八話 純粋
男の人は、縫血というらしい、珍しい名前だ、縫血さんについて行った先には、さっきの縫い付けた死体が沢山吊り下げられていた。
「コレはね、僕の『作品』なんだ、常に最高傑作を作ってる」
「それは… 縫血さんの匙加減では?
縫血さんは困ったように笑った、でもそれがとても優しく見えた。
「う〜ん、確かにそうとも言えるね、でも、自分が最も納得いくモノが、最高傑作なんじゃないかな?」
一理あるかもしれない、と思った。
「それより、僕の作品を見ても怖がらないんだね」
「はい、その人達は、私には全く関係無いので、なんとも思いませんよ」
「そうなんだ、変わってるねキミは」
「…よく言われます」
縫血さんは優しく私の頭を撫でてくれた。
「でも、それは悪い事じゃ無い、キミの名前を教えてくれるかな?」
私は———
「…コレで確定だな」
後日、エゴとウェブラに魔蟲を接近させたが、全く気づく素振りを見せなかった。
「学園での失踪事件の関係者はソイル・プランドで決まり…って訳じゃ無い、ソイルにも魔蟲を接近させる」
そしてそのソイルは現在すぐそこにいる、遠くから魔蟲を放すと、一直線にソイルへ向かって行く。
「えへへ… ん? え? えっ… 何 何?」
ソイルは魔蟲に驚いたようで、必死に追い払おうと逆方向へ走って行った。
「ヤバいっ! 見失う!」
レヴィオスが茂みから飛び出し、ソイルを追って走り出した。
「はあっ…はあっ…!」
何、あれ、縫血さんと関係あるの? 気持ち悪い…
「お? ソイルちゃんじゃん」
「ッ…!」
最悪だ、あんなに減らしたのに、よりにもよって一番嫌なのに遭遇した。
「ジュウ…先輩…」
ジュウ・オスキニド、入学からずっと私に目をつけて、散々な目に遭わされた。
この人のせいで元から嫌いだった男の人がもっと嫌いになった。
「なあ、付き合えよ」
でも、今は違う、今は縫血さんがいる。
「…そうやって、いつまでも私に構うんだね… 他の人から相手に———」
顔を殴られた、殺したい気持ちで一杯になった。
「な〜にがあったか知らねえけど、そんな口きけないようにしてやる」
ソイルに向かって振り下ろされる拳を、レヴィオスが受け止めた。
「…あ? なんだよ、オッサン」
「悪いな、その女子生徒は、中央騎士団にとって重要なんだ」
睨みつける男子生徒に、ダザムから受け取った中央騎士団のエンブレムを見せると、舌打ちをし、歩いて行った。
「…あれ、魔蟲どっかいったな」
「…あ」
少女の方を向くと、右頬が赤く腫れ、手元に歪んだ眼鏡が落ちていた。
「大丈夫…じゃねえか、見せてくれ、歯ァ折れたりしてないか?」
学園から少し離れ、ソイルの自宅の前まで来た、眼鏡はなんとか治した。
「なあ、さっきの生徒は…」
ソイルはしばらく口籠もっていたが、ゆっくりと話し始めた。
「私を虐めていたヤツです…他にも沢山いました…」
(いました…過去形か)
「…深く入り込むようで悪いが、その虐めてたヤツらの名前ってわかるか?」
「…さっきのは、オスキニド、あと、クゥエド、イムゴ、キュオム…」
挙げられた名前の殆どは失踪した生徒と一致した、この子で間違いなさそうだ。
「そうか…ん?」
ふと、ソイルの鞄に魔法陣を彫った木の板が下げてあった。
「これ…『ザナド・デュ・エクリプス』の魔法陣か? 珍しいな…」
ソイルは意外そうにこちらを見た。
「知ってるん…ですか…?」
身体強化の後方支援系の魔法だ、こう言った魔法には一つ一つ個別の魔法陣が存在し、それを彫った土産品がある、だがザナドはこの系統の中でもマイナーな魔法だ。
「ああ、かなりレアだぞ…! こっちは『ニトロ・ヴァ・ブレイザム』!」
ソイルの鞄には四つの魔法陣の板が下げてあったが、どれもレアな品ばかりだった。
「はい…昔から…珍しい魔法を調べるのが好きで…」
そして次々と魔法について語り出し、ふと、言葉を止めた。
「あ… ごめんなさい… 初対面の人に対してこんな…」
「いや、全然良いぞ、俺、今まで魔法について、こういうベクトルで話せるヤツいなかったし」
ソイルは僅かに笑い、板の一つをレヴィオスに手渡した。
「これを…『グランド・ゴ・メグメゲル』の陣です…」
レヴィオスはそれを受け取り、懐に仕舞い込んだ、そして気難しい表情を浮かべた。
「ありがとな、それと… コレを言うのは少し躊躇うが…」
レヴィオスはしばらく悩んでいたが、心を決め、口を開いた。
「最近、全身ツギハギの若い男に合わなかったか?」
ソイルは目を見開き、レヴィオスから視線を逸らした。
そしてそのまま、無言で自宅へ入って行った。
(ヤバい…悪手を打った… 警戒されたか…?)
