七話 十三番目の死神《デス・サーティン》
痩せこけた『死神の腕』の上を滑り、縫血の頭は死体の山へ向かっていた。
「へぇ、十三番目の死神に触れて何とも無いのか」
「まあ、死神も僕達魔人の仲間だからね」
ダザムが目を見開き、死神の腕を引っ込める。
そしてその指で縫血の頭を摘ませ、眼前に持ってこさせる。
「嘘つけ、じゃあなんで死神は俺に従ってお前を潰そうとしてる」
「死神族は契約相手を選ばない、それに僕達魔人は他の種族と違って無駄な『なかよしごっこ』はしない」
縫血は不敵に笑うと、死神の手に頭を握らせようと離したその一瞬で、抜け出し、森へ消えていった。
「ッチ! 逃した…」
「あの…ソレは…?」
変身を解いたレヴィオスが、痩せこけた無数の腕を指差し、汗を滲ませた、フェーズはそれを興味深そうに、だが少し恐怖したように見つめていた。
「『十三番目の死神』、俺が契約している『死神』だ」
「死神?」
「ああ、死神は魔人の生き残り…まあ、たった今否定されたが、死神は自分の気に入ったヤツを契約相手に選んで、ソイツの色々なモノを代償に力を貸す」
ダザムが刀を地面から引き抜くと、痩せこけた腕は根本の暗雲へ消え、その暗雲は刀の刀身に収束していった。
「だが俺は幸運だった、ガキの頃から持ってたこの『刀』とかいう妙な形の剣、どうやら魔人の骨から造られた代物らしくてな、死神はソレを大層気に入って、刀に住まわせる事を要求してきた」
ダザムが刀を腰の鞘に収め、傍らに停めてあった車へ歩き出した。
「帰るぞ、今回キメラを見つけたのはお前、証人の俺もいる、レヴィオス、お前の手柄だ」
レヴィオスは暫く戸惑っていたが、右手を握りしめ、ダザムの方へ足を進めていった。
「…縫血、酷い有様だな」
頭だけになった縫血を、焼灼が乱暴に掴む。
「はは、面目ないや、でも痛いからもっと優しく持ってくれないかな?」
焼灼は溜息を吐き、縫血を抱きかかえた。
「でも、いいの? 心臓を中央騎士団に渡しちゃって」
「ああ、ヤツらにとって心臓は未知でしかない、研究に回されるか、そうでなくとも何かしら重要な場所に保管されるだろう」
「なるほど、そうすれば重要な施設を確実に叩けるって算段ね」
「少し、違う、確かにそれも考えたが、戦いの中でそれらの場所は重警備が敷かれるだろう、俺達だけで乗り込むのは少々危険だ、黒翅族の生き残りの少女、そしてその側の青年を仲間に引き入れる、そのためにはもっと強くなってもらう必要がある」
焼灼は自らの焦げた方の顔を優しく撫で、すぐに爪を立て引っ掻いた。
「鴉天狗の情報によれば、近く、騎士同士の大会がある、その日を狙って心臓を奪取する、いくら騎士が出払っているとはいえ、最低限の警備はいるだろうから痩壊に時間を稼がせる」
「それまではゲノムの成長待ちか〜」
「いや、まだ一つ心臓が残っている」
焼灼が懐から心臓を取り出し、縫血の口の中に放り込む。
「使い方はお前に任せる、だがなるべく黒翅に効果的な事をしろ」
「わふぁっふぁ、ふぉっふぃのうふぃいうふぁあえふぇおあうよ(わかった、こっちの好きに使わせてもらうよ)」
そうして二人は森の中へ消えて行った。
中央騎士団本部、不満げなジェイルに、ダザムは呆れながら報告を続けた。
「…あのさぁ、そんなわかりやすくイラつくなよ、重大なコトだぜこれは」
机に肘をつき、ジェイルの間近に顔を持っていく。
「魔人族の生き残り、そしてあの心臓…解析によれば、カメレオンにも同じのがあったらしいじゃないか」
そしてジェイルの頭を優しく掴む。
