九話 危機管理
「ええとですね、まず、魔力器官というのは、脳と下腹部に一つづつあります」
「ほ〜ん」
「魔法を発動するときは、脳の器官で魔力が貯められ、その魔力が全身に行き渡ります」
「はぇ〜」
「そしてその魔力は全身に巡って、下腹部の器官に辿り着きます」
「ふぇ〜」
「下腹部の器官に辿り着いた魔力はそこでブーストが掛かり、全身から魔法を放出できるんです」
「へぇ〜」
成程つまり、自分の場合は下腹部の器官に、レヴィオスは脳の器官に問題がある、という事か。
そうフェーズは納得して、五杯目となるコーヒーを店員に頼む。
「…あの、フェーズさん?」
「ん?」
ソイルはコーヒーを指差し、困惑した様子で手元のクッキーを手に取った。
「さっきからそんなに飲んで… 大丈夫、なんですか?」
「ああ…問題…無い…ッスよ」
足止めの為にコーヒーを頼み続けたが、もうそろそろ限界だ、トイレに行けば、その隙に戻られるかもしれない。
もちろん、ソイルを信用していない事では無い、だが、自分がソイルの立場だったら、代金を置いて帰ってしまうだろう。
そういうワケで、今の今までずっと我慢し続けていた。
コーヒー以外の溜まらないモノを頼めば良かったという事に気づいたのは、四杯目のコーヒーを飲み終えた直後であった。
(ヤバいな…コレ…)
「…少し、イイッスか?」
そういうとフェーズは立ち上がり、ソイルの手をとり、安息の地へ引っ張って行った。
「…え?」
困惑するソイルを無視し、個室へ足を踏み入れる、もちろん、ソイルと共に。
「何…え? 何? なんで? へ?」
ソイルはこの上なく困惑している、当然だ、いきなり店に連れられ、更に通常二人以上で来るハズの無い場所に連れられた。
意味不明という他ない。
とうのフェーズ本人は、まるで戦場を乗り越えたかの様な解き放たれた表情を浮かべている。
「フ〜… あと、二時間はイケるッス…! 話の続きを頼むッスよ!」
地獄の扉が開かれた。
目を覚ますと、先程までの廊下に倒れていた。
しかし廊下の長さは標準的なモノになっており、扉も四つになっていた。
「…なん、だったんださっきのは?」
立ち上がり、改めて廊下を見回す、階段もある。
「夢…じゃねえよな、妙な感覚はまだある」
そして突き当たりのドアを見る、他のドアと比べ少し色褪せており、傷もある、だが先程よりはボロボロでは無い。
「…何か、あるな」
以前と違い、扉を蹴破れる体力はある。
ドアノブに手を掛け、開かない事を確認すると、本気の蹴りを数発撃ち込む。
するとドアは徐々に木材の破片となっていき、奥の空間に僅かな光を差し込ませた。
「ソイルには悪いが、見せてもらうぜ」
部屋へ一歩踏み出すと、一瞬、床が歪んだ。
それに躓き、部屋の奥に吸い込まれる。
「!?」
その光景に、思わず目を疑う。
恐らく元は人間の男性であろうモノが、腹を大きく膨らませ、声にならない声を上げていた。
「あ゛ー♡ あ゛ー♡」
その股部分には孔が空いており、何かが這い出ようとしていた。
「気色悪いな…」
レヴィオスは確信した、この家にはモンスターが住み着いている、恐らく、この家の二階は数年間使われていない。
というのも、目の前のモンスターは、『魔力喰い』と呼ばれる蟲型モンスターだ、日常生活で魔法を使えるよう、家に仕込ませておく、毎日シッカリと管理をすれば、家屋内の魔力の流れをスムーズにし、住人に取っては利点しか無い、だが、今ここにいる魔力喰いは、人間の身体を苗床とし、繁殖を続けている。
股から這い出たモンスターが、レヴィオスに飛びかかる、それを掴み、壁に叩きつけると、体液を撒き散らしながら潰れた。
