31話
31話
「なあルナ。お前に、聞いておきたいことがある」
「ひゃぃ、なんれふかっ?」
口の中の物を飲み込み、キョトンとした目でこちらを見つめるルナに、俺は質問を投げかけた。
「お前は……レオバルドを、どうしたい?」
「っ……!」
ルナにとってこの話題が気分の良くないものであることは、重々承知だ。
だが、アイツに奴隷にされていたのは俺ではない。目の前に被害者当人がいるというのに、俺の一存でレオパルドをどうこうするというのは間違いな気がしてならなかった。
「私、は……あの人を殺したいとは、思いません……」
無意識か、ルナの身体が微かに震える。それは過去のトラウマからか、それとも抑え込んでいるレオパルドへの憎悪なのか。その真意は、俺には分からない。
「実は私は、あの人にはそれほど酷いことはされていないんです。むしろそれまでの私の環境を考えれば、優しいとまで言えるほどの待遇でした」
どういうことだと声に出そうとして、寸前で押さえ込む。今は、何も言わずにルナの話を聞くべきだと判断した。
「たしかに、普通の人と比べれば良い生活では無かったのかもしれません。ですがそれでも、本当にあの人は私が苦痛に思うようなことは何もしてきませんでした。……大金を出して買った、大切な商品でしたから」
買った……? その言い方は、まるで……
「ロイ様ならもうお察しかもしれませんね。この村には、私達魔族の奴隷を取り扱う″奴隷市場″が存在しているんです。私は元々、そこの奴隷でした」
薄らと、考えたことはあった。
何故貴族の連中は、魔族の奴隷を使役出来ているのか。例えそれが権力の証だったとしても、馬などと違って調教には多大な費用と手間を要するはず。そんな面倒をしてまで魔族を奴隷とする理由は、何なのかと。
そうなるまでの過程を金で代替わりしている、何者かがいるのではないかと。
(それがまさか、奴隷市場と来たか……)
貴族の連中は、それこそ本当に金を出しただけ。調教の手間を省き、資金を積むことによって権力の証である奴隷を手にできる。アイツらからすれば、随分と使い勝手の良い市場なことだろうな。
「そこでは私と同じように、様々な魔族が奴隷として酷い扱いを受けています。……女の子なんて、特に。目の前で凄惨な目に遭っている子達を何度も、何度も見てきました。そして私は同時に、その子達を見ないふりして、見捨てても来てもいるんです」
「ルナ……」
「見捨てた」という言葉は、俺の心にも中々刺さるものがあった。
目の前で誰かが殺されているのをただ見ているだけしか出来ない苦しさと悔しさは、俺も良く知っている。それは時に、己自身が傷つけられるよりも地獄だ。ルナのように心優しい奴なら、尚更……。
「ロイ様が私を救ってくださったように、次は私があの子達を救いたい。もう、何もできないままの私じゃ嫌なんです」
ルナは、今この瞬間も過去の自分と向き合い続けている。何も出来なかった過去の過ちを正そうと、確かに今、前を向いて走り出したのだ。
「強いな、ルナは」
怒ってしまった過去は、絶対に取り戻せない。背負ってしまった罪も、業も。それら全ては、未来でしか正すことは出来ない。
そしてルナは、そうあろうと恐怖に立ち向かい、力を手に入れた。後は、己が救えなかった者達をこれから救っていくだけだ。
「俺も力を貸そう。どのみち、放置できる問題では無いからな」
「ありがとうございます、ロイ様。ただの足手まといにならぬよう、精一杯頑張ります……!」
こうして、一人の少女の心を救うための戦いが始まった。