14話
14話
『ねぇ、どうして逃げたの?』
『兄ちゃんのせいで俺、こんなになっちゃったよぉ』
やめろ、違う。俺の大切な姉と弟はもう、この世にいない。お前らは偽物だ。
『うん。そうだね。私たちはあなたに見捨てられて、死んじゃったっ』
アハハッ、と当時の姉と同じ姿形をした何者かが、感情のこもっていない笑い声をあげる。
『兄ちゃぁん、なんで一人で生きてるのぉ? なんで、一緒に死んでくれなかったのぉ〜?』
急に背中を触られその手を跳ね除けると、弟の左腕は簡単に根元から千切れて吹き飛び、切断面から粘着質な……それでいて真っ赤な血がこぼれ落ちた。
『痛い……痛いよ兄ちゃん……助げ、でよぉぉ!』
「近寄るな! その姿で、俺にッ……!!」
『ふふふふふふふふっ、逃げようどじでもぉぉ、ダメだよぉぉぉぉぉ』
正面からは弟が、背後からは姉が。全身の至る所から血を流しながら、俺に抱きつき離れない。
対抗しようと暴れれば暴れるほどその脆い身体は簡単に崩れていき、やがて崩れた一部からまた新たな二人が産まれていく。
ここは、地獄だ。
「ぐ、ッ……」
やがて大量の血と臓物に身体を包まれ、呼吸を奪われる。
息を吸おうと必死に口を開けても、流れ込んでくるのは二人の血肉のみ。やがて窒息状態に陥って身体が痙攣し始めても、この地獄は終わらない。
(ごめん……ごめんな……)
後悔と懺悔の涙を溢しながら、発声することすら許されない環境で俺は静かに、瞼を閉じた。
◇◆◇◆
「ッ……ひゅ、ぉッ……!」
木製造りの茶色い天井。自らを下から支える、真っ白なベッド。
それを見て、やっと自覚する。
俺は″また″あの夢を見たのだと。あの日からもう十年が経つというのに、俺はまだ抜け出せていないのだ、と。
「う〝っ……お〝え〝ぇ……っ」
その瞬間に感じた猛烈な嘔吐感に、俺はベッドの下に予め置いていたゴミ箱を汚した。
大したものなど食べてはいないのに、それさえも許さないとばかりに胃の中身が、胃液に至るまでポタポタと口から滴り落ちる。
「っはぁ……っ……」
深く眠ると、いつもこれだ。
普段は一、二時間の仮眠しか取らないようにしていたのだが、早朝に起きてゴブリンたちの仇をとってからの城への潜入。
かれこれ二十四時間ほど連続で活動していたせいで、身体にガタが来てつい倒れるように眠りこけてしまったのだ。事実、昨日ここに戻ってきてからの記憶がほとんど残っていない。
「くそ……三時間しか経ってないのか……」
壁にかけられた時計を見ると、今の時刻は午前七時。丸一日寝たのではと思ったが、日付も変わってはいないようだ。
「逃げようとしてもダメ……か」
これまでも何度も夢の中で浴びせられてきた言葉だ。
あの日、生き残ってしまったことへの罪。それを、俺に忘れさせないための言葉なのだろうか。
「忘れるわけ……忘れられるわけ、ないのにな……」
どれだけ勇者共を殺しても、家族は、仲間達は帰ってこない。
どれだけ悔いても、もうあの夜には戻れない。
どれだけ懺悔しても、皆を見捨てて一人生き残った業からは離れられない。
そんなことは誰よりも俺が、自分で一番よく分かってる。
だが……それでも……
「もう少しだけ、生きさせてくれ……」
俺は今、俺が生きていい……この世に存在し続けていい理由を、探し続けている。