8話
8話
女は、再び剣を構え攻撃する姿勢をとった。その視線はこちらを一心に見つめている。恐らく俺から放たれる飛び道具を警戒しているのだろうが、それは的外れだ。
確かに飛び道具はまだある。だがそんなものが当たるなんて思っていないし、むしろそれを投げた隙に攻撃を仕掛けられたら面倒になるだけ。
だから俺は、別の手段を用意した。
「ん? 攻めてこないのか……? ならば、こちらから行くぞ!!」
女から俺への直線上。そこに、簡易的なワイヤートラップを設置した。一瞬でもそれで動きを止められたら、形勢は逆転していく。
「ハァッ────!」
普段の視界と戦闘状況なら、こんなものには引っかからないだろう。
だが、コイツは俺に勝てるという絶対の自信を持っている。俺との実力差を分かっているからこそ、真っ先に攻めてくる。ならば、俺はそこから────
「なんて、言うと思ったか?」
俺が反撃の体制を取った瞬間、女はそう言って足を止めた。
それも、罠の″一歩手前″で。
「私もナメられたものだな。こんなものに、気付かないとでも思ったか?」
女はその場で剣を振り、目の前のワイヤーを全て切り刻んだ。
「少しは期待してたんだがなぁ……。やっぱりただの雑魚魔族か」
「ちっ……」
俺とこの女の実力差を埋めるための最大の武器が、無力化された。
俺はその状況に戸惑い、そして打開策を考え必死に脳を回しながらも、攻撃に備える。
だが────
「終わりだ。暇つぶし程度にはなったよ」
その刹那、目にも止まらぬ速さで距離を縮めた女の刃が、俺の首筋に触れた。当然そうなってしまっては、ダガーで防ぐことも叶わない。
勝ち誇るように笑う女の表情が眼前まで近づき────
「っ……!?」
すぐに、困惑の表情へと変化した。
俺の首筋に触れた刀身はその首を跳ねることは叶わず、金属音だけを響かせて中央からへし折れた。折れた切先は空を切りながら、バルコニーの外へと消えていく。
「やっぱお前、強いよ。……でも、それだけだ」
俺はそう言い放ち、隙だらけで伸び切った女の右腕を、根本からダガーで両断した。
「あ〝あ〝ァァッッ!? っうぐッ!?」
女は未だ何が起こったか分からないという様子でこちらを見つめている。
当然だろう。さっきまで無防備にあらわになっていたただの魔族の首が、突如光を帯び″剣の硬度を超えるもの″へと変わってしまったのだから。
「分かりやすすぎるぞ、お前の太刀筋は」
俺の擬態は、全身だけではなく体の部分部分にも使うことができる。なので元の俺の姿のまま、首だけを″クリスタルスライムの表皮″に変えさせてもらった。
クリスタルスライムとは、名前の通り表皮が宝石でできているスライムの名だ。
その表皮の硬さは″どんな金属にも勝り″、誰にも傷つけられないスライムとして有名な魔族。
いくら女の腕が良くとも、ただの鉄の剣でその宝石を斬るのは不可能だ。実際に剣は折れ、俺の首には少しの傷をつけることも叶ってはいない。
「ぐぞ、がァ……ッ!」
「形成逆転だな。どうだ? 雑魚魔族にやられる気分は」
どれだけ油断していても、やはり歴戦の勇者。罠が見破られることなど、初めから分かっていた。
だからこそ、俺は待っていたのだ。
策を看破されてなす術の無くなった魔族を一撃で殺そうとする、首筋への一撃を。自信とプライドに満ち満ちた、失敗など考えない会心の一閃を。
「が……ァァァァァッッ!!」
周りには激しく血飛沫が舞い、苦痛に女が声を上げる。そこには、さっきまでの高飛車だった女の姿は微塵も残ってはいない。
コイツはここまで実力をつけるために、どれだけの努力を続けてきたのだろう。あの吹き飛ばされた右腕で、何度剣を振ってきたことだろう。
だがそこから得たものは全て、この一瞬にして失われた。
「ク、ソがァ! 殺すッ!! 殺してやるッッ!!」
「あー、そういうのはもういいぞ。聞き飽きたからな」
さて、このままコイツを切り刻み続けたいところだが、叫ばれ続けてはこれまでの数時間の苦労が無駄になってしまう。それに、あまり時間も無いしな……。
「よし、手早くいくとしよう」
バルコニーの端にある大きな柱を視界に入れながら、俺は早速準備に取り掛かった。