「何かが起きようとしてる、この国…、いや、人間族と魔人族による大きな『何か』が…」
ジェイルはダザムの腕を乱暴に振り払い、舌打ちをした。
「ッチ…、私の心も知らずにズカズカと…! それは私がいればすぐに終わる、そしてその男、まだ一度しか戦いってないだろう、今回たまたま暴走しなかった可能性もある、あと数回は任務を与える、出て行け」
徐々に怒りを帯びたジェイルの声に、フェーズは怯え、レヴィオスの手を引き部屋を出ようとする。
「ハイハイ…でも、今回のは毛色が違う、大会もあるし、戦力は多い方が———」
「出て行け!!!」
部屋中が揺れる程の怒号に、ダザムは渋々二人を連れ、部屋を後にした。
残ったジェイルは唇を強く噛み、机に膝蹴りをかました。
顎を覆う程の血が溢れて、机は音を立てて真っ二つになった。
「嫌いだ…魔人も…獣人も…黒翅も…!!」
今度は椅子を掴み地面に振り下ろした。
中央騎士団本部の地下、そこには魔法やらの研究施設がある、件の心臓も、ここで研究がされている。
そしてその施設の一つに、レヴィオスとフェーズはいた…というより。
「あの〜なんで寝かされて縛られてるんですか?」
拘束され、錆び付いた機械に囲まれていた。
「仕方ない、戦って証明出来ないなら、キチンとした場所で証明して貰えばいい、だよなぁラブラ?」
「ああ、それに、何故他種族の固有魔法を使えるのか… 私個人としても気になるからね…」
ダザムの隣に座っていたのは、燻んだ赤髪に白いメッシュを大量に入れ、眼を血走らせた女だった。
「っていうか…こんな機械、どうやって作ったんです?」
「ああ、実は数年前、ここは古代遺跡でね、そこを私なりに改造して、研究施設としたワケさ、おかげでフォビュラスの科学、工業はたった数年で大きく発展したんだよ」
「そう、俺の刀も遺跡にあったモンだ」
二人を取り囲んだ機械が動き出し、青い光が身体を照らした。
ラブラは手元の四角い黒い板に目をやっていた。
「ふむ… 特に異常は無いねぇ…」
だがラブラは「いや」と、目を細めた。
「魔力器官が歪んでいる…?」
「え?」
ラブラの手元の板、『モニター』には、二人の体内を透かした写真が写っていた。
「フェーズ君は排出口、レヴィオス君は器官全体が、滅茶苦茶になっている…」
ラブラが手元で何かを動かすと、二人の拘束が解かれた。
「通常は他種族の固有魔法を使うと、魔力器官の性質の違いで暴発するのだが… 恐らく、二人とも歪んだ魔力器官を持っていたおかげで、暴発せず、むしろよりスムーズになったと考えられる」
ラブラは背もたれに寄りかかり、あくびと共に仰反る。
「ま、殆ど私の妄想だがね、取り敢えず暴走の危険性は無さそうだ、心臓の解析結果もじきに出る、楽しみにしてくれ」
「とは言っても… ジェイルは納得しねえだろうな、だが説得力は持たせられる、次の任務だ」
本部の中庭で、ダザムは懐から数枚の写真を取り出し、二人に見せた。
「この建物は、中央騎士養成学園、騎士を育てる場所だ」
「学園…」
「そこで生徒が行方不明になる事件が相次いでいる、失踪したと思われる場所には針と糸が落ちていた、あのツギハギの仕業なのは間違いない、だが、それとは別に俺達が目星をつけているヤツが三人いる」
建物の写真を仕舞い、残りの三枚を掴み広げた。
「まず一人目、剣術科高等部二年生、エゴ・ムッテルバウロ」
「早速生徒が出てきたんスけど…」
「コイツは失踪した生徒、教師との接触が最も多かった、それに失踪したと思われる時間帯にコイツを見かけたヤツが居なかった」
