二話 超サイアク
アルカの街、その一角にある建物の屋根の上に、浅黒いコートを羽織り、フードを被った男が反対側の建物、自警団達が集まる『ホーム』へと視線を向けていた。
その男の元に、真っ白な毛をした一匹のネズミが飛び込んできた。
「よくやった『ぴあ』…ターゲットは決まったな…」
そういうと男は懐から紙を取り出す、そこにはファズ達、レヴィオスを含むルガのメンバー達の顔と名前が書いてあり、上の方に『アルカ自警団第四部隊 チーム【ルガ】』と書いてある。
「ケヒヒ…アイツの絶望顔が楽しみだァ…頼むぜ死霊術師…」
男は笑みを浮かべ、白色のネズミを放った。
すっかり夜に染まったアルカの街中を歩く人影があった、ファズだ。
「アイツへの土産選んでたら、遅くなっちまったな…」
その腕には果物やら雑貨やらが詰め込まれた紙袋が抱えられていた。
暫く歩いていると、荷車を押している青年に声をかけられる。
「あれ、ファズさん、どうしたんですか?その袋」
「ああ…メンバーが一人辞めちまってな…土産にと思って買ったんだ」
青年は不思議そうな顔を浮かべ、荷車を止めた。
「へぇ…でも、ルガの皆さん、いっつも仲良さそうでしたけど…」
「いや、アイツ…レヴィオスは自分の事を蔑んでたんだ…何度も説得したんだが…とうとう今日、辞める事になっちまったんだ…」
青年は「それは…」と言いかけたが、そのまま荷車を押し去っていった。
「レヴィオスのヤツ…まだホームにいるかな…」
「ここがアンタがいた拠点ッスか…」
レヴィオスとフェーズはホームの建物を見上げていた。
「ああ、明かりがついてるって事は、アイツらまだ居るっぽいな…」
レヴィオスはドアノブに手をかけると、手前に引いた。
中にはルガのメンバー、デューザ、ザム、ラクダワラの三人がテーブルに座っていた、彼等以外に人は居ないらしい…と、奥の方を見やると、紫のローブを着た男が座っていた。
「あれ、少ねえな…普段はもっといるんだが…」
フェーズが鼻を摘み、レヴィオスの袖を引っ張る。
「ねえ…なんか変な臭いするんスけど…」
言われてみれば、腐敗臭に近い臭いがうっすらと。
「…何かあったのか?なあ、デューザ」
と、レヴィオスがデューザの肩を叩くと、強い力で腕を掴まれる。
「おい!?急になんだよ!?」
そのまま立ち上がり、レヴィオスの顔面に拳を叩きつけた。
そのまま床に転がったレヴィオスに、フェーズが駆け寄る。
「レヴィオス!!」
鼻を押さえながらデューザの方を見ると、ザムとラクダワラも席から立ちこちらに視線を向けていた。
全員帽子をかぶっており、目元がよく見えない。
「なんなんだよお前ら…!いきなり殴ったりして…!」
三人は無言でこちらに近寄ってくる。
「悪かったよ!勝手にチームを抜けた事は謝る!でももう俺は弱くなくなったんだ!こいつ…フェーズのお陰で!!」
デューザとラクダワラが同時に動きを止め、ザムが剣を抜いて駆け寄る。
即座にフェーズを抱え、ザムから逃げる。
「なあ…せめてなんか言ってくれ!」
ザムがぎこちない動きでこちらへ剣を振るう。
「うおっ!?」
剣は地面に深く刺さった。
すると今度はデューザとラクダワラがこちらへ向かってくる。
「待て」
二階の方から聴き覚えのある声がしたと思うと、三人の動きが止まった。
「ファズ!」
そこから降りてきたのは、紛れもなく彼らを統べるリーダー、ファズであった。
レヴィオスは縋るようにファズへ訳を喋った。
「ファズ…悪かったよ…でもここまでする事はないだろ!?それに俺はコイツのお陰で強くなれたんだ!!」
ファズは溜息をつくと、こちらへ冷え切った視線を向けてきた。
