一話 ネズミには気をつけて
…ああ、どうしてだ。
どうして悲劇ってのはこうも立て続けに押し寄せてくるんだ。
とある洞窟…その最深部で、男は嘆きながら眼前の血溜まりに沈んだ親友へ手を伸ばした。
男…レヴィオスが何故こんな目に遭っているのか、それは暫く前に遡る。
「レヴィオス、お前…」
ある屋敷の一部屋、そこに二人の男が向かい合って座っていた、どちらも表情は険しいものだった。
「ああ、やっぱりお前らとは一緒に居れないよ」
緑髪の男、レヴィオスが俯きながら自嘲の笑みで言う
「…そうか、お前自身の意思なら俺は止めない…」
レヴィオスの反対に座る、レヴィオスより少し歳をくった男、ファズが残念そうな表情を浮かべ、机の上の紙に視線を落とした。
そこには五人分の名前が書かれており、ファズとレヴィオスの名前もあった。
「最終確認だ、本当に…いいんだな?」
「ああ…」
レヴィオスは力の抜けたように仰反ると、溜息混じりに言葉を続けた
「最初は…沢山の魔法が使えて嬉しかった…手数が多いのは良い事だって、アンタも言ってくれたよな」
ファズが頷き、ペンを手に取ろうとするも掴むのに失敗してしまう。
「でも、俺には魔力が無かったんだよな…いくら魔法が多くても、全部使い物にならないんじゃ意味ねえってのに…」
レヴィオスの声が震え始める、ファズはレヴィオスを見ながらペンを握りしめている。
「でも…微塵も役に立たなかった訳じゃなかっただろう?」
レヴィオスが右手で目元を抑える。
「確かにな、雑用は出来たよ、無くても変わらなかったけどな、炎は良くて焚火レベル、水は小動物の水浴びぐらいにしか使えねえ、風は…夏には重宝したな、俺が唯一自信を持って役立てたって言えるヤツだ、土は洗濯で土汚れがちょっと落ちやすくなるだけ、雷は静電気より少し強いくらいだ…」
ファズはレヴィオスを説得するように必死に言った。
「待ってくれよ!お前は五属性全ての適正がある!高難度の反転魔法だって会得したじゃないか!!」
レヴィオスが姿勢を直し、冷たく答える。
「でもそれが何の役に立った?」
ファズは下唇を噛み表情を歪めると、ペンにインクをつけ、紙に線を引いた。
「…これでレヴィオス、お前は俺達のチーム『ルガ』から抜けた」
「そうだな、なら俺はこの辺りで失礼するよ」
レヴィオスがドアに手を掛けたのと同時にファズが音を立てて椅子から立つ。
「待って!せめて…これを持っていってくれ」
そういうとファズは首にかけていたロケットペンダントを外し、懐から出した銭袋と共にレヴィオスへ差し出す。
「これはお前がルガのメンバーだった事の証、こっちは生活資金だ」
レヴィオスは少し微笑むと、再びドアに手をかける。
「…ありがとうな、こんな俺をずっと置いていてくれて」
「仲間だろうが、俺達は」
レヴィオスはファズの言葉に答えず、そのまま部屋を出た。
「レヴィオス…」
ファズの手に握られた紙は、くしゃくしゃになっていた。
「…? なんだ?」
ふと視線を感じたファズがそこへ視線を向けると、燻んだ毛色のネズミがこちらを見ていた。
「ネズミか…最近ここも掃除していなかったな…」