「レヴィオス〜!」
声の方を見やると、遠くからフェーズが走って来ていた。
(…とにかくここからいち早く離れた方がいい、俺達の会話を知られたら、ソイルの俺達への不信感はより確実なモノへとなる)
レヴィオスはフェーズの方へ走ると、抱きかかえそのまま走って行った。
「ちょちょちょ何スか!? 何スかいきなり!?」
「ソイル・プランドと接触した、俺達の会話を聞かれたらマズイ、だが多少の信頼も出来たハズ」
「早くないッスか? 十分ぐらいしか経ってないッスよ?」
「…まあ、学生だからな、純粋ってヤツなんだろう、ソコを魔人に利用されてるかもしれねえ」
ソイル・プランド、彼女には少し妙な点もあった。
何故家の前でずっと喋っていたのに親が出て来なかったのか… それどころか、様子見に来る事も無かった。
…どうしよう、あの人、縫血さんの事を探している、殺した事がバレる。
「どうしたの? ソイル」
「あ… 緑色の髪の人に、縫血さんの事を聴かれて…」
縫血は顎に手を当て、意外そうな顔でソイルに目線を合わせた。
「その人、名前はわかる?」
えっと…確か…
「レヴィオス…だった気がします…」
縫血は歪んだ笑顔を浮かべ、それをソイルに見られないように顔を手で覆った。
(驚いたな…! まさかゲノムと逢えるなんて…! コレを利用しない手は無い…!)
「…あの?」
「ああ、ごめん、その人はボクの知り合いだけど、いい人だよ、きっとソイルと気が合う」
「…はい! さっきも魔法についての会話が盛り上がって…」
「うん、やっぱりね、それと、そのレヴィオスと一緒に居る女の子、フェーズって言うんだけど、その娘とも仲良くなれると思うよ」
ソイルは笑顔でうなづき、そのままベッドに横になった。
翌日、レヴィオス、そしてフェーズは、ソイルの家の前に来ていた。
「いいか、魔人の事は絶対に言うなよ?」
「わかってるッスよ、そんなに何度も言う必要無いッス」
レヴィオスのしつこい念押しに、フェーズは呆れた様子だ。
レヴィオスがドアを数回ノックすると、ドアがゆっくり開き、ソイルが顔を覗かせた。
「…あ、レヴィオスさん… どうも」
「ああ、ちょっと話したくてな、そうだ」
ソイルがドアを完全に開けると、レヴィオスはフェーズを前にやった。
「紹介するよ、コイツはフェーズ」
「ヨロシクッス〜」
ソイルはフェーズに軽く会釈し、二人を家の中に案内した。
内装は殺風景で、最低限の家具だけがあった、生活感もまるで無い。
「…随分とシンプルな部屋ッスね」
「はい… 最近は親戚の家に居ることが多いので…」
ソイルは三つの椅子を引き、先に二人を座らせ、自分は反対側に座った。
「………」
「………」
「………」
ただひたすらに沈黙が続く、三人とも、こう言った場で話題を作るのは得意では無い。
その沈黙を破ったのは、フェーズだった。
「外行きましょうッ!!」
机に拳を叩きつけ、無理矢理ソイルの手を引っぱって、玄関まで連れて行く。
「おい!? 何やってんだお前!?」
「レヴィは留守番しといてッス!!」
急に名前を略された事も気になったが、今はそんな事より二人を追わなければ…と、玄関に入って瞬間、ドアが爆音をたてて閉じられた。
「えぇ…」
いや、コレはむしろ好機だ、今のうちに家の中を捜索しておこう、何かがあるかもしれない。
「頼んだぞ、フェーズ…」
フェーズに手を引かれたソイルは、中央商業区のカフェに連れられていた。
二人に挟まれたテーブルには、コーヒーが二つ置かれている。
そしてフェーズは不機嫌そうに頬杖をついてソイルを睨みつけていた。
ソイルはその視線に困り、ずっと落ち着かない様子だ。
「ねえ」
「わっ!? はい!」
「アタシ…魔法は全く詳しく無いんス… 教えて欲しいッス!!」
ソイルはしばらく完全に静止していたが、ふと我に帰ると、深呼吸をして話し始めた。
「ええと… じゃあ、何から聞きたい…ですか?」
「魔力器官についてッス」
「魔力器官…ですか」
(よし…ここで魔力に関する情報を教えてもらって、時間稼ぎもできる… 我ながら最高の発想ッスね!!)
ソイルの自宅を捜索するも、特に目ぼしいモノは無く、レヴィオスは二階へと足を踏み入れた。
「…なんだ?」
瞬間、その異様さを肌、そして目で感じ取った、階段を上がった先には『異様』な長さの廊下が真っ直ぐ伸び、『異様』なまでの量のドアが左右に等間隔で設置されていた。
妙な感覚を抑えつつ、一歩づつ、進む、足の、進みが、遅い。
「…さっきからなんか…身体が重いな…?」
ドアノブに手をかける、亀の如くノソノソと、だがそれが今のレヴィオスの全力だ。
荒く息づきながら、ドアと共に奥へと倒れるように、その部屋へ入る。
が。
「!?」
レヴィオスが居たのは、廊下、正面には、反対側のドア、思わず振り返る。
「おかしい…おかしいぞ…!?」
振り返った先には、たった今までいた廊下… だが、階段が遠ざかっていた、どうやら階段から見て奥の右側のドアに出たらしい。
今居るのは突き当たり、その突き当たりには、ボロボロで、今にも崩れ去りそうなドア、だがそれによってドアノブが壊れているようで、体重をかけても開かない、そもそもドアノブが撚れないのだ。
蹴破れば入れそうだったが、今のレヴィオスにそこまでの力は無い、それに徐々に力が抜けてきている。
「…とにかく、一旦下の階に戻る…!」
と、先程出たドアを開け、入る… しかし、その先は廊下の腹あたり…
「…出る先はランダムって事か…!?」
こうなれば仕方ない、歩いて行くしか無い、重い身体を、もはや引きずっているような状態で、階段まで足を進める。
だが、そこには無かったのだ、階段が。
あるのはドア。
「クソ…どうなってやが…る…」
遂に力尽き、うつ伏せに倒れる。
徐々に意識が薄れていく。
ヤバい…早く…
………
八話です。
これからは土日投稿がメインになります。
本当に申し訳ありません。