46話
46話
「もう、いいわ。私の思い通りにならない子なんて……いらない」
ヒュッ、と鞭が宙を舞い、女を守護するように不規則に荒ぶり続ける。
まるで俺にはそれは────女を閉じ込める、檻のようにも見えた。
「ルナちゃん。あなたを殺して、私はここの子達と生き続けるわ。アハハハハ、そうよ! 私にはまだまだいーっぱい子供達がいるもの!! あなたなんて、もう用済みなのよ!!!」
「ッ!!」
刹那、鞭の先端が一直線に空を切り、ルナへと伸びる。間一髪のところでそれを弾いても、勢いは止まらない。
「ホラ! ホラホラホラ!! 私に反抗したことを後悔しながら、早く死になさいッッッ!!!」
「───死ぬのは、あなたですっ!!」
その直後。鞭による檻の中に背後から接近していた暗器が、女の左肩を貫いた。
だが────
「今の私に、そんなもの効かないのよォォ!!」
例え被弾していようとも、女の動きは一切鈍ることはない。それどころか、先ほどまでよりもより鮮明に、確実に。ルナの命を狙わんと、攻撃を繰り出し続けていた。
(壊れているのは、精神だけではないということか)
目尻に浮かんだ涙は溢れ落ち、左腕には大量の血を滴らせて。痛々しい姿をしているというのに、身体は少しの震えや拒絶感すらも感じてはいない。
「……そうやって、自分の思い通りにならないものは全て壊して……。壊される側の気持ちも、知らないで!!」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 用済みの奴隷が、口を開くなァァァ!!!!!」
壊される側の、気持ち……。それは、単に女に壊されてきた奴隷達のことを思っての言葉か。それとも────
「────シッ!!」
しゅっ、ぶしっ。
鞭が、ルナの身体を掠めて通り過ぎた瞬間。一気に縮まった距離は、やがて剣の間合いへ。次の瞬間には、女の鞭を振るっていた右腕は、根本から消えていた。
瞬きすら許さぬほどの、一瞬の出来事。女は後方へと飛んだ自らの右腕を視線で追った後、数秒沈黙して。そして込み上げるような痛みとともに、絶叫した。
「アッ、ァァァァァ!!!」
「はぁっ、はぁ……っ」
そこで、ようやく身体にガタが来たのか。女は痙攣を起こし、噴水のように血を撒き散らしながら、奇声をあげる。足腰は震え、顔は歪み。それでも尚、ルナの顔を睨みつけながら。
「なん、で……。誰も、私を理解しようとしないのよ。なんで! 誰も!! 私の愛を受け入れないのよ!!」
「……さっきも、言ったはずです。あなたが愛だと思っているそれは、愛ではないと。自分の理想で、私達を恐怖という鎖で縛り付けていただけだと」
「ッアァァ! ァァァァァッッッ!!!」
もはや言葉にもならない女の叫びは、自らの死を予見したことによる命乞いや精神崩壊とは、どこか違う。
そのことを、ルナも感じ取ったのか。女の首筋に剣を添えながら、呟くように言った。
「……哀しい人ですね、あなたは」
「見下す、なァ!! 私は、哀しくなんかない!! 私を、そんな目で見るなァァァァァ!!!」
まるで、戦闘を始める前とは別人。周りを従え、この地下の頂点に君臨していたはずの女が、今ではみすぼらしく、顔を歪めながら泣き叫んで。
それには、死の間際にのみ本性を明かす俺が殺してきた勇者達と同じようなものを、感じてしまった。
「本当は、今まで私たちがされてきた事とは比にならないような痛みを与えてから殺すつもりでしたが……その必要は、無さそうですね」
「何、を……ッ!」
「一人で、孤独に死んでください。私のこの先の人生であなたを思い出すことはもう二度と、ありませんから」
「────ぁっ」
ストン。その刃は、まるで小枝を落とすが如く、簡単に。女の首を両断した。
女は事切れると、胴体と泣き別れとなった頭で地面と触れ、ただじっと……無機質な地下の天井を、光を失った瞳で見つめていた。




