38話
38話
私は男の右脚を、切り落とした。
「ッッッッッ!!!!」
もう叫びすぎで喉が潰れたのか、絞り出したような残りカスの声しか上げてくれない。
せっかくこれから、もっともっと……
「殺、してやる……!」
「え? 何?」
「お前、なんて……殺、じで……ッアァッッ!?」
私は男の左脚を、切り落とした。
「ははっ、手も足も無い状態で、本当にそんな事できると思ってるの? まあ、でも……」
私は宙に浮かせていた剣を一度液状に戻すと、同じ形でかつ大きさのみが小さくなった物を、八個生成した。
「最後にそんな事言えるなんて、凄いね」
尊敬の念などでは無い。軽蔑と皮肉の念を込めて発した言霊と共に男に向かった剣達は、その身体を勢いよく切り刻んでいく。
舞った血飛沫が私の部屋を赤に染め、室内だというのに雨が降ったかのように何リットルという量の血液が、私に降りかかって純白の髪をも赤に染めた。
そうしてただじっと男を眺めていると、やがて原型は崩れてただの肉塊へ。砕かれた骨と臓物しか見えなくなった頃に、私はそれを足の裏で踏みつけてから、部屋をあとにした。
「お父さん……お母さん。私、やったよ。二人の仇、ちゃんと取ったからねっ」
血が流れ続ける左腕を魔力によって止血しながら、血が続いている己の足跡も振り返らずに私は歩く。
おかしい。何かが、おかしいと。
「ねぇ、私……頑張ったんだよ? 私よりも何倍も強そうな勇者を、殺したんだよ? なのに……なのに……っ」
私の心の内側を、言葉にできない感情が渦巻いている。達成感でも、優越感でも……快楽でもない。
気持ち悪い。私が、私で無くなってしまうかのような感覚。
力に酔いしれてハイになっていた私から、何も出来ないただの私へ。強制的に、引き戻されるかのような感覚。
「っ……頭、クラクラする……」
先程まで正常だった視界は歪み、激しい頭痛と嘔吐感に身体が侵食されていく。
「会いたいよ……お父さん、お母さん……。頑張ったね、って。私を、抱きしめてよ……」
気付けば私の身体は何かに吸い込まれるかのように立ち上がり、粉砕された玄関扉の前へと向かっていた。
この先は、地獄だ。未だ脳裏にこべりついて離れない、あの忌々しい光景が続いている場所だ。
分かっている。分かって、いるのに……
「全部、悪い夢だったんだよって。そう、言ってよ……」
一滴も涙が出ないのに声が……身体が震える……。
敵を滅する力を手に入れた。一人でも、勇者を殺せる力を手に入れた。
でもそんなもの、私には何の価値も無かったんだ。
どれだけ力を付けても、どれだけ人を殺しても。きっとこの気持ち悪さは、取り除くことはできない。
きっと、取り除くためには……
「………………え?」
あの男の言葉を、どうしてもまだ信じたくなくて。
藁にも、縋りたくて。
微かな希望だけを胸に外に出た私に叩きつけられたのは、無慈悲な現実だけだった。
「あ……あァッ……アアアアアアアアッッッッ!!!!!」
血溜まりの中で虚に私を見つめる、二つの頭と四つの眼球。
つい数時間前まで私のお父さんとお母さんだったはずのそれは、もう私のことを抱きしめてはくれないのだと……思い知らされた。
「おい、見ろよあそこ!!」
「おお、まだ残ってやがったぜ!! しかも、女だ……!!」
私の叫び声を聞いた勇者達が、束になって走り寄ってくる。
我先にと、私を殺すためだけに。
「うるさぃ……うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッッッ!!!」
顔一つあげることもできない状態で、目の前の血溜まりから無意識に剣が生成されて無造作に攻撃を始める。
実に十六本に及ぶ剣が空を切り、鎧を切り、肉を切る。
時間にして、ほんの数十秒の出来事だっただろうか。その間に私が聞いたのは、後悔と恐怖に溢れる断末魔だけ。
「ッ……ぁ……」
ベチャッ。その場に居合わせた勇者が全滅したのと同時に私の身体は血溜まりに溺れ、意識は……深い闇の中へと、消えて無くなった。