右手に握った銭袋を見ながら、レヴィオスは夜空に包まれつつある街を歩いていた。
「アイツらに合わせる顔が無え…街を出るか…丁度近くにちっせえ町があるし…」
周りの物より一回り豪華な建物、この『アルカ』の街の関所だ。
ドアを開け、銭袋から出した二枚の硬貨を受付に置く。
「デスコの町まで馬車を出してくれ」
受付の女性が硬貨を受け取り「こちらへ」とついてくるよう促す、女性を追い歩いていると、壁に貼られた手配書が目につく。
『逃亡者:カメレオン 浅黒コートにフード 悪人ズラ 手配度:A+ 懸賞金370,000D』
『逃亡者:ウギョイ 死霊術師 紫コート カメレオンと一緒 手配度:A+ 懸賞金 400,000D』
「浅黒コートにフード…」
自分の身体へ視線を落とすと、自分が丁度似たような格好をしている事に気づく。
「はぁ…」
溜息がレヴィオスの喉を通った。
揺れる馬車の中で、ファズから貰ったペンダントのロケットを開くと、その中にはチーム『ルガ』のメンバー五人で撮った写真が入っていた。
「この写真…」
それはレヴィオスがルガに加入した日に撮られたものだった。
写真の中央にはレヴィオスの肩を組んだファズが豪快に笑っていた、そして三人のメンバー。
「俺に魔法の練習をつけてくれたデューザ、剣を教えてくれたザム、中央騎士団長とマブダチとか言ってたラクダワラ…皆、俺の事を仲間だって言ってくれた…」
三年前、今よりもっと魔法が使えなかったレヴィオスは、洞窟でモンスターに襲われた所をルガに助けられたのだ、それ以来ルガのメンバーとなり暮らしていた。
「勝手でごめんな…でも俺はお前らに釣り合わないんだ…」
ロケットを閉じると、左手に何かが触る感覚がした。
「ん?」
視線を落とすと、真っ白な毛色のネズミがこちらを見ていた。
「なんだお前、食いもんは持ってねーぞ」
ネズミと戯れていると、急に馬車が大きく揺れ、止まった。
「なんだ!?」
手綱を握っていた老人がこちらに向かって小さい声でいった
「お客さん…!盗賊です…隠れて…!」
その場に伏せ、ギリギリ見えない辺りの場所から外を覗くと、汚い格好の短剣を持った男二人が立っていた。
「おいおい…マジかよ…」
老人が馬車に積んであった盗賊対策の銭袋を取り出す。
「すんません…今はこれしか持っておらんのです…」
老人から銭袋を受け取った小太りの盗賊は、舌打ちをすると、手に持った短剣で老人に切り掛かった。
「がああっ…!」
そして髪を掴み首元に剣先を突き立てる。
「そうかぁ〜んじゃぶち殺すしかねぇなぁ〜!」
小太りの盗賊はそのまま老人の首を切り裂き、馬車に乗り込んできた、レヴィオスはバレないように銭袋から硬貨を四枚取り出し、ズボンの後ろに隠す。
「お、客がいるじゃねえか〜、おい、てめえはいくら持ってんだぁ〜?」
ファズから貰った銭袋の中にはかなりの額が入っていた、盗賊を退けるには充分だ。
「…二万Dだ、俺も馬鹿じゃない、コイツは全部渡す…だからここは見逃してくれ」
あいにくレヴィオスは武器を持ち合わせていなかった。
(クッソ…こうなるんだったらせめてナイフの一つでも買うべきだった…!)