「レヴィオス…お前には失望した、まさか奴隷を買うとはな…」
「ッ…!」
そうだ…俺はフェーズを奴隷として買わされた…マズイ、ワケを説明しなくては。
「違うんだファズ…!この娘は俺の意思で買ったんじゃない…売り付けられたんだ…!」
レヴィオスの顎にファズの足蹴りがめりこみ、壁に叩きつけられる。
「貴様は俺達の仲間じゃない…!出て行け!」
胸ぐらを掴まれ、そのまま外へ投げ出される。
「待ってくれよ!」
扉が力一杯に閉じられ、二人は外へ投げ出された。
「なんだよ…なんでなんだよぉ!!!!」
「ごめんなさい…アタシのせいで…」
思わずファズを睨みつけてしまうが、すぐに気付いた。
(そうだ…コイツは別に自分の意思で来た訳じゃねえ…俺が舞い上がったのが悪いんだ…)
「あ…すまん…」
立ち上がり、辺りを見回す。
「もう夜も深くなってきたな…この時間じゃ住人は殆ど寝てるだろうし…仮に起きてても奴隷を連れてるんじゃあんま入れたくねえよな…」
「…アタシは野宿でもいいッスよ、慣れてるし」
どうやら気を使わせてしまった。
「まあ…それしか無いか…」
レヴィオスは羽織っていたコートを脱ぐと、フェーズに被せた。
「取り敢えずコレつけとけ、首輪を見られるとマズイし、寝てる間に風邪引くかもしれねえ」
そういうと、二人は街の路地裏へ消えていった。
レヴィオスを追い出したすぐ後、ホーム内にはファズと紫ローブの男が立っていた。
足元には残りの三人が力無く倒れていた。
「フゥ〜…っと」
ファズが自分の顔を撫でると、形が崩れていき、全く違う顔に変化した。
「ケヒッ…見たか?アイツの顔…最高だったなァ…!?」
黒コートの男、『カメレオン』は笑うと、足元の『死体』を蹴り上げる。
「ああ…コイツらの死に際も良かったが…やはりアレが一番だな…」
紫ローブの男、死霊術師ウギョイも同調して笑った。
「さて…そろそろリーダーサンが帰ってくるか…どうする?俺はどっちでも良いが…」
ウギョイが三人の死体に手を翳すと、それぞれが力無く立ち上がり、無気力に先程の位置へ戻る。
「お前はネズミでどっちも観れるだろ…羨ましいな、リーダーは俺がやる、お前は逃げたヤツを殺せ、ちゃんとどんなだったか教えろよ?」
「わーってるよ…でも殺すのは明日だ…もう一段階絶望を与えてやる…ケッヒヒ…!」
そうカメレオンはウギョイの肩を叩くと、窓から外へ飛び出して行った。
「おーい帰ったぞ」
扉を開け、ファズが入ってくる。
「おっと…」
ウギョイが急ぎ足で奥の椅子へ座る。
「どうした皆?そんな俯いて…」
ウギョイの顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。
翌朝、目が覚めた二人を迎えたのは。
「このクソ野郎が!!」
「奴隷を買うなんて…!」
「信じてたのに!!」
「とっとと出てけ!」
住人からの罵声、そして投げつけられた塵…
「うっ…一晩でなんでこんな…」
「…アイツらが悪評を広めたんじゃないんスか?」
「アイツらがする訳ねえだろ!!」
寝ていた間に脱いだのか、地面に落ちていたコートを羽織り、その中にフェーズを隠す。
「多分どっかの悪徳記者か誰かが昨日のやり取りを見てたんだろ…」
「でも昨日の態度…」
「アレはなんかの間違いだ!!」
レヴィオスはフェーズを抱えたまま、街の外へと駆け出していった。
そんな二人をホームの中から見つめる影が三つあった。
「ケヒヒッ…ちゃあんと見ろよぉリーダーサン!」
椅子に縛られたファズの髪を鷲掴みにし、真正面へ向ける。
「貴様ら…手配書の…!なんのつもりだ…!!」
ウギョイがファズの鼻に肘を打ち付ける。
「ウウッ!」
