第2話:公爵様とお会いしました
「い、今なんて言ったの? れ、冷酷公爵様?」
アバリチアが言ったことに、私は耳を疑った。
「だから、そう言っているじゃありませんか。だだをこねるような真似はしないでください。みっともないですわよ」
冷酷公爵。
この国で、その名を知らぬ人はいない。
先の戦争で大きな戦果を上げ、公爵を賜った方だ。
氷魔法が得意なそうだが、とても冷たい性格で知られている。
その名の通り、心の底まで。
「でも、どうして、私が」
「ちょうど、シェフを探されていましたの。何でも食にうるさくて、料理人が次々と解雇されているそうですわ」
「料理しかできない君には、ピッタリじゃないか? まぁ、たとえ即日クビになっても、僕たちに助けは求めないでくれたまえよ」
「お義姉様は、もうクック家の人間ではありませんからね。せいぜいお得意の料理を活かして、追い出されないように頑張ってくださいまし」
二人は話しながら、ニヤニヤ笑っている。
私がひどい扱いを受けるのを、楽しみにしているようだ。
「ねえ、アバリチア……この件をお父様たちが許したの?」
私は最後の望みをかけて言った。
「ええ、それはそれは喜んでいましたわ」
「アバリチアと僕の婚約は、とても誇らしいと嬉しそうだったよ」
や、やっぱり……。
もともと、お父様はお義母様の言いなりだ。
それに、聖女になったアバリチアが、実質クック家を仕切っている。
この家に、私の味方は一人もいなかった。
「お前たち、準備は整っているわね!」
アバリチアが手を鳴らすと、使用人が集まってきた。
いつの間にか、私の荷物がまとめられている。
「これはどういうこと、アバリチア? なぜ、私の荷物が」
「話が流れてはいけませんからね。お義姉様は、さっさと冷酷様のところに行って頂かないと。こういう話は、早い方が良いでしょう?」
「メルフィー、君はもう用無しになったってことさ」
「ちょ、ちょっと待って!」
あまりの急な展開に、私は呆然としてしまった。
「さあ、お前たち、お義姉様を冷酷様の元にお連れして」
「先方をお待たせしては悪いからね」
二人の合図で、使用人が私を外に押し出していく。
「やめてっ」
そのまま、私は乱暴に馬車へ詰め込まれた。
少ない荷物も、ドサッと乗せられる。
「では、お義姉様、ごきげんよう。お家のことは心配なさらないで。私がいますもの」
「君に会うことは、二度とないだろうね。まぁ、せいぜい追い出されないことだな。ハハハハハ!」
「そ、そんな……」
そして、私はクック家を追放された。
□□□
「ここが公爵様のお屋敷……」
馬車からほっぽり出された私は、大きな館の前に立っていた。
とても威厳のある建物で、思わず圧倒されてしまう。
ここで待っていればいいのかしら?
勝手に入るのはまずいわよね?
少し考えていると、お屋敷からメイドと少年の執事が出てきた。
「ようこそおいでくださいました。アタシ……じゃなくて、私はメイドのエルダと申します」
「お待ちしておりました、メルフィー様。ボク……じゃなくて、私は執事のリトルでございます」
二人は揃ってお辞儀をする。
年は離れていそうだけど、二人とも顔がよく似ていた。
もしかしたら、姉弟かもしれない。
「お出迎えありがとうございます。メルフィー・クックです、よろしくお願いいたします」
私は深々とお辞儀をした。
初対面の人には、丁寧に挨拶しないと。
「あ、頭を上げてください、メルフィー様! アタ……私たちは使用人なんですから!」
「執事なんかに、そのような態度を取らなくて良いのです!」
「ですが、そういうわけには……」
「「おやめください!」」
「は、はい……」
私は二人に案内され、お屋敷の中を進んでいく。
はっきり言って、クック家よりずっと広かった。
豪華な装飾に見とれていると、二人の会話が聞こえてきた。
「姉さん、今度は女の人みたいだね。公爵様のお口に合うといいけど……」
「前のシェフは、たった一口で追い出されちゃったわよね。聞いた話だけど、婚約破棄されてここに来たってウワサよ」
「かわいそう……まだ若そうなのに、あの人も苦労しているんだね」
「無駄口はやめなさい、リトル。聞こえたら悪いでしょ」
「姉さんだって話してるじゃないか」
二人とも使用人になって、まだ日が浅いようだ。
やり取りが面白くて、私は静かに笑ってしまった。
不安な気持ちが、少しだけ安らいだ気がする。
「メルフィー様、こちらで少々お待ちくださいませ。直に、公爵様がいらっしゃいますので。今、お茶を用意させます。リトル、準備なさい」
「いや、でも、今日は姉さんの当番じゃ……」
「早くしなさい」
エルダさんに言われ、リトル君はしぶしぶ出て行った。
仲が良さそうな姉弟だなぁ。
と思っていたら、エルダさんがスススッと近寄ってきた。
「メ、メルフィー様、その……婚約破棄されたとは本当ですか?」
エルダさんは、神妙な顔つきで言ってきた。
たぶん、アバリチアがウワサでも流しているんだろう。
「は、はい、婚約していた方は、私の義妹と浮気していて……“飯炊き令嬢”と結婚なんてできない、って言われてしまいました」
「浮気!? “飯炊き令嬢”!? ひっどー! なんなの、そのクズ男!」
「え?」
私はポカンとする。
エルダさんは、慌てて口に手を当てた。
「こ、これは失礼いたしました」
「いえ、気にしないでください」
エルダさんたちとは、良い友達になれるかもしれない。
「待たせたな」
そのとき、男の人が入ってきた。
とても、背の高い人だ。
「こ、公爵様!? メルフィー様をお連れしました!」
途端にエルダさんは立ちあがり、シュッと背筋を正している。
かなり緊張しているようだ。
私も慌てて立ちあがる。
そうか、この人が……。
「私が屋敷の主、ルーク・メルシレスだ。君がメルフィー・クックか?」
冷酷公爵様だ。
初めてお目にかかった。
スラリとした体形で、珍しい蒼色の髪をしている。
だけど、切れ長の目がちょっと怖かった。
眉間にしわが寄っていて、なぜか機嫌が悪そうな感じだ。
「君がメルフィー・クックか? と聞いている」
「も、申し訳ありません! 私がメルフィー・クックでございます!」
ぼんやりしてしまった。
私は急いで頭を下げる。
「来なさい」
公爵様に連れられていくと、大きなキッチンに着いた。
整理整頓されていて、とても清潔だ。
「広いキッチンですね」
「君は料理が得意と聞いた」
「は、はい……子どもの時から、ずっと作らされていました」
私は公爵なんて偉い人と、話したことなどない。
どうしても、緊張してしまう。
「さて、君がここに来た理由はわかっているな?」
「公爵様のお食事をご用意する仕事だと……」
「そうだ。さっそく、今日の夕食を作ってもらおう。ただし、私を満足させられなければ、すぐに出て行ってもらう」