42話
42話
「うっ……ロイ様、この臭いは……」
「ああ。どうやら死体が腐っているらしいな」
改めて階段を降りて牢の中を明かりで照らすと、そこには腐り果て骨までもが露出しはじめている死体が、いくつも転がっていた。
牢屋の鍵が開いていた形跡も無いし、おそらくここに閉じ込めた全員がきちんと死んでくれたのだろう。虫が湧いて悪臭を放っているという気持ちの悪い状況が、その何よりの証拠だ。
と、牢を横切って地下空間の端まで移動すると、そこには一つの扉があった。金属製の扉で、施錠もしっかりとされている。
「これが、奴隷市場への扉か」
この扉の先が再び階段なのか、それともすぐに市場の中に繋がるのか。それが分からないため、軽率に物音を立てることはできない。
扉には、ダイヤル式の金属の鍵が二つ。当然番号は分からないが、まあこれくらいなら簡単に外せるか。
「付与」
俺はすぐに擬態でルナの魔力、付与を発動し、その小さな鍵を勢いよくダガーで切り落とした。もう少し耐久度があるかと思ったが、意外にもそれは脆く、アッサリと真っ二つに割れる。
「ルナ、覚悟はいいな?」
「……はい」
俺の後ろに隠れながらも確かにそう宣言したルナと共に、扉をゆっくりと開ける。
キィ、キィ、と甲高い金属音と同時に扉が開くと、その先には再び細い階段が。警戒を怠らず降りていくと、やがて俺たちはさらに地下の平けた場所へと到着し、辺りには大量の牢が広がっていた。
「これが、奴隷市場……」
俺はもはや怒りかも分からない負の感情に身体を侵されながら、思わず表情を歪めた。
貴族に数多く販売するためもあってなのか、牢の数は有に数十個は存在している。そしてその中の誰もが例外なく……″壊されかけていた″。
「ぁ、ぅ……ぅ」
「うぎ、ぁ、ぐぅ……?」
種族は魔人族と獣人族のみ。人間に一番近い容姿をしている二つの種族の、その中でも女だけが牢の中に幽閉されている。
「っ……これ、だから……」
本当に吐き気がする。どうして、ただ種族が違うだけの相手に対してこんな仕打ちができるのか……。きっとここに囚われている女達は、最後には貴族に売られて、股を開かされて……奴隷という名の通りの生活を送らされ続けるためにここに入れられているのだろう。
他人を捕らえ、閉じ込め、虐げて。その挙句に最後には商売道具として利用するだけしてあとは見捨てる。俺にはそんな行為をするこの奴隷市場の人間も、そしてそこから奴隷を買う貴族も。誰一人として、許すことはできない……。
「ロイ、様……? どうなさいましたか……?」
「……すまん。なんでもない。早くコイツらをここから出そう」
何をやっているんだ、俺は。そんな私情的な感情など、今は捨て置け。まずはここにいる全員を解放して、奴隷市場を潰して。話はそれからだ。
「ルナ、お前も手伝ってくれ。ひとまずは手当たり次第コイツらを檻から出して、自分で歩ける奴は先に────」
ヂャラッ、ヂャラッ……。
俺の背後から鎖を引きずるような音が響くとともに、ルナの顔が青冷める。
「あ〜らぁ〜? なんだか懐かしい匂いがすると思って来てみたのだけれど……あなた、もしかして……」
一つ一つの発音全てがねちっこく、その声だけでも全身に鳥肌が立つほどの異形感。ゆっくりと振り向くと、そこにいたのは首輪をつけた一人の奴隷を、さもペットと散歩でもするかのように四つん這いで従わせている一人の女。
その目は合わせただけでも吸い込まれそうになるほど気持ちが悪く、思わず嘔吐感が込み上げた。
「ル〜ナ〜ちゃぁ〜ん♪ おかえりなさぁい♡」
「っ、あ……ぁっ……」
女が声を発した瞬間ルナは、俺の目の前で膝から崩れ落ちたのだった。