13話
13話
「説明は一度しかしないから、よく聞けよ」
そう言って俺は、手元の鍵をチラつかせて話を進めた。
「今から、お前らにはそこから出る権利を賭けて戦ってもらう。五つの牢に六人ずついるわけだが、出られるのは一つの牢につき一人。自分以外の五人を倒した時点で解放だ」
実にシンプルなルールだが、まだ俺の説明はその核心に触れていない。大切なのは、ここからだ。
「ただし、禁止事項もある。それは、″相手を殺すこと″だ。誰か一人の命でも奪った瞬間、ソイツはそこから出る権利を失う」
その後補足として、倒すことの定義を説明した。
要するに、殺す以外なら何をしてもいい。骨を折っても、目玉を潰しても、犯しても。とにかく自分以外の五人を全員戦闘不能にして、降参させるなり気を失わせるなりすればいい。
そして同時に、勝利の基準は俺が決める。俺の目で判断した上でその者一人が勝利していれば、晴れてソイツは自由の身。残りの五人は狭い牢の中で与えられた傷や怪我と飢えを同時に感じながら死んでいくこととなる。
「じゃあ、これから鎖を外す鍵を配る。一つの牢につき六人分束で適当に俺から近い奴に渡すから、自分のを外したら他の奴に回してくれ。
あ、そんなことする奴はいないと思うが、鍵を回さず自分だけ鎖を外して残りの奴を倒してもそこからは出さないからな」
コイツらなら平気でやりそうな反則に釘を刺してから、鍵を配ってやがてものの数分で全員は鎖から解き放たれた。
「全員、準備はできたな。では、始めろ」
パンッ、と手を叩いて俺がそう言うと、早速一つの牢の中で動きがあった。
「うぉらァァァッッ!!」
すぐ隣にいた細身の男に殴りかかったのは、城の門を守っていた門番の勇者だ。流石に戦闘経験があるだけあって、戦い慣れている。
「う、ぅっ……あ〝ぁぁぁぁッッ!!!」
それを合図に、各地で戦闘が始まっていく。常にどこでも、まずは弱い者から。理不尽な暴力に襲われて、身体の傷があっという間に増えていく。
(これは、想像以上だな……)
俺はてっきり、戦闘が始まるまでに多少は時間がかかるものだと思っていた。
俺に降伏して媚びるなり、全員で協力して打開策を考えるなり。それがたとえ自分たちの自由に直結はしないとしても、少しはそういうことをするものだと。
だが、結局はこんなものだ。目の前に外へ出るための一本の糸を吊り下げられては、周りの奴らを虐げてでもそこにしがみつく。
実に良いじゃないか、人間らしくて。
「あ〝あ〝ぁッッ!! う〝あ〝ぁあぁぁ!!!」
粋がっていた城主も、頑張って俺に対抗しようとしていたメイド長も。今ではなす術のない暴力と狂気に晒されて醜く逃げ回っていた。
中には既に頭から血を流す者や、折れた歯を床に撒き散らす者、他にも目玉が片方潰された者など傷つき方は十人十色。まだものの数分しか経過していないが、中々に激しい争いが続いている。
「さて、もういいか」
俺はその様子を背に、誰にも気付かれぬようそっと階段を上がって地上へと出た。外からでも地下で怒号を上げながら殴り合う奴らの声はよく聞こえる。
「ま、これでもう聞こえなくなるけどな」
俺は地下室へ続く扉の側面に誰かの部屋で見つけた接着剤を付けて、そっと閉じた。
当然、勝った奴を助けるなんてのは嘘だ。ああやって放っておけば奴らは勝手に互いを傷つけ合ってボロボロになっていくだろうし、何より追加したルールのせいで相手を殺してしまうこともない。
終わりの来ない戦いの中でぐちゃぐちゃになりながら、最後は汚く飢えで死んでいく。オーガたちを拘束して自由を奪い続けてきた奴らには、お似合いの末路だろう。
「そういえば、アイツらちゃんと無事に逃げれてるといいんだが」
上からその扉をもカーペットを敷いて隠しながら、俺はオーガたちの安否を心配していた。
村は壊滅して帰る場所がないと言っていたので、とりあえず昨日会ったゴブリンチャンピオンの住んでいる洞窟の場所を教えておいた。
ゴブリンの部下は半分以上が死んだと言っていたし、洞窟自体も相当な広さを誇っていたので恐らくは受け入れてもらえるだろう。また今度、様子を見に行ってもいいかも知れないな。
ちなみにあのアリスとかいう女は、ちゃんと親が住んでいる実家があるそうだ。そこからの出稼ぎでここの使用人として雇ってもらったのはいいものの、結果奴隷のような扱いを受けて今の状況に至っていたらしい。
「ああいう人間ばかりだと、いいんだけどな……」
人間魔族問わず、虐げられている者を見てちゃんとそれを可哀想だと思える人間。その方が希少種だということは分かっていたが、いざ目の当たりにしてしまうと全員がそうあって欲しいと願ってしまうものだ。
「……ありえないな」
と、自分で自分の吐いた戯言を否定しながら城を後にしようとした時、背後の方で「グチャッ」と何かが潰れるような音がした。
なんの音かと近寄ってみると、そこには……
「はは、お前かよ」
音の正体でありそこにあったのは、両腕のない人間らしき血塗れの肉塊。頭から落ちたようで顔面は原型を留めてはいないが、場所的にも間違いなくバルコニーに放置していた女勇者だろう。
何はともあれ、これで完全に終了だ。
俺は今度こそともう一度城の外へと歩みを進めて、そのまま城を後にしたのだった。