「決まっている…趣味だ、仲良しチームを絶望させてぶち殺す…これ以上の興奮があるものか」
「だから…だから俺の姿でデューザやザム…ラクダワラを殺して…その死体でレヴィオスを追い込んだのか!?」
「ハッハァ!!」
ウギョイが椅子を蹴り倒す、縛り付けられていたファズも共に倒れた。
カメレオンが懐から燻んだ色のネズミを出すと、ファズの首元を噛ませた。
「がっ…!!」
そして地面にファズの頭を押し付けながら笑った。
「ケヒッ…!『ぷお』とお前の視界を共有させてもらった…これからレヴィオスとかいうのを殺しに行く…せいぜい観てるんだなァ…!ケッヒヒヒ!!」
そういうと二人は悪意の飛び交う街を飛び去っていった。
「グッ…させん…させんぞおおおおおおおおおお!!!!」
「はあっ…!はあっ…!があっ!」
なんとか投擲を躱していたレヴィオスだったが、とうとう材木が後頭部を捉えてしまった。
ふらつくレヴィオスの前に、一人の青年が立っていた。
「なんで…ファズさん達を殺したんだ!!」
「…なんだと?」
「ファズさんはお前の為に!土産を夜まで選んでくれていたのに!!」
どうやら自身が思っているより事態は重大らしい。
「どうなってんスか…」
「十中八九誰かに嵌められた…!とにかくアルカを出るぞ!どけ!」
青年の横を通り、そのまま門に近づいた、その時だ。
「ああっ!」
誰かに背中を蹴られ、外へ投げ出される。
そのまま確認する間も無く門は閉められた。
「大丈夫ッスか?さっき何か頭に当たったっぽいッスけど…」
レヴィオスが後頭部を押さえながら立ち上がり、ゆらゆらと歩き出した。
「ああ…なんとかな…」
レヴィオスは歯軋りをすると「それより…」と荒っぽい声で呟いた。
「俺を嵌めたヤツがいる…誰かは検討もつかねえが…」
「…昨日のアンタの仲間達、様子がおかしかったらしいッスけど…なんか関係あるんじゃないッスか?」
そうして、昨日の事を思い出す、そして一つ…見つかった。
「あの奥に座ってた紫コートの男…何かあるかもしれねぇ…だが仮にアイツが犯人だとしたら、多分アルカをもう出てる…」
「じゃあどうするんスか?」
「ヤツに仲間がいないなら、皆を殺して…あれは多分死霊術だ…噂程度には聞いていたが…それで死体を操って俺を追い込んだ…更に朝が来てから俺が起きるまでの間に住人達にデマを流して…だからヤツが街を出たのはどれだけ見積もっても二〜三時間前…多分近くに———」
「レヴィオス!」
いきなりフェーズに押し倒される。
「なんだ!?」
顔を起こすと、自警団の兵士が三人、こちらを見ていた、その眼には生気が無く動きは不規則だった。
「死霊術…!」
間違いない、目の前の三人は死体…それを誰かが操っている!
「やっぱりな…ヤツはすぐそこにいる!!」
体制を直し、フェーズを抱きかかえる。
「食らいやがれ!」
そして右手を振るうと炎が現れ、彼らの眼前に迫る。
「があ…」
しかし三人はそれをおおよそ人間には不可能な動きで交わすと、剣を抜きこちらに切りかかってくる。
「っチィ!!」
レヴィオスは舌打ちをすると反対側へ駆け出すが、直ぐに回り込まれてしまう。
「クソ!」
辺りを見回すと、森が見えた。
「あそこだ!」
森の方へ走り出し、右腕を後ろにやる。
「魔力反転!『水』!!」
右手からいくつかの氷塊が発射され、死体の脳天を貫いた。
「時間稼ぎにはなるだろ…!!」
深い森の中に、レヴィオスの嘆きが響いた。
「何が起きてやがんだよおおおおおおおおお!!!!」
どうも、鎌糸です。
多分一話の翌日に投稿されてると思います。
一話冒頭の部分は次回なのでお楽しみに…
誤字脱字などありましたらご報告をお願いします。