十六話 トラウマ
液体の中のカメレオンは、不機嫌に顔を歪ませた。
「なんの用だ!」
「何回も言わせんな、お前に聞きたい事があんだよ」
ダザムはカメレオンの胸あたりを指差した。
「お前にその『心臓』を与えたのは一体誰なのか… どこで手に入れたのか」
「ふん… 言うとでも?」
「そう言うなよ、ただの人間を、肉片レベルでバラされても復活できるような化物にする心臓…」
水槽に頭を押し付け、人差し指をコンコンと打ち付けた。
「魔人どもが何をしたいのか… ソレを知ってる可能性があるのは、カメレオン、お前だけだ」
そしてダザムは、背後に出現した暗雲から一枚の写真を取り出し、水槽の壁に貼り付けた。
「もし話してくれるなら… コイツらを殺させてやるよ」
カメレオンの顔面が怒りに染まり、写真に向かって身体を打ち付けた。
その衝撃で、背から伸びていたチューブが一本抜け、カメレオンが苦しみ始めた。
「ぐうっ…があっ! 殺す…! ブッ殺すゥ! レヴィオスとあのガキ! ゴボッ…!」
『ダザム! 装置が外れてしまったじゃあないか! 時間だ!』
「へっ、じっくり考えろ、明日また来る」
ダザムは格子扉を踏みつけ、階段を登っていった。
なんとかカメラを取り返したレヴィオスは、フェーズを追って妙な場所へ入り込んでいた。
そこは地下街で、薄汚れた床にシャッターのかかった店がいくつかあった。
だが、そこには違和感があった。
というのも、入り口となる階段には真新しい布が落ちており、そこのドアにも釘で留められていたであろう穴が空いていた。
それに店の看板と並べてあるモノが合っていない。
野菜と思わしき看板の店には固形魔力の瓶が並び、雑貨の看板の奥には食料が並べてある。
「…誰かが、生活しているのか?」
だとしたら、先程フェーズを拐ったのはこの場所に住む者だろうか。
地下街の奥へ歩いて行くと、背後に気配を感じた。
すぐに振り向こうとしたが。
「動くな」
と言われ、動きを止める。
「両手を上げろ、ゆっくりこちらを向け」
指示通りに動き、声の主を見やる。
フェーズより少し上… 17ほどの歳だろうか、少女がこちらへ古ぼけた銃を向けていた。
その銃と、本人の格好、辛うじて元はフード付きのジャケットであったとわかるボロ布を着込んだだけというのが、彼女が貧しい生活をここで送っているということを示していた。
少女はレヴィオスの右手に握られた青い布を見ると、眉間に皺を寄せて。
「その布はどうした、どこで手に入れた」
「…入り口の、階段で」
「渡せ」
右腕を下げ、少女が布を受け取ったと同時、少女の腕を掴み、壁に押し付け拘束する。
「喋るな… 俺の質問にだけ答えろ、急いでる… 暴れなければ何もしない」
「んんんんん!!」
左手を少女の後頭部に当て、緑色の魔法陣を展開させると、動きが鈍り、力が抜けたような状態になった。
「さっき… 黒髪赤眼の、14くらいの歳の女が連れ去られて来なかったか?」
少女はこちらを睨みつけ、レヴィオスの中指を噛んだ。
「痛ェけどそんなんで離さねえぞ、俺はタフだからな」
なおも睨み続ける少女、レヴィオスは溜息混じりに再び質問する。
「なぁ…俺の連れを拐ったヤツが、ここに来たんだよ」
「お前… 黒翅族じゃないだろ、なんでフェーズと一緒にいる?」
少女の言葉に、少し力が弱まる。
その隙をつき、少女は脱出、地下街の奥へ走って行った。
「待て!」
少女を追いかけ、レヴィオスも奥へと走る。
しかし目の前にシャッターが降り、道を塞いでしまう。
シャッターの下の溝へ手を入れ、力を込めるが、一向に開かない。
「しょうがない…」
両腕に魔法陣を五重に展開し、魔力でガントレットを作り出す。
ソレを使いシャッターを殴りつけると、簡単に破れた。
穴を潜ったレヴィオスの目の前に、大柄な女が現れる。
右眼には瞳が三つあり、左眼は布で覆われ隠されていた。
服装は布を垂らして局部を隠しただけで、なんとも奇妙な格好だった。
その多瞳の女を見たレヴィオスは、目を見開き、女を睨みつけた。
「やあ、レヴィちゃん… 何年振りかな」
その女は、レヴィオスが長らく忘れていた… というより、記憶を封印していた存在だ。
「テメエ…」
女の背からは片翼が伸び、その漆黒の羽根一枚一枚を妖艶に揺らめかせていた。
「黒翅族だったのか…!!」
すぐさま鋼属性の魔法を発動、出現させた小刀で女へ斬りかかる。
「おいおい、酷いことをするね、『ご主人様』に」
「うるせぇ!!」
女に突き出した腕を掴まれ、顔を間近に近づけられる。
瞬間、レヴィオスの身体は汗が吹き出し、呼吸が乱れる。
女はレヴィオスの胸に指を当て、徐々に下へとなぞって行く。
それを何とか振り払い、距離を取った。
顔を覆い、女を睨みつけるが、女は変わらずこちらを見て微笑んでいる。
レヴィオスの、トラウマが蘇る。
十六話です。
夕方ってなんだろう()