第20話:公爵様にありがとうと言われました
「ルーク様、お夜食をお持ちしました」
私は書斎のドアを、コツコツと軽く叩く。
だけど、しばらく待っても、お返事がない。
今はいないのかな?
そういえば、部屋に置いといて、って仰ってたわね。
「ルーク様、失礼します……」
私はそーっと、中に入った。
ルーク様はいないと思ったけど、机に座っていた。
いや、ぐったりと突っ伏している。
「ル、ルーク様!? どうしたんですか、大丈夫ですか!?」
私は慌てて走り寄った。
もしかして、過労で倒れてしまったんじゃ……。
と思ったら、ゆっくり背中が動いている。
寝ているようだ。
「よ、良かったぁ……」
私はホッとした。
ルーク様に何かあったら、どうしようかと思った。
でも、無理やり起こすのは良くないわよね。
私はお夜食を置いて、出ていくことにした。
とそこで、何かが聞こえてきた。
むにゃむにゃと、つぶやくような声が……。
「メルフィー……いつもすまん……ありがとう」
ルーク様だ。
「……こちらこそ、いつもありがとうございます」
私はルーク様に、ブランケットをかけた。
そのまま、そろりと書斎から出て……。
とそこで、いきなりルーク様がガバッと起きた。
「きゃあっ! ル、ルーク様!?」
「メルフィー! いつからここに!」
「申し訳ありません、ルーク様。ノックしたのですが、お返事がなくて。勝手に入ってしまいました」
「いや、それは構わないんだが、何も聞いていないな?」
ルーク様はギロリとした目で睨んでいる。
さっきの寝言は、聞いていないことにした。
「は、はい、それはもちろん」
「なら、問題ない」
「せっかく寝ていらしたのに、起こしてしまってすみません」
「いや、別に大丈夫だ」
「では、私は失礼します」
「待ちなさい」
出て行こうとすると、ルーク様に呼び止められた。
「君も一緒にいなさい。ちょうど、そこにイスがある」
「ですが、お仕事の邪魔に……」
「座りなさい」
「はい」
私はお部屋のイスに座った。
ルーク様の真正面だ。
周りは大きな本棚に、ズラリと囲まれている。
「難しそうな本がいっぱいありますね」
「別に難しくも何ともない。一度読めばすぐにわかるくらいの内容しか書いておらん」
ルーク様は相変わらず、すました顔で話す。
それはとてもすごいことだと思うのですが。
あっ、そうだ。
お夜食を渡さないと。
「ルーク様、お夜食にはこちらをご用意しました。“濃厚トマトリゾット”です」
「ほぅ、リゾットか。これは楽しみだ」
ルーク様はふうふうして、リゾットを冷ましている。
氷魔法で冷やすのかと思ったら、やっぱりそんなことはなかった。
そして、パクッと食べた。
「米に味が浸み込んでいて美味い。トマトが爽やかだな」
「もう夜遅いので、さっぱりした物の方が良いと思いました」
「君はいつも、そういうところまで考えてくれるな」
「お料理は食べてくれる人が、一番大切ですから」
「そうか……そうだな」
ルーク様はあっという間に、トマトリゾットを食べてしまった。
「ルーク様、お飲み物もあります。“お芋のあったかミルク”です」
私はサツマイモのホットミルクをお渡しする。
こちらも、ホカホカと湯気が立っていた。
「飲み物まで作ってくれたのか。ただの水でも良かったのだが」
「せっかくですので、どうぞ」
ルーク様は一口飲むと、ふぅっとため息をついた。
「これはイモだけで味つけしたのか?」
「はい。サツマイモをすり潰して、ミルクと混ぜました。素材の味が十分出ていると思います」
「私は砂糖の甘さより、こういう方が好きかもしれん」
あっ、これは。
ルーク様の好みが、チラッと出てきた。
急いで、私は心の中でメモする。
また何か作るとき、参考にしましょう。
ルーク様はふうふうしながら、ホットミルクを飲んでいる。
「ちょっと辛い味がするな。何が入っているんだ?」
「すりおろした生姜を加えました。甘いだけだと後味が残りすぎると思いましたので。どうでしょうか?」
「なるほど、生姜か。これは、ほどよい辛さだ」
ルーク様も喜んでいるようで、良かったな。
「あと生姜には、体を温める効果もあります」
「体が温かいと思ったが、そうだったのか」
「はい、ルーク様が風邪をひいてしまうと良くないので」
特に最近は夜が冷える。
私は少しでも、ルーク様の健康を守りたかった。
「心配してくれなくとも、この部屋は魔法で温度が保たれている」
「え? た、たしかに……」
言われてみれば、暖炉もつけていないのに書斎は暖かい。
そっか、ルーク様は色んな魔法が使えるんだ。
「すみません、余計な気遣いでしたね」
「別に余計ではない。君はそのままでいい」
ルーク様は話しながらも、お芋のホットミルクを飲んでいる。
とても大事そうに。
「気持ちが落ち着くな……温かい」
「はい、温かいお料理の方が良いかと思いまして。熱すぎないですか?」
「いや……」
ルーク様は途中で、言葉を止めた。
「君の心が温かいと言っているのだ」
そのまま、ルーク様はかすかに笑いながら話を続ける。
「私もこれくらい、温かく接しないといけないな」
「いいえ、ルーク様。私にとっては、もうとても温かいですよ」
私が言うと、ルーク様はきょとんとした。
かと思うと、勢いよくホットミルクを飲みだした。
「い、今のは忘れてくれ! 疲れていて、よくわからないことを言ったかもしれん!」
「ルーク様、そんなに慌てて飲むと……!」
「うわっ、あち!」
結局、ルーク様はまた全部召し上がってくれた。
トマトリゾットもホットミルクも、少しも残っていなかった。
思い返すと私がお料理を出してから、一度も残されたことはない。
いつの間にか、それは私の自信になっていた。
「ふぅ、美味かった。君の作る料理は、いつも美味くて素晴らしいな」
「ありがとうございます。私もルーク様がおいしそうに食べてくださるのが、とても嬉しいです」
「そろそろ、私は仕事に戻るとするか。君の料理を食べたら、元気が溢れてきたぞ」
「では、私はこれで失礼いたします」
あまり長居しても迷惑だからね。
私は食器を持って、扉に向かう。
途中、ルーク様に呼び止められた。
「メルフィー」
「はい、なんでしょうか?」
ルーク様は伏し目がちに、だけどはっきりと言った。
「……いつもありがとう」
そう言うと、ルーク様はまた机に向かった。
私は静かに書斎から出る。
そして、ルーク様にいただいた言葉を、静かに胸にしまった。
なんだか、私の心まで温かくなったな。