そういうと、ダザムは右端の黒髪の少年が写った写真を手持ちのボードに貼り付けた。
「二人目、魔法科高等部一年、ソイル・プランド、コイツは失踪した生徒、教師から嫌がらせを受けていた」
メガネ少女の写真を同じようにボードに貼り付けた。
「三人目、魔法科高等部担当教師、ウェブラ・ブーケスカイ、コイツは生徒からの評判も悪く、問題行動が多い」
三人の写真をボードに貼り終え、それを二人に突き出す。
「この三人の誰かがあのツギハギに手を化し。失踪事件に関わっている、それに来月、学園生徒達の大会がある、それまでに解決しろとの事だ」
しばらく沈黙が続いた。
「どうやって調べるんです? 俺とコイツの頭じゃ学園に入るのは無理だと思うんですが、剣術もド素人だし、いくらそっちで根回しした所で怪しまれる」
ダザムが不思議そうにこちらを見つめ、ボードを放り投げた。
「いや、学園での生活を監視してもらう必要はない、コイツらが行動を起こすとすれば放課後… 夜だろう、それに何日も張り込まなくてもいい、すぐに見分けられる」
ダザムが奇妙な生物を鷲掴みにしている事に気づく。
「ソイツは?」
「あの心臓の細胞の一部を培養して造った『魔蟲』だ、魔人には特有の魔力がある、コイツはそれを辿って行動する、そして魔人と関わってるって事は、魔人の魔力がほんの少し混じってるって事だ」
ダザムが魔蟲を中庭に放つが、魔蟲がいくら近づいても、他の人間は無反応だった。
「その上コイツは魔人とその魔力を持つヤツしか認識できない」
「成程、つまりその蟲が反応して、尚且つ本人が認知すればクロって事ッスか」
魔蟲を呼び戻したダザムがうなづき、魔蟲を仕舞い込んだ。
「まずはエゴから調べる、丁度生徒達が下校する時間だ、エゴは一人でいる事が多い、学園から離れた所を狙え」
学校が終わる、地獄が終わる、でもまたすぐに別の地獄が始まる…筈だった。
「あ…あの…」
「ん?」
帰ったら親が死んでた、バラバラにされて、そして、知らない男の人がそれを縫ってた。
「これ、君の両親?」
男の人は無言でうなづいた、そのあと不思議そうに聞いた。
「あれ? 怒ったり、泣いたりしないの?」
「はい… まあ… その二人には、それ程の価値を感じていないので…」
男の人は「ふ〜ん」と言った後に、縫い物を天井から吊り下げた。
「どうするかなぁ… あ」
男の人は私に近づいて、しばらく顔を見ていた、殺されるのだろうか。
「あの」
「ん?」
「『ソレ』みたいにしてほしい人がいます」
男の人はキョトンとしてた、でもすぐに笑って。
「いいよ、誰?」
と、聞いてきた。
嫌いな人間の名前を手当たり次第言った、六人目を言った所で止められた。
「そんなに一気に覚えきれないよ」
私は六人を、ゆっくり、丁寧に説明した。
男の人は笑ってうなづいてくれた、初めてだった。
「うん、わかった、明日には完成するから、ここに来てね」
「…ここ、私の家です」
「アッハッハ! 面白いね君!」
…?
「それじゃあ———」
「待って!」
引き止めた、出した事ないくらい大きな声で、そうしたらこっちを向いてくれた。
「ください… 貴方に…ついて行っても…いい…ですか?」
男の人はしばらく悩んでたけど、また笑ってくれた。
こんなに自分に笑いかけてくれる人は初めてだった。
「構わないよ、ついておいで」
私は男の人について行った。
七話です。
今までより少しだけ短いです。
次回以降は4000文字を切る事が多くなると思います、申し訳ないです。
次回は遅くても3/4までには投稿します