45話
45話
ぶちゅっ……ぐちっ。
切り落とされた指を指輪ごと踏み潰したルナを背に、女は傷口を押さえながら距離を取る。
だがその足取りはあまりにおぼつかない。それは痛みからか、あるいは愛していた者から刃を突きつけられたが故か。
「なん、で……よ。私は、ルナちゃんを愛していたのに!!」
「ふふっ、私は大っ嫌いでしたよ? 気持ちが悪くて、仕方がありませんでした」
踏み潰した指を更に足蹴にしてぐちゅぐちゅと肉を抉る音を響かせながら、ルナはそう言って乾いた笑いを見せる。
「私や他の子達に自分の価値観を押し付けて愛された気になっているあなたも、そして……そんな状況下に置かれても尚、反抗できなかった。いや、しようとしなかった、私自身も。本当に、気持ち悪い」
それは、女に向けられた静かな罵声でありながらも、どこか自責の念を孕んだ、後悔を示す言葉であった。
おそらく、ルナ達はあの指輪によって強制的に服従を強いられていた。大半の者達は本当に逆らう術がなく、心の底から嫌悪感を覚えながらその生活を続けていたことだろう。
だが、ルナには確かに抗う術があった。あの指輪だは魔力を封じることはできないと分かっていたのに、それでも、反抗する気を起こせなかった。
それはきっと、恐怖心からではない。俺には真実を知る術はないが、それだけは……ハッキリと分かった。
「全てを終えた私には、もう生きる理由が無い。そうやって、もう何もかもがどうでもよくなって。一生を奴隷として生きていくことに対しても、何一つ嫌悪感は無かった。それでも誰かに必要とされるだけ、良いと思ってたんですよ……」
でも、と付け足してルナは言葉を続ける。
「そんな私に、ロイ様は生きる理由をくれた。あなたとは違って、ちゃんと一人の魔族として扱ってくれた。服を、食事を……そして、帰る場所を。その全てを、与えてくれた。……私がこうしてあなたに剣を向ける理由としては、それで、十分すぎるんです」
キィィ、と仕舞われていた剣を改めて抜き、女に向けて、その剣先を突き出す。
まだ、手先は震えている。指輪が無くとも、強制力は無くとも。確かに刻み込まれた″何か″が、震えとして溢れ出ていた。
────だが同時に、覚悟は決まったようだった。
「ここで、あなたを殺します。私が、私であり続けるために。そして……ロイ様の、隣に立ち続けるために」
「ッ……ルナ、ちゃん……」
己の手中にあったはずの奴隷に指を落とされ、言葉で刺されて。女は心の底からの哀しみを表現するように……泣いていた。
「なんでッ! 私はこの世で一番、あなたの親よりもあなたを愛していた自信があるわ!! それなのに……なんで、こんなことするよのォォ!!」
冷たい地下の壁に声が反響し、消える。その様を、ルナはじっと、感を構えながら見届けていた。
「……あなたの″それ″は、愛なんかじゃない。ただの、自己満足です」
「違う!! 私はルナちゃんを我が子のように愛していたわ!! ルナちゃんだって、私のことを愛してるって、言ってくれてたじゃない!!!」
「あなたが、言わせただけじゃないですか!! 言わなければ、お仕置きが待っている。自分が圧倒的優位に立っている状態で、あなたは私をそうやって脅すように指輪をチラつかせて……愉悦に浸っていた!!」
「違う! 違う違う違う違う違う違う違う!! 私は……私はッッ!!!」
血が噴き出るほどに唇を噛み、血塗れの手で己の胸を押さえながら。女は壊れた玩具のように、言葉を繰り返して。
そして、プツンと糸が切れたかのように、突然言葉を失って。ゆっくりと、もう一度鞭をその手に握っていた。