19話
19話
「おお、おおッ!! なんだあのツバキという男、とてつもないな!!」
招待した数人の貴族とその側近たちに囲まれながら、ご主人様は高らかに笑った。
「これは、今回の闘技会の優勝者はもうあの者で決まりかも知れませぬなぁ!!」
闘技場の一番高い位置のVIP席に当たるここでは、全員がお酒や豪勢な食事を嗜みながら試合を眺める。
憂鬱な気分でいるのは、この場では私だけだ。
(ここで優勝した人が、次のご主人様……)
これまでは私のことを気に入っていた調教係の人に素直に従っていたおかげで″女性としての純潔″だけは守られてきたものの、ここに参加している人たちがご主人様になれば、私はもうどうされるか分からない。
残り八人にまで絞られた参加者の人たちの男女比は、七対一。残る最後の女の人に勝って欲しいなんて甘い幻想も、ツバキという男の人の登場によって一瞬で打ち砕かれた。
恐らくもう誰も、あの人には勝てない。あの不気味で……それでいて歪な雰囲気を漂わせている男性に、私は今後奴隷として仕え続けることになるのだろう。
これまでのように愛玩動物のような扱いを受けながら痛みと屈辱の日々を過ごすのか、それともただの性の捌け口か。はたまた、ただ痛ぶられ続けるだけのサンドバッグか。
いずれにせよ、もう私は無事では済まない。むしろ、これまでよく五体満足で生き延びられたものだ。
「おやおや、どうしたんだい可愛い奴隷ちゃん。浮かない顔だね」
私が繋がれている鎖の根本をチャリチャリと鳴らしながら、一人の男が顔を赤く染めて近寄ってくる。
「レオパルド様はお優しいですなぁ。こんな上玉の娘を大会の賞品にするなんて勿体ないこと、私には出来かねますよ」
下卑た視線が私の身体中を舐め回すように見つめ、良いものを見たとばかりに満足気な表情でそうご主人様に話しかける男。
普段はあれほど嫌だと思っていた檻の格子が、今では私を守る最後の壁。なんて皮肉な話なんだろう。
「ははは、確かに僕もそう思ったんだけどね。だけど僕の愛する妻は奴隷が嫌いみたいなんだ。だから仕方なく手放すことにしたんだけど、せっかくならこの大会を盛り上げるために使おうってね」
カツ、カツッ、と肩を鳴らして私の前まで来たご主人様は、そう言って豪勢な食事の一部を装った皿を、一瞬檻の扉を開けて足元へと置いた。
「自由にしてあげても良かったんだけど、せっかく大金を使って買ったんだ。無駄遣いだったと妻にどやされないように、せめての付加価値くらいには利用してあげないとね」
そう。ご主人様の言う通り、私にはせいぜい優勝賞金の付加価値程度の価値しかない。ただオマケにするためだけに、買われたのだから。
「最後の晩餐、ゆっくり食べてね。せめて最後くらいは、とびっきり美味しいものを味わうといいよ」
両手を塞いで犬食いを強いておいて、味わえなんていうのは一種の拷問にすら感じた。
でも、私にとってはこの食事はもう十年以上ぶりのまともな料理で。身体は一瞬の躊躇すらせずに、目の前のご馳走へと首を伸ばしていた。
「いただき……ます……」
きっとこの先、もうこんな食事を目の当たりにする機会など来ないだろう。こき使うだけの奴隷にちゃんとした食事を与える人なんて、まずいない。いたとしても、多分その人はそうすることで目の前の奴隷より自分が上にいることを愉しみたいだけの異常者だ。
(……もう、なんでもいいや)
諦めなど、とうの昔についていた。
私には帰りを待ってくれている家族も、帰るべき家も、もう……この世のどこにも、存在してはいないのだから。