反撃は出来ないわけではないが、レヴィオスの威力の低い魔法では盗賊達を激昂させ、却ってピンチになる可能性が高い。それに…
(昨日今日ともう疲れてる…反撃出来る元気が残ってねぇ…)
盗賊は銭袋を懐にしまうと、こちらに短剣を向ける。
「今日の事は誰にもいうんじゃねえぞ! おいユー!ジジイの服を着ろ!馬車ごともらう てめえはでてけ!」
盗賊はレヴィオスを殴り馬車から落とすと、もう一人の仲間を馬車に乗せた。
「ハッハァ!こりゃ大漁だゼェ!!」
徐々に遠ざかっていく馬車を、レヴィオスは放心状態で見つめる。
「うおっ!?」
馬車の後ろから、先程の老人を殺した短剣が落ちてきた。
「なんだよもう…」
レヴィオスが襲撃にあった場所の近く、小柄な中年の男、奴隷商のウッチマンは魔法によって生成された異空間の中、牢の近くで溜息をついていた。
「どうしたんスか…そんなにアタシが売れないのがヤバいッスか?」
牢の中で鎖に繋がれた黒髪の少女、フェーズは軽い様子でウッチマンに問う。
「当たり前だ!!せっかく貴重な収納魔法を手に入れたのに!!お前が客に怪我をさせたり他の奴隷を怖がらせたせいで私の商売は上がったりだ!!オマケに奴隷も増えない私の評判は落ちるでもう散々!!」
フェーズはウッチマンの叫びを鼻で笑うと、床に寝転がる。
「ンじゃあとっとと適当なヤツに高値で売りつければいいじゃないッスか」
その言葉を聞いたウッチマンは、目から鱗とでも言うように驚きの表情を浮かべる。
「それだ!!その手があった!そうすれば厄介払いも出来るし、『気性難の奴隷を売れるだけの腕がある』と私の評判も上がる!どうしてこんな簡単な事に気づかなかったんだ!?」
ウッチマンが右手をかざすと、異空間に穴が開く、その向こうには草原があった。
「そうと決まれば、だ!」
ウッチマンは陽気に駆け出していった。
そして…見つけた、道で途方に暮れるレヴィオスを。
老人の死体と血塗れの短剣を前に、レヴィオスは頭を抱えた。
「どうすんだ…取り敢えずこの場から逃げて…」
「そこのお方ァァァァァァァァァ!!!!!」
「今度はなんだよ!?」
見ると、向こうから小柄な中年の男が走ってくる、しかも速い。
「そこのお方、突然ですが売りたいものがあるのです!!あ、ワタクシ、奴隷商ウッチマンと申す者です!」
ウッチマンが後方へ右手をかざすと、空中に幾何学模様が浮かび、そこから牢が出てくる。
「こちらのクソガ…少女奴隷!なんと絶滅した筈の『黒翅族』の若い個体!」
必死な様子でフェーズを売りつけようとするウッチマンを、レヴィオスは呆れた目で見つめる。
「そうですか、では」
と、レヴィオスが腰を上げたその時、遠くから馬の走る音、そして金属音が聞こえる。
ウッチマンは音の方へ視線を向けるが、すぐにレヴィオスの方へ向き直る、そして老人の死体と血のついた短剣を見てしまった。
(こ…これは…チャンスだ!!)
「お客さん…貴方が奴隷を買わないのは勝手です」
「でも…」とウッチマンは邪悪な笑みで続ける。
「貴方の側の老人と短剣…それをみたあの自警団の見回りがどう思うか…そして先程見せたワタクシの『収納魔法』…言いたい事はわかりますね?」
レヴィオスが息をのむ…そう、この状況はウッチマンに有利でしかないのだ。
「つまり…その奴隷を俺が買えばこの死体と剣を片づけてくれるって事か…?」
「ええ…でも、貴方に選択肢はありませんよネェ…!!?」
レヴィオスはその場に座り込んだ、チーム脱退までの悩み、盗賊に襲われ金欠、指名手配犯と同じ格好をしていることに気づいてしまった挙句このままでは冤罪で捕まる…レヴィオスはとっくに疲れ切っていた、選択肢は一つしかなかった。
「…わかった、そいつを買う、だからこの爺さんと剣を片付けてくれ…」
「…お客さん、まだ…貰ってませんよ」
そういうとウッチマンは右手で金を表すジェスチャーを作る。
「…あいにく1000D硬貨四枚しか持ってないんだが」
「ええ、構いませんよ、ではッ!!」
いうが早いか、ウッチマンはレヴィオスから硬貨を取ると、牢からフェーズを叩き出し、老人と短剣と共に異空間へ消えた。
「あー…ウン…まあ、これからよろしくッス…」
