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47話

47話



「────っ、あっ」


 ただ、物静かに。首の無い死体から血が吹き出していくのを見つめながら、ルナはその場で脱力した。俺はその身体が固い床に着く前にその細い身体を受け止めると、腕の中で抱く。


 虚勢を貫き通して、ついにガタが来たのか。ルナは自分でも今、何故身体から力が抜けたかを理解できていない様子だった。


「あ、れ……? 力が……」


「無理しすぎだ。外傷は無くても、心が追いついてない」


 この脱力は、己を恐怖という鎖で縛り続けて来たあの女を消し去ったことによる、達成感から来たものか。それとも……純粋な安心感か。


 いずれにせよルナは今、あの女を殺す前とは別次元の存在になった。もう既に俺なんかより、遥かに強い。


「ロイ様。私、やりました……。これで、あなた様のお側に────」


 俺の側に、か。こんな俺のどこがいいんだと本当に心から思うが、そんなことはもう口にはしない。


 ルナは、そのためだけに過去のトラウマを乗り越えてくれた。自ら、茨の道を進む決意をしてくれた。その覚悟に、俺も答えなければならないから。


「ああ。言っておくが、休んでる暇なんてないからな。しっかりと、付いて来いよ」


「っ……はいっ!!」


 さて、と。まだしばらくルナを休ませていてやりたいが、生憎そうもいかない。俺たちはまだ、最も重要な目的を果たせてはいないのだから。


「ルナ。早速で悪いが、もう一仕事してもらうぞ。俺一人では、奴隷たち全てを解放するのには少々時間がかかってしまうからな」


「勿論です。ぜひ、やらせてください!」


 そう言ってルナは俺の身体にもたれかかるのをやめると、少し腫れた目尻を擦って。すぐ隣で転がっていた愛剣を握り締めながら、こちらを向いた。


「行きましょう、ロイ様! 早くみんなを、ここから出してあげないと!!」


「ああ。手早く済ませるぞ」


 一人の奴隷は、俺と出会い……人生を変えた。奴隷として使役され続ける人生か、それとも勇者を殺すことしか脳がない一人の魔族と共に、殺戮の日々を歩む人生か。


 どちらの方が幸せかなんて、俺には分からない。ただ少なくとも、どちらもただ普通に生きて、普通に死ぬ人生なんてものと比べれば、悪い人生なのは確かだ。


 だからせめて、彼女が俺と共に来る人生を選んで良かったとこの先言えるように、努めよう。


 それが、巻き込んだ者の責務であり……在るべき姿であると、信じて。


◇◆◇◆


「……さて、帰るか」


「はぃ。もうクタクタです……」


 奴隷市場は、壊滅した。中にいた奴隷は全員俺たちが助け出し、半数ほどいた動ける奴らに、治療を施した動けない奴らを託して。既に全員がそれぞれの故郷へと歩みを進めて、姿は見えなくなった。


 人がいなくなった奴隷市場そのものはというと、今頃火の海だ。この城に一度戻り調達した大量の油をばら撒き、火をたっぷりと蔓延させて俺たちは地上へと出てきた。死体も、檻も、その他全てのものも。確認など出来はしないが、全てが等しく溶けているか灰になっていることだろう。


 それぞれの工程に時間がかかったせいで空を見上げれば太陽が顔を出し始めており、もうじき日の出だ。俺はあまり睡眠を取らないことに慣れているが、一度仮眠を取ったとはいえこんな時間まで必死に動き続けたルナの方はもうクタクタな様子で、すぐにでも家に帰りたいと顔に書いてある。


「おい、大丈夫か? 家まで寝るなよ?」


「なっ、寝ませんよ! ロイ様の隣に立つ者として、これくらいの疲れは乗り切れるようにならなくては!!」


「気合入れすぎだ。今回の奴隷市場は例外だが、基本的に日が落ちてから勇者を殺し回ることはない。寝込みを襲って殺したりなんかしても……なんの意味もないからな」


 励ましのつもりで言ったその言葉を聞いて、何故かルナは立ち止まる。どうしたのかと思い振り向くと、明らかにその顔は、何かを言いたそうにしていた。


「……なんだ?」


「ロイ様、仰ってましたよね。私が今日見たような悪夢を見る気持ちが、よく分かるって。勇者を殺しに行かないその時間、ロイ様はちゃんと……眠れているのですか?」


 ちゃんと眠れているか、だと? なんだ、その意図のわからない質問は。


 どう答えたものか、と少し頭を悩ませていると、俺の返事を待たずして、ルナが口を開く。


「私は、両親を殺した勇者に復讐を果たしました。この身に宿った付与の魔力によって、殺したんです。……でも、その復讐の先に待ってたのは、ただの虚無感でした」


 それは、俺の知らないルナの過去。ここに来る前、仮眠をとっていた時に見たのであろう悪夢の、その内容の片割れなのだろうか。


「ロイ様。復讐のみを考えて生き続けるのはもう……やめませんか? その復讐を否定するつもりも、邪魔するつもりもありません。でもいつか、このままだと……。私はロイ様が過去の私のように壊れてしまう姿は、見たくはありません!」


 必死に言葉を選んで、顔色を伺って。それでも言葉が漏れ出して止まらなくなってしまっていたようで、ルナは言い終わってから焦った様子で、俺に謝罪をした。


 復讐を終えた後。俺は今まで、そんな事を考えたこともなかった。


 何故なら、復讐を終えた後の人生を生きる気は、無かったから。……そんな事は許されないと、考える事を放棄していたから。


 だが────


「そう、だな。……考えておく」


 


 俺もまた、ルナのように進まなければならない。

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