43話
43話
「ルナ!!」
青ざめた顔で身体を小刻みに振るわせるルナの肩を揺らすが、明らかに先程までと別人。まるで、心をあの女に奪われたかのような、そんな感覚。
(魔力、なのか……?)
一瞬そういう類の魔力の存在を疑ったが、あの女には魔族の身体的特徴が一つもない。俺のような他人に化ける魔力でも持っていない限りは人間だし、仮にその魔力を持っていたとしても俺達魔族は一人につき一つまでしか魔力を宿せない。
つまりこれは、ルナの精神のトラウマが開いたと見て間違いないだろう。
「あらぁ? ルナちゃん、大丈夫? 私が痛いの痛いの飛んでけ〜って、してあげよっかぁ?」
「お前、何者だ。ルナに、何をした……」
俺の問いに対して女は不気味な笑みを浮かべると、俺の背後にいるルナの方を見て言葉を続ける。
「そっか。この子がルナちゃんの、今のご主人様ってわけね。服も与えてもらって、可愛がってもらってるじゃない」
「ひっ、ぁ……っっ……」
女のネチネチとした声を聞くたび、ルナの顔色はどんどん悪くなっていく。女の風貌からして、ルナがここにいた頃に調教を直に受けていた相手、といったところか。
今のルナには、一番会わせてはいけなかった相手だ。
「ル〜ナ〜ちゃ〜ぁ〜ん? どぉして、こっちを向いてくれないのぉ? 私とルナちゃんの仲じゃなぁいっ♡」
「ルナ、耳を塞いでおけ。アイツは、俺が────」
「こっちを、向きなさいッッ!!」
「っぅ!? ごめ、なさ、ぃ……ご主人、様……」
突如として声色を変え、女は地下に響き渡る声で発狂するようにルナに命令する。
するとルナは無理やり鎖で引っ張られたかのように顔を上げ、そして……懺悔した。
「ふふ、そうよ。あなたのご主人様は、私っ♡ そこの男にも、ちゃんと私との主従関係を見せつけてあげなきゃ、ねぇ?」
「ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……もう、お仕置きは────」
「おい、起きろ! ルナッッ!!」
焦点の合っていないその怯えきった目に本気で焦った俺は、思わずルナの頬を平手打ちした。
バチィッ! 痛々しい音が響き、左頬が赤らむと共に、ルナは正気を取り戻す。
「ロ、イ……様? あれ、私なんで……座って……っっ!?」
「はぁい、ルナちゃんっ♡ 久しぶりっ♡」
一時的に正気に戻っても、あの女の声をもう一度聞けばまた意識を奪われる可能性がある。俺は自分の身体を使って女をルナの視界から消し、耳元で語りかけた。
「落ち着け、ルナ。落ち着いて、アイツと目を合わせるな。あと、耳も……」
「は、ぁっ……はぁっ……い、ぇ。大丈夫、です。あの人は、私が……」
だが俺を押し除けフラフラとよろけながらその場で立ち上がったルナは、ゆっくりと腰の剣を抜く。だがその切先は、大きく揺れていた。
「ふふふっ、やっとちゃんと目を合わせてくれた♡ 相変わらず、最っ高に可愛い顔してるわぁ♡♡」
「っ……。私はもう、あなたの物じゃ、ありません……! 私は、ロイ様と────!」
「あっ、はぁっ♡ いいわ、いいわルナちゃんっ! その目、最高よぉっ♡ 自分が勝てないことを理解していてなお抗おうとするその姿勢、キュンキュンしちゃうっ♡♡」
涎を滴らせ、身を捩りながら顔を赤く染めるその姿は、本当に幸せと絶頂の最中にいる者のそれだ。なんて、気持ちが悪いのだろう……。
「あはっ、あはひっ♡ 私、反抗的なわんちゃんを調教する時が一番感じちゃうのよぉっ♡♡」
グイッ、と連れている奴隷の首輪を引っ張りながらそう言った女は、そのままそのか細い首を片手でジワジワと絞めながら笑う。
「く、ひゅ、ひっ……へふ、ぉっ……!」
「あははははははっっ! ルナちゃんの首も、こうやってゆーっくり、絞めたいなぁっ!♡♡」
「お前っ────!」
「もぉ、怒らないでよぉ。ただの愛情表現でしょぉ?♡ ね、ユミルちゃんっ♡」
「ひゃ、ぃ……ご主人様、の……愛を、頂けて、嬉しぃ、れす……」
考えるまでもない。コイツは、確実に狂っている。そして同時に、絶対に殺さなければならないゴミだ。
そうやって腰のダガーに手をかけたその瞬間、後ろから震える手が、俺を制止する。
「ロイ、様……!」
「私にやらせてほしい」と、懇願するように。