気まずそうにこちらを見る少女を横目に、レヴィオスは再び倒れこんだ。
「最悪だ…多分今日は俺の人生史上最もサイアクな日だ…」
仰向けに倒れたレヴィオスは少女の方へ視線を向ける。
黒い髪に濁った赤の眼、格好は見窄らしく、首には文字が彫られた首輪を付けている、本来コレは契約により出現するのだが…あのウッチマンとかいう男、何という早業だ。
「おイ…キみ達…こンナ所デなにしテる…?」
…そうだ、先程からアルカ自警団の兵士がこちらへ向かっていたのだ、そのせいでこの少女を買わされるハメになった。
「ああ、なんでもな━━━」
レヴィオスが振り向くと、その兵士の異変に気づく。
「…おい、アンタ…どうしたんだ!?」
兵士は目に生気が無く、顎が欠けていた…そう、『コレ』はどこからどう見ても…
「死体…!?」
「ア…あ…ああアあ!!」
兵士の頭が変形し、蟲の様な形になる。
「寄生型のモンスターか!」
レヴィオスは少女を脇に抱えると、兵士だったモノと距離をとる。
寄生型モンスター、他の生物の死体に乗り移り成長する厄介な相手だ
「なあ、お前名前は?」
レヴィオスが問いかけると、少女はモンスターへ視線を向けたまま答える。
「うわぁ…なんスかあれ…ん?名前?『フェーズ』ッス」
「そうか、俺はレヴィオスだ、そんでフェーズ…お前魔法かなんか使えねえか」
フェーズは溜息をついた。
「あいにく…昔から魔力は多いけど魔法は上手く出せなかったんス…ここは大人しく逃げるしか無いッスよ」
「いや、それは無理だ」
なぜなら…
「おイ…キミたち…キみタチ…こっっこここっっこココおおおンな!!」
モンスターは口から小型の蟲を大量に吐き出すと、此方へ一直線に走って来る。
「ヤツは一度狙った獲物を喰うまで追ってくる…街に逃げれば被害は確実だ…!」
道から外れた場所に避けるが、先程の小型の蟲に左脚を噛まれてしまう。
「ぐうっ…!」
痛みはそれほどではなかったが、左脚が全く動かない。
「麻痺毒かよ…!!」
張り付いた蟲を無理やり剥がし、主へ投げつける、その主は不規則に揺れながらこちらへ近づいてくる。
「…フェーズ、お前、さっき『魔力は多い』っつったよな?」
「ん…まあ言ったッスけど…それがどうしたんスか?」
「多種の魔法を使えるが魔力のせいで威力が駄目な俺と、魔力は多いが魔法を上手く使えないお前…つまりお前の魔力を俺にくれ、そうすれば強力なヤツを出せる…!」
「…!わかったッス!」
フェーズがレヴィオスの身体をがっちりと掴むと、目を閉じて大きく息を吐いた。
「寄生モンスターは寄生先の魔力を喰う…つまり普通の魔法は逆効果…ならどうするか」
レヴィオスが右腕を突き出すと、掌に白い魔法陣が現れた。
「魔力反転『土』!!」
レヴィオスがそう唱えると、掌の魔法陣が裏返り、黒色となった。
そしてそこから鋼の筒が出現する。
「殴り殺す!!」
筒を掴み、右脚で地面を全力で蹴った、そして寄生された頭部に殴りかかる。
「おらあああ!!」
倒れたモンスターをレヴィオスは必死に殴り続けた、やがてモンスターの動きが止まると、筒を投げ捨てた。
「ハァ…ハァ…」
尻もちをつくレヴィオスをフェーズが抱えようとするが、体格差で共に倒れてしまう。
「大丈夫ッスか?」
「ああ…右手がジンジンするが…なんとかやれた…」
レヴィオスはフェーズの方を向くと、その両手をとった。
「なあフェーズ、俺と組まないか? 奴隷契約なんざとっとと解いてさ」
フェーズは「えっ…」と困惑した様子だ。
「これでお前は奴隷として生活しないで済むし、俺もお荷物じゃ無くなってチームに戻れる、まさにwin–winってやつじゃねえか?」
レヴィオスの言葉に、フェーズが微笑んだ。
「確かに…そうすればアタシもアンタも生活に困らずに済むッスね」
「そうと決まれば早くアルカに戻るぞ!まだホームは空いてる、メンバーも残ってる筈だ!」
どうも初めまして、鎌糸です。
趣味で書いたモノを初めて上げました。
なるべくエタらないようにしますが、いつまで経っても音沙汰が無いようならばお察し下さい。
それと寄生はR15に入りますかね…保険として残酷描写ありにはしましたが…