第21話:あたくしも王族になれるかも(Side:アバリチア②)
「あの、アバリチアお嬢様。体が楽になった気がしないんですが……」
「そ、そのうち良くなりますわよ。きっと、今は治っている途中なのでしょう。はい、次の方いらっしゃって!」
あたくしはこのところ、ずっとクック家にいた。
“聖女の力”のウワサが広まり、庶民まで押しかけるようになってしまったのだ。
貴族ならまだしも、どうして貧乏人なんかの相手をしないといけないのよ。
これはあんたたちなんかが、恩恵を得るような力ではないわ。
だけど、無下に扱うと、あたくしの評判が悪くなってしまう。
庶民はウワサをするのが大好きなんだから。
「あの、アバリチアお嬢様。私も見ていただけますでしょうか?」
気がついたら、目の前にまた新しい庶民が来ていた。
貧乏そうな格好で、汚いおばあさんだ。
まったく、次から次へと来ないで欲しいわ。
少しは休ませてちょうだいな。
「それで、どうしたんでしたっけ?」
「ですから持病が悪化しまして、腰が痛くてしょうがないのです。どうにかしてもらえませんか?」
それくらい、医術師にでも見てもらいなさいよ。
この人たちは貧乏だから、それくらいのお金も用意できないの。
迷惑な話だわね。
かと言って、追い返すと後々面倒なことになるし……。
早くシャロー様と結婚して、庶民なんか近寄れない暮らしがしたいわ。
「じゃあ、治しますからね。動いてはダメよ」
魔力を集中すると、あたくしの手が光り出した。
ここまではいつも通りなのよね。
「こ、これが“聖女の力”なんですね! おお、ありがたやありがたや!」
ふんっ、せいぜいありがたがってなさい。
あんたたちがあたくしの力を貰えるのも、あと少しよ。
そのまま、おばあさんの腰に手を当てる。
少ししてから、手を離した。
「はい、これで終わり。楽になったでしょう」
「あの……アバリチアお嬢様」
しかし、おばあさんは怪訝な顔をしている。
あたくしは、またイヤな気持ちになった。
「何かしら?」
「これが“聖女の力”なんですか? ちっとも良くなった気がしないんですが……」
「うるさいわね! 文句あるんなら、もう二度と見てやらないわよ!」
「ひいいいい、ごめんなさい!」
あたくしは急いでお部屋に帰る。
と思ったら、執事が話しかけてきた。
「アバリチア様。まだまだいらっしゃいますが、どうされたのですか?」
「きゅ、休憩よ、休憩! あの人たちにも、そう言ってちょうだい!」
「で、ですが、ずいぶん前からお待ちのようで……」
「お黙りなさい! さっさと向こうに行って!」
そう言って執事を追い払うと、あたくしは自分の部屋に閉じこもった。
「お、おかしい。明らかにおかしいですわ……」
以前なら、簡単に治せたはずのケガや病気が、全く癒せなくなった。
あのおばあさんの持病だって、今までならあっという間に治せたはずなのに。
まるで、“聖女の力”が完全に消えてしまったかのよう。
でも……いったいどうして?
「アバリチア! どこにいるんだい!? 返事をしておくれ!」
考えごとをしていると、シャロー様が呼ぶ声が聞こえてきた。
もう、うるさいですわね。
せっかく、心を鎮めていたというのに。
あたくしは、そーっと扉を開けた。
「あたくしはここですわ。シャロー様、もう少し静かにしていただけると……」
「とても良い知らせが来たんだよ! これを読んで、アバリチア!」
シャロー様はとても嬉しそうに、手紙を渡してきた。
めんどくさいわね、後にしてくれないかしら。
「申し訳ありませんが、今忙しいので……」
「まぁ、そう言わずに見てくれよ!」
シャロー様はあたくしの顔の前に、グイッと手紙を突き出してきた。
危ないじゃないの、ケガでもしたらどうするのよ。
見るからに豪華そうだけど、何かしら?
しかし、そのシーリングスタンプを見た瞬間、私は暗い気持ちが吹っ飛んだ。
……王族の紋章が押されている。
「こ、これは、王族からのお手紙ですか?」
「そうなんだよ! 姫様が僕の魔法のウワサを聞いたみたいで、ぜひ一度見たいんだってさ!」
ウワサと言ってるけど、シャロー様が自分で宣伝したに違いない。
あたくしだけに見せてればいいのに……。
「それは良かったですわね」
「だから、今度王宮に行ってくるんだ! 姫様に招かれるなんて、これほど名誉なことはないよ!」
あえて冷たく言ったのに、シャロー様は張り切っていた。
この元気な感じは疲れるわ。
こっちはそれどころじゃなのに。
「あの魔力動物たちは、かわいいですから」
「最近は調子が変だけど、練習すれば大丈夫だろう」
「シャロー様、なに?」
「いや、何でもないよ」
シャロー様は気になることを言っていたような……。
ん? ちょっと、待って。
もしかして、これは良い機会じゃなくて?
シャロー様にくっついていって、王族の適当な人に乗り換えるのも悪くない。
そう考えると……結構チャンスかも。
「良かったですわね、シャロー様! あのぅ、一つお願いしてもよろしいですかぁ?」
あたくしは得意の上目遣いで、シャロー様をジッと見つめる。
こうすれば、男はみんなあたくしの言いなりになるのだ。
「なんだい、アバリチア。何でも言ってくれたまえ」
「あたくしも一緒に連れていってくださらなぁい?」
「もちろんさ! 手紙には、アバリチアの“聖女の力”も見せてほしいって書いてあるよ!」
なんだ、それを先に言いなさいな。
余計な力を使ってしまったじゃないの。
「あたくしもご招待いただけるなんて、とっても嬉しいですわ」
「急いで準備をしないとね! ああ、楽しみだなぁ! 待ちきれないよ!」
シャロー様もカッコいいけど、所詮は伯爵家だ。
王族の方が、はるかに良い暮らしができるわ。
貧乏な庶民の顔を見ることもないし、キレイなドレスだって着放題だ。
そして、王族は特別な人たちだから、絶対に美男子がいるはずよ。
あたくしは楽しくなってきた。
さっそく、着ていくドレスを用意しないとね。




