作るぞ!
って、何か声が聞こえるような。
『おーい、メルフィー』
「え?」
そっか、ルフェリンさんの声か。
とそのとき、私はルーク様の言葉を思い出した。
なんだか、とても難易度の高そうなことを言っていたような……。
『メルフィー、生魚の料理ってどんなのだ?』
「……生魚!?」




