第17話:公爵様にお弁当を届けました
「じゃあ、ルーク様のところに行ってきます」
『ちょっと待て、俺が送ってやるぞ。乗っていけよ』
お屋敷を出て行こうとしたら、ルフェリンさんに呼び止められた。
「わぁ、嬉しいです。ありがとうございます、ルフェリンさん。でも、ゆっくり目でお願いできますか? お弁当が揺れてしまうと良くないですから」
『わかってるって。ほら、さっさと背中に乗れ』
ルフェリンさんに送ってもらって、あっという間に魔法省へ着いた。
お城みたいに大きくて、威厳のある建物だ。
なんか……ちょっと怖いかも。
雰囲気に気おされ、私は緊張してきた。
「ここがルーク様の職場……」
『超優秀なヤツしか入れない場所だ。国中のエリートが集まっているぞ』
「やっぱり、ルーク様はすごいんですね」
『入省試験もトップだったと聞いた。あんなんでも、あいつは天才なんだって』
「へぇ、すごいなぁ」
天才と聞いて、なんだか私まで誇らしくなってきた。
『ここから先、俺は行けないからな。一人で行ってこい。道に迷うんじゃないぞ』
「ありがとうございます、ルフェリンさん。ちょっと待っててくださいね」
私はドキドキしながら、魔法省に入っていく。
中はとっても広くて、見たこともない魔道具がたくさんあった。
ルーク様は、こんなところで働いているんだ。
当たり前だけど、歩いている人は魔法使いばかりだった。
魔法があまり使えない私とは、オーラが全然違う。
私なんかがいて、場違いじゃないかな?
ちょっと不安になったけど、私は受付にいく。
愛想のよさそうな女性が、カウンターに座っていた。
「すみません、新魔法開発部はどちらですか?」
「こんにちは。ご用はなんでしょうか?」
「私はメルフィー・クックと申します。ルーク・メルシレス公爵に、お弁当を届けに来たのですが」
そう言うと、受付の人は固まった。
「あの、どうされたんですか?」
「聞き間違いかもしれませんが……メルシレス公爵に……お弁当を……届けに?」
「はい、お弁当です!」
「そ、そうですか……まさか、あなたがお弁当なんじゃ……」
「え、なんですか?」
なぜか受付の人は、哀れむような悲しむような顔をしている。
「い、いや、なんでもないわ。新魔法開発部はあちらです」
そう言うと、廊下の奥の方を指さした。
だけど、指先がプルプル震えている。
「ありがとうございました。失礼します」
「え、ええ……気をつけてね」
何に気をつけるんだろう?
と思ったけど、場所を教えてくれて良かった。
少し歩くと、新魔法開発部に着いた。
カウンターの上にそう書いてあったから、間違いない。
「あの、すみません。ちょっとよろしいですか?」
「あら、どうしたの? 何か用かしら?」
眼鏡をかけた、キレイな女の人がやってきた。
奥の方には、魔法使いたちがズラリと座っている。
みんな私を見ると、笑顔で挨拶してくれた。
「どうしたの、お嬢さん。なにか用でもあるの?」
「何でも言ってね」
「誰かを呼びに来たのかな?」
そ、そうだ、私もちゃんと挨拶しないと。
「こ、こんにちは! 私はメルフィー・クックと言います! ルーク様と専属契約を結んでもらってます!」
――ざわっ!
私は大きな声で挨拶した。
ルーク様の職場なんだもの、ちゃんと挨拶しておかないとね。
「ね、ねえ、専属契約って……なに……?」
「あんなに若くてかわいい子を、冷酷様が……」
「意外と手が早い方なのね……しかも、契約……」
みなさんは何か言っていたけど、ざわざわしていて良く聞こえなかった。
「どうした、騒がしいぞ」
「「れ、冷酷……ゴホン、メルシレス様!?」」
奥の方から、ルーク様が出てきた。
途端にお部屋の中は静かになる。
やっぱり、ルーク様は結構偉い方なのね。
私は大きく手を振って合図した。
「ルーク様、お弁当を持ってきました!」
「メ、メルフィー!? こら、手を振ったりするんじゃない!」
「ルーク様の疲れが癒されるように、一生懸命作りました。今日のメニューは、“トマトライスの卵包みとまんまるエビフライ”です」
「わ、わかったから、静かにしなさい!」
――ざわっ!
「あの子と冷酷様って、どんな関係なの?」
「専属契約……って言ってたよな?」
「だから、専属契約ってなによ」
お部屋の中は、またザワザワし始めた。
でも、みなさんは何を話しているんだろう?
小声で話しているので、よく聞こえなかった。
そして、なぜかルーク様はとても慌てている。
おまけに、顔も真っ赤だ。
「メ、メルフィー! 弁当を置いて、早く帰りなさい!」
「はい、わかりました。でも、ちょっといいですか?」
「なんだ!」
「エビフライが入っているんですけど、しっぽまで食べられます。でも、硬かったら無理して食べないでください。口の中をケガしたら大変ですから」
「そ、そういうことは言わんでいい! ほら、早く出て行くんだ!」
「あっ、ちょっと、ルーク様!」
「「あの二人の関係はいったい……」」
追い出されるようにして、私は外に出た。
お弁当は渡せたけど、ちょっと残念だった。
もっとお話しできるかと思ったのに……。
そのまま、ルフェリンさんのところに行く。
「ルフェリンさん、お待たせしました」
『無事に弁当は渡せたか?』
「はい、ルーク様も喜んでくれたと思うんですけど……」
『ですけど、なんだ?』
「なんであんなに慌てていたんだろう?」
いつものルーク様と、なんだか様子が違った。
『まぁ、アイツも遅い春がやってきたってことだ』
「どういう意味ですか?」
『そのうちわかるよ。さあ、屋敷に帰るぞ』
□□□
ルーク様が帰ってきて、私はさっそくお弁当のことを聞いた。
「ルーク様、お弁当はどうでしたか? お口に合いましたか?」
「う、うむ……美味かったのだが……」
「美味かったのだが……何でしょうか?」
ルーク様は、硬い顔をしている。
問題があったのかと、私はドキドキする。
も、もしかして、なにか失敗した……!?
エビのしっぽが硬かったのかしら!? それとも卵がお嫌いだった!?
でも、嫌いな物はないって言ってたし……。
私は必死に、料理の手順を思い出す。
トマトライスの味つけが……いや、卵の薄さが……。
「う……む……」
しかし、ルーク様はなかなか言ってこない。
何か言いかけては、また口をつぐんでしまう。
その様子を見て、私はさらに緊張してくる。
知らないうちに、とんでもない失敗をしてしまったのだろうか……。
冷や汗をかいていると、ルーク様がボソッと言ってきた。
「ハートマークは、もうつけなくていい……」
ハートマーク? なんでだろう?
私にはその理由が、良くわからなかった。
「え? ど、どうしてですか?」
「どうしてもだ!」
その後、毎日ルーク様にお弁当を届けることになった。
だけど、ハートマークは彩りが気に入ったので、オムライスの日はずっとつけることにした。




