プロローグ
プロローグ
「ハハハハハッッ! 十匹、目ェッ!!」
目を瞑れば嫌でも浮かぶ、あの日の光景。
いつも通りの日々を過ごす中で突然村を襲撃され、勇者と名乗る″悪魔″たちに知人を、友達を、そして家族を。その全てを、奪われた。
「いやぁ、マジでこの世界は最高だなッ! ゲームみてぇなくせに殺した時の感覚はめちゃくちゃリアルでやんの! しかも俺たち勇者様だぜ!? こんだけ殺しても捕まるどころか褒められちまうんだもんなァ!!」
「全くだ! それになんでも、捕まえた魔族は俺たちの好きにしていいって話だしな! ああ、早く良い女探してブチ犯しテェ!!」
首を大剣で落とされた母の死体を踏みつけながら、下衆な笑い声をあげる男。
その周囲には肉塊と化した姉と弟、そして父が散らばっており、悪魔どもは平気でその上を踏みつけて笑顔で歩く。
目の前でそんな屈辱的な光景が広がっているのに、齢六歳の俺には物陰でただ己の無力さに打ちのめされながら涙を流して、必死に息を殺すことしか出来なかった。
(なん、なんだよ……俺たちが、何をしたっていうんだ……)
いち早く村の魔族全員が皆殺しにされることを察知してその身以外を全て担保にして命乞いをするものもいた。だが勇者たちはただ笑ってそれを見下し、ただ剣を振り下ろすのみだった。
これが、この世界の人間たちが正義と信じてやまない勇者様の正体だ。
己の欲を満たすためだけに俺たちを襲い、殺し、そして犯す。俺たち魔族をただのサンドバックや玩具としか見ていない、本物の悪魔。
奴らに殺された者たちは、きっと悔しかったろう。痛かったろう……苦しかったろう。
だが死んだ者の悲痛な叫びは、奴らには届かない。
ならば、俺が代弁しよう。仲間を見捨ててまで生き残った……いや、生き残ってしまった俺が、せめてもの償いとして。
俺がこの手で奴らを1匹残さず。最大級の苦しみを与えた上で……処刑する。
◇◆◇◆
「お、目を覚ましたか」
「…………んぁ?」
狭い室内。松明の明かりだけがぼんやりと灯る、酒蔵の中に人間と、魔族が一体。
目を覚ましたばかりの男が辺りを見渡そうとすると、自分の腹部からガチャリと金属音が鳴り、即座に自分が鎖で縛りつけられながら座っていることを自覚した。
「なんだ、これは」
ボヤボヤとしていた視界が徐々に元の視力を取り戻し、目の前の魔族の姿がハッキリと目に映る。
「お前に質問する権利なんてない。あるのは、これから俺がした質問に答える義務だけだ」
魔族がそう言い放つと、男は自分の質問を無視されたことに加えてのその上からの態度に憤りを覚え、舌打ちをして不満を漏らす。
「お前、これまで何体の魔族を殺してきた?」
「あ〝? なんだその質問は。……はぁ、そういうことか。お前、俺に復讐でもするつもりなのか」
「質問に答えろ。何体、殺し────」
「殺した醜い魔族のことなんざいちいち覚えちゃいねぇなぁ! 俺は、いや″俺達″は勇者様だぞ! モブ魔族のテメェごとき、仲間がここに乗り込んできたらぐちゃぐちゃにされて終いだ!!」
ガハハハ、と高笑いする男────いや、勇者のその声が、四方を包む鉄の壁に反響して部屋中に響き渡る。
だがそれを見て魔族はただ、不快そうに軽蔑の目を勇者に向けてため息をついた。
何も現状を理解できておらず、未だに自分が助かる可能性が残っていると信じきっている、馬鹿な勇者のその醜態に。
「はぁ……まあ確かに、その仲間たちが襲ってきたらと思うと中々に怖いな。″生首に″飛びつかれたりなんかしたら、どう対処したもんか分かったもんじゃない」
「……は? お前今、何────」
その言葉を遮るかのように、魔族はずっと腰掛けていた酒樽のようなものから立ち上がり、そして蓋を開けて中身を床にぶちまけた。
「ッ!!?」
それを見て勇者は、言葉を失ってしまう。
真っ赤な血と共に溢れ出てきたのは、大量のひき肉のような肉と原型を留めていない臓器たち。
そして極め付けに、その全体を真っ赤に染め上げながら足元に転がってきたのは、つい先刻まで共に過ごしてきた、四人の仲間達の胴体と泣き別れた頭であった。
「あ〝あ〝ァッッ!! ぐ、ふぅぁぁ!? なんだよ! なんなんだよこれ!!」
「なんだよってなんだよ。せっかくお前がお望みだった仲間たちに合わせてやったのに、不満か?」
「でめぇ! 殺す! 殺してやる!! コロスコロスコロスコロスコロスッッ!!!!」
大粒の涙を流しながら歯で唇を噛み血を吐き出して。尚も復讐の念だけを増幅させながら、勇者は言葉にならない言葉を魔族にぶつける。
だが────
「ふふ、ははっ。やっといい顔見せてくれたな。そうだよ、その顔だ。どうだ? 少しは″俺たち″の苦しみが分かったか?」
返ってくるのは、魔族の渇いた笑いと、それでいてどす黒い、心の中に飼っている闇の奔流。
姿形は先ほどまでと同じだというのに、その正体不明の違和感と威圧感に、勇者は泣きじゃくりながらも反撃する言葉を失った。
「さ、もう充分だな。あとは、お前に最悪の死を与えるだけだ」
コツコツと足音を鳴らして、勇者に近づく魔族。
が、恐怖に勇者が目を閉じた時間の間にその距離は限りないゼロから少し離れて、やがてその背後で足音を止めた。
「これは最近知った殺し方なんだけどな。ちょうどいいからお前で試させてくれ」
そう言って魔族が両手に抱えて勇者の視界に入れたのは、先程他の勇者の肉塊が入っていた酒樽と同じもの。
そっとその蓋を取ると、中は血で染まっているわけでも肉塊が詰まっているわけでもなく、そこにあったのはただ透明な、今の状況では美しいとすら言えるほどのただの水だった。
「はい、これ咥えろ」
「ん、ひゅぇぐ!?」
そしてその水の中に手を突っ込んで魔族が取り出したのは、ちょうど口が全て塞がってしまうほどに太いチューブ。それを強引に勇者の口にねじ込むと、金具でそれを固定した。
「なんでもな、人間に凄い速度で水を与え続けると体内が水分過剰を起こして、細胞が膨化するらしいんだ」
「ん〝ん〝ぅぅ!! むぐぅぅ!!」
「まあ最後まで聞けよ。すると最終的には水中毒ってやつを起こすみたいでな。そして脳の細胞が破壊されて────」
「ん〝ん〝ん〝んんぅぅぅ!!!」
「……うるさいな。もういいから、あとは苦しみながら一人静かに死んでいってくれ」
最後にそう言い放つと、魔族は酒樽を丁寧に金属の土台の上に乗せて、チューブを通して水を勇者に流し込んだ。
「ん〝ぐごぼ、ぉっ……おぼ、おぇぉぉっ……」
「っ……汚い顔だな」
見るに耐えない醜い顔で嗚咽を漏らしながら、やがて勇者の腹は猛烈な勢いで膨らんでいく。
そんな気持ちの悪い光景に吐き気を覚えた魔族は、黙ってその場を立ち去った。
「……こんな奴の、どこが勇者なんだ」
これは、一人の魔族の物語。
勇者に全てを奪われた彼が、″異世界から送り込まれた彼ら″を根絶やしにするