33話
33話
「ん、ぁ……ぅっ……」
気が緩んでいたのか……はたまた、私が地獄の日々を過ごした場所へ、これから潜入しようとしていたからなのか。
忘れたかった″あの日″の記憶へと、時間が巻き戻っていく────。
「お休み。お父さん、お母さんっ」
「ええ。お休みなさい、ルナ。ちゃんと暖かくして寝るのよ?」
「そうだぞぉ。あ、なんなら昔みたいに、パパと一緒に……」
「もう、子供扱いしないでよぉ! 私はもう十四歳なんだよ!? 立派な大人だもんっ!!」
私は、一人っ子だった。貧乏なわけでも、お金持ちなわけでもない。そんな普通の家庭で、お父さんとお母さんと三人暮らし。どこにでもある、ごく普通の家庭。でも、私の幸せは、確かにそこにあった。
朝お母さんの声で目覚め、朝ごはんを食べる。日中はお父さんに遊んでもらったり、お母さんの家事のお手伝いをしたりする。昼食を食べ、友達とお外で遊び、砂だらけになって夕方に帰って来る。お母さんは笑いながら私をお風呂に入れてくれて、お風呂から出てきたら、夜ご飯を食べてベッドで眠る。
そんななんの変哲のない暮らしを、十四になっても続けていた。その暮らしに突発的な面白さや胸躍る冒険は無かったが、私はそれを不自由だと思った事はない。お父さんがいて、お母さんがいて、友達がいる。幸せを語るには、十分過ぎる環境だった。
そう、あの日が来るまでは。
「ん、むにゅ……うぅ……」
その日私は、夜中に目を覚ました。
外が何やら騒がしくて、ぼやぼやとした目を擦りながら近くのカーテンを開け、窓から外を見る。
するとそこに広がっていたのは、地獄だった。
「え? 何、これ……」
外にいたのは、夜中にも関わらず走り回る村のみんな。そしてそれを追いかける、武装をした人々。
ここは獣人族の村だというのに、その人達には私達の特徴である大きな耳も、尻尾もない。
「人、間……?」
噂には聞いたことがあった。この村の外には人間と呼ばれる人達がいて、その人達は私達を差別し蔑む、最低の種族だと。
そんな彼らは今私達の村を襲撃し、そして剣や太刀を振り回して、村を血祭りに上げていた。
「夢、だよね……? こんなの、現実なわけ、ないもん……」
口ではそう呟きながらも、目の前に広がるのは無惨な姿で殺されるみんなの姿と、響く断末魔。身体はもう、その光景に拒否反応を起こしてカーテンを閉めていた。
「お父、さん……お母さん!」
でもきっと、きっと大丈夫。お父さんとお母さんは、いつもみたいに私をいつもみたいに優しく抱きしめてくれる。
怖かったね、もう大丈夫だよ。そう言って、この夢から覚ましてくれる。
「どこ? どこにいるの……!」
私は家の中を走り回り、至る所の扉を開けて回った。
二人の寝室、物置部屋、書斎、台所、トイレ、お風呂、そしてリビング。どこを探しても、見つからない。
「違う! 違う違う違う違う違う違う!! お父さんとお母さんはあんなこと、されてるわけ────!」
コン、コンッ。
身体中が不安感と熱で溢れて涙が零れ落ちそうになったその時、何処からか扉を叩く音が聞こえた。
「玄、関……?」
そうだ。きっとお父さんとお母さんは、ちょっとお出かけしてたんだ。でも、もう大丈夫みたい。ちゃんと、帰ってきてくれた。
「怖かったよ、もう。こんな時間にお出かけするなんて、私が叱ってあげなきゃねっ」
額の冷や汗を拭い、目尻に溜まった涙を手で拭いて。いち早く二人に会うため、私は廊下を駆けた。