仕事場へ向かう
とうとう出社する時間が迫ってきた。
人に面と向かう職業なので、それなりの身だしなみが必要であるが、
若い青年から年配まで幅広い対応が必要な為に、薄いメイクにとどめて香水も石鹸や柔軟剤に近い香りをチョイス。
いつも同じ髪型だとお局様に指摘されたりするので髪止めを頻繁に変えたり結構苦労する。
そんなあわただしい朝の支度中のユカをポンニャーが不思議そうな顔で観察していた。
「何をしてるのか?」
「仕事に行くに決まってるじゃん。気分的には休みたいけど別に病気っぽくないし。」
「ふーん。まあ、定着化には早いから良いか。」
ポンニャーが変な言い回しをするのだが、一晩中付き合った結果[聞くだけ無駄]という結論に至った。
ポンニャーを残して部屋を出るのは気になるが、会社に行っている間に出ていってくれるなら、それはそれで構わないとユカは考えた。
「それじゃ会社に行ってくる。出ていくなら鍵はポストの裏に張り付けて置いてね。」
通勤用の運動靴を履きながらポストの場所をポンニャーに教えた。
「え?僕もユカの会社に行くよ?」
その言葉を聞いた瞬間に[実はそんな事を言い出す可能性は判ってたけど、あえて口にしなかった]作戦は失敗した。
「ダメ!来るな!迷惑!」
「そんな、ダメ!いじめ!絶対!風に言っても僕は付いて行くもんね。」
「そんな言葉どこで覚えたのよ!」
「昨夜テレビで言ってたね。」
あまり時間が無さそうなので、意を決したユカはポンニャーの首根っこを掴んで駅へと向かった。
ユカのマンションは千葉県の船橋にあり船橋駅まで徒歩で10分。
総武線で会社のある神田まで電車25分となる。
「会社では絶対に動かないでね。黙ってればぬいぐるみに見えるんだから。」
「むう、まさに潜入ミッション。そういえば排尿はどうすれば良いか?」
「……宇宙人のくせにトイレ必要なの?」
いきなりポンニャーはプンスカと怒りだす。
「失礼な!生物だから食事もすれば排泄もあるに決まってるね。原住民はそんな事も解らないのか?」
「ああもう!もうすぐ駅に付くから喋らないで!トイレ行きたくなったら私に言って!」
ポンニャーはしぶしぶ了解した。
朝の総武線はラッシュ地獄だ。
普通列車と通勤快速の二種類あるが、普通列車は西船橋でさらに混雑するので、主に快速を利用する。
それでも錦糸町手前で地獄化するのだが。
とりあえずポンニャーはユカの足の間に居るのだがポンニャーの毛がこそばゆい。
「むう、ここは臭い。」
妙齢の女性の股下で変な事を言うものだから、思わずユカはポンニャーに拳骨をお見舞いした。
「ユカの香水と加齢男性の足臭がブレンドされてるなり……」
そう言えば以前、珍しく子連れの親子が乗っていた時、5歳くらいの子供が泣いていたのを思い出した。
「なるほど…そういう事だったのか。」
とりあえず日本橋に到着。
最寄りの神田まで乗ると一度東京駅経由となる為に神田駅より5分余分に歩くが日本橋駅の方が早く会社に到着出来る。
そして会社の前で立ち止まりポンニャーに念を押した。
「とにかく大人しく待ってて。午後の外回りは一緒に行くからね。」
そしてユカは、なるべく誰にも合わない様にしながら女子更衣室へ到着するのに成功した。
更衣室には先客が二人ほど着替え中だ。
少し先輩の岩田さんと去年入社した清水さんだった。
二人は今日のランチの相談中である。
そこでユカが入って来たのに気がついた。
「おはようございます。本田さんも今日のランチを一緒に行かない?」
「先輩!行きましょうよ。先月、スープパスタのお店がオープンしたじゃないですか。」
ユカは一緒に行きたいのだが、現在脇に抱えてるナマモノの事を考えると躊躇した。
「今日は昼から顧客への外回り予定だからパスかな。ごめんね。」
本当はランチくらいの時間はあるが断る事にした。
女子社員は事務兼営業なので岩田さんと清水さんは納得してくれた様子だ。
「あら?そのぬいぐるみはどうしたの?」
岩田さんがユカの脇に抱えてるポンニャーに気が付いた。
「甥っ子へのお土産っす!!」
そう言いながら自分のロッカーへポンニャーを放り込んだ。
ポンニャーは何か言いたげだったが、空気を読んで黙っている。