7話
7話
(何なんだ、アイツは……)
既にほとんど全ての部屋から灯りが消えた状況で、唯一明るいバルコニー。そこには、一人の女が立っていた。
真っ白なドレスに身を包んだ、いかにもお姫様と言った感じの女だ。恐らく、たまたま目が覚めて風にでも当たりに来たのだろう。
「ちっ、さっさと部屋に戻れよ」
だが、あの女は一向に部屋に戻らない。戻ろうとする気配もない。何を考えているのかは知らないが、全く迷惑な話だ。夜中の2時を過ぎてもずっと空を見つめたまま動こうとしないなんて。今日は諦めて、明日にまた殺りにくるか……?
いや、それは出来ない。こうしている間にも、オーガたちが何をされているか分からないのだ。
ならば、多少強硬手段になっても救い出さなければ。あの女に気づかれたところで、騒ぎ出す前に殺してまえば問題はない。オーガ達を苦しめた者たちの家族だというのならば、奴を罰する理由には十分だ。
そう考え、俺は再び茂みを出て縄を使って壁を登った。そしてバルコニーまで辿り着くと、すぐに女と目が合う。だが、相手はただの女。負ける、はずが────
「ッ────!?」
その瞬間、俺がダガーを抜くより先に視界に飛び込んできたのは、剥き出しの刀身。咄嗟に身を捩って避けるが、その先端が掠めた肩筋からは軽く血が吹き出した。
「お、おぉ? 今のは完全に仕留めたと思ったんだけどな……。流石、鼠は素早しっこいなぁ……」
コキコキと首を鳴らしながら不気味に笑う女。コイツは、ただの女ではなかったのだ。
「ん、その見た目……魔人族か。初めてお目にかかる」
純白のドレスからスラりと伸びた手足はよく引き締まっていて、とてもじゃないが成金貴族のお嬢様とは思えない。
つまり、コイツは……
「紛らわしい奴だな。勇者なら勇者らしく、鎧でも着てろよ」
「ははは、そう言うな。いつも鎧装束なんて纏っていたら、肩が凝って仕方ない」
会話をしながら、俺はゆっくりとダガーを構えて戦闘態勢を取った。この女は間違いなく強い。それこそ並の勇者など、相手にならないほどに。
闘い慣れた者独特の空気感と、それに伴った大きな自信。気の抜けたような言葉を吐きながらも、決して俺の動きから視線を晒さない眼。
恐らく、隙を見せたら終わりだ。
「おいおい、私に勝てるとでも思ってるのか? この城に何の用があるのかは知らないが、今無様に逃げ帰るなら見逃してやるぞ?」
俺はその言葉に答えるように、隠し持っていた小型ナイフを二本投げ、バルコニーを垂らしていた灯りを潰した。
途端、バルコニーは暗闇に包まれ、暗くなる視界。
そんな状況下で、女の笑い声だけが響いた。
「はは、ふはははっ! お前、ちょっと周りを暗くしただけで私に勝てると思ってるのか? これは傑作だな! そのお花畑な脳みそをほじくり出して、缶詰にでもしてやるよ!!」
コイツの言う通りだ。確かに暗闇の中でもこちらの方が視界が良い、なんて事だけでは、実力差はそれほど縮まらない。
この女のレベルならば不意打ちは全て躱すだろうし、真っ正面から立ち向かっても殺されるのがオチだろう。
だが────
(俺が仕掛けた罠に、お前は気付けているか?)
既に、コイツを殺す準備は完了した。
あとは″自信に満ち満ちた一匹の獣″が掛かるのを、待つだけだ。