男から頭が離れ、それと一体化した本体が姿を現す。
「…コイツ、相当魔力を喰ってるな… そうじゃなきゃ、あんな芸当は出来ねえ」
幸運にも、壁に斧が掛かっている、それを取り、本体へ振りかぶるが、素早く小さい。
直ぐに避けられ、脇腹にかぶりつかれる。
「グッ…!」
「あ゛ー♡ お゛ッ゛♡」
男の目玉から飛び出た脚からは、魔力の残りカスとでも言うべき汁が滴り、吐き気を催す不気味さを加速させていた。
レヴィオスの足元に幼虫が群がり、少しづつ表皮を齧りとっていく。
単体では少し痒い程度だが、数百と集まれば話は別だ、レヴィオスの右脚は一瞬で骨となり、思わず膝をつく。
「がああっ!?」
その隙を逃さず、右半身を幼虫に覆われる。
痛みを殺し、本体に齧り付く。
本体は人間の声と蟲の声が混ざった、精神を犯すような声をあげている。
それを無視し、レヴィオスは一心不乱に噛む力を強める。
魔力喰いの幼虫は、蛹となるまでは母体から魔力を提供されている、それがなくなればすぐ絶命する。
「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!!!」
レヴィオスの前歯と、魔力喰いの外骨格が砕けるのはほぼ同時だった、先端を折られガタついたナイフと化した前歯は、魔力喰いの身体を簡単に切り裂いた。
右半身に群がった幼虫がポロポロと零れ落ちる、皮は全て喰われ、筋肉も少し食い破られている。
所々骨も露出していた。
筋肉を引っ叩いた風で、背後の蹴破られたドアに気づく。
おぼつかない足取りで廊下に出、ゆっくりと階段へ近づいていく。
「ウッ…ああ…ハアッ…!」
なんとか一階のリビングまで戻ってこれた、左腕で椅子を引き、血を垂らし続けている右半身をなるべく椅子、机に触れさせないように座る。
そして荒い、だが一定の呼吸を吐く。
「フェーズ…早く…!」
ふと、自分の真横に立つ存在に気づく。
その正体は、ツギハギの男、間違いない、村で接敵した魔人だ。
「お前…! 俺を殺しに…!?」
「イヤ、その姿があんまりにも痛々しくって」
「あのモンスターはお前の差し金か?」
「違うよ、アレはソイルの兄が事故で苗床にされたんだ」
魔人、縫血の手には、人皮らしきモノが握られていた。
それを机に置くと、懐から肉を取り出す。
そしてその肉を食い破られた部分に押し当て、縫い付けていく。
「テメェ…! なんのつもりでッ…!?」
「君達には死んでもらうと困るんだ」
縫血は筋肉を縫い終わると、皮を右半身に張り付けた。
関節部分を切り、細かい皮を張っていく。
そして筋肉と同じように縫っていく。
僅か数分で、レヴィオスの身体は元通りとなった、縫い目を除いて、だが。
縫血は窓を開け、身を乗り出した、レヴィオスの方を向き、純粋そうに笑いかけた。
「強くなってよ、俺は縫血、相棒にもよろしく」
そして窓から飛び降り、消えた。
「あの野郎…!」
レヴィオスは縫血を睨みつけ、『強くなれ』という言葉の意味を考え、顔を歪ませた。
「…あの心臓… ヤツはアレを各地にばら撒いてるかもしれねえ…!」
レヴィオスは部屋の隅で申し訳程度の生活感を出す棚を物色し、古びた紙を取り出す。
そして先程縫われた皮の、人差し指先を少し噛み切り、縫血の顔が消えない内に似顔絵を描いた。
「人を弄びやがって…!」
村のキメラを思い出し、下唇を思い切り噛んだ。
九話です。
文字数が減りつつある…3000文字を切ってしまった…。
前回も書いた通り、今週から土日夕方投稿になります、更新出来ない時はこの後書きでお知らせします。
ペース落として文字数減ってるのはなんででしょうね()