23話
23話
「いよいよ、か……」
ドクン、ドクン、と心臓がうるさいほどに脈打ち、俺の身体を支配する。この鼓動が武者振るいなどではないということは、嫌でもすぐに分かった。
『さぁ、ついに決勝戦! これまで圧巻の強さで敵を瞬殺し続けたツバキ選手と、前回大会の一位と二位を正面から倒したクレア選手!! ダークホース同士のカードが、ついに実現したァァァ!!!』
大歓声で湧き上がる闘技場の中央へと入場すると、同時に正面からツバキがこちらへと向かってくる。
近くで見るとやはり、その立ち姿にはどこか歪で不気味な……そんな、得体の知れない何かが感じ取れた。
『では両者、構えッ!!』
出し惜しみはしない。初めから、全力で行かせてもらう。
(部分擬態……黒狼!)
『では、始めッ!!』
「っ────」
動き出しは、僅かにツバキの方が速かった。浅い踏み込みからの、いきなりの胴へ向けられた一閃。
どうやら最初から本気なのは、俺だけではない様だ。
(だが、まだ見切れるッ!)
部分擬態。擬態する箇所を一部に絞り、消費する魔素量を減らすために身につけた技術だ。
それを今回は、『眼』にのみ使用した。全身擬態で人間の姿になっている今の状態から、更に眼のみに黒狼の部分擬態を行う。
それまで黒かった目玉は水色へと変化し、見えている世界が一変する。
視力の上昇に加えた洞察力の変化。これにより俺は、ツバキの太刀筋を見切り反応することに成功していた。
「ッッ────はァッ!!」
当たれば致命傷は免れないであろう猛攻を全て、すんでのところで躱し、そして流す。
人間の姿のままであれば一撃で瞬殺されていたであろう状況は一変し、俺の反撃により戦況は五分五分の攻防戦へと持ち込まれた。
(流石、だな……これだけで勝機を得るのは、流石に厳しいか)
ここまでして、ようやく五分。ツバキの攻撃が俺に命中していないのと同様、俺の攻撃もその全てが躱され、一進一退でお互いの木刀が空を切り続ける。
「っ……」
ここでツバキは、俺から距離を取った。このまま攻め続けても状況は変わらないと判断しての事だろう。俺にも、それを追うほどの余裕は無い。
(やはり、化け物だな。コイツは)
先程戦況は五分だと言ったが、正直それすら怪しいのでは感じるほどのツバキの疲弊の無さ。加えてあの不気味なオーラが、まだ本気ではないのではないかとさえ、思わせてくる。
出来れば今すぐにでも全身の擬態を解いてから戦いたいところだが、それをすれば俺自身がどうされるか分からない。あの獣人を連れて逃げられでもしたら本末転倒なうえに、この会場にいる勇者全員が俺に襲いかかってくる。
(どう、するか……)
このまま斬り合い続けても、恐らく先に俺の体力に限界が来て負ける可能性が高い。いつまでもこのような状況を続けているわけにはいかないのだ。
ならば────!
(短期決戦に、持ち込む!)
俺は次は自らツバキとの距離を縮め、木刀を振るった。
ツバキはすぐに反応して俺の剣を躱すが、絶対に猛攻は止めない。
「ッ────!」
先程までの一撃一撃を細かく刻んでいた斬り合いとは打って変わり、全てを渾身とした振りの大きな斬撃の数々。当然、俺には幾つもの隙が生まれた。
だが────
キィィィンッッッ!!!
その隙を逃さず俺の左肩に与えられた突きは、″金属音″を散らして無効化された。
(部分擬態……鉄人形!)
部分擬態に次ぐ部分擬態。ツバキの木刀が触れる瞬間に標準を合わせた、服の下のみの小規模防御壁。これにより俺は、防御の動作を捨てることが出来る。
「なっ!?」
本当に鎧を着ていたならばここまでの動きは出来ない訳だが、当然ツバキは部分擬態なんて真実には辿り着けない。
その致命的な勘違いは、反撃の範囲を俺の小手先と顔面に絞らせる。
(これで────!!)
そして明らかに体勢を崩したツバキへと、最後の攻撃を畳み掛ける。それらは少しずつではあるがその細身な身体に命中し、最後の一撃は、ツバキを後方三メートル程へと吹き飛ばすこととなった。
「はぁっ……はぁ……っ」
ツバキを吹き飛ばした一撃は、確かに肋骨を軋ませた。あわよくば、これで戦闘不能になってほしいものだが……。
「ふふ、あははッ! はははははッッ!!」
「ちっ……」
いとも簡単に立ち上がったツバキは、奇妙な笑い声を上げて打たれた腹を摩る。
そこには痛みや苦しみの類の感情は、一切感じ取れない。むしろ、喜んで……面白がっているかのような……
「やっと、見つけた……!」
子供の様に無邪気で……それでいてその奥深くに闇を孕んだ。そんな笑みを浮かべながら、ツバキは審判に降参を宣言したのだった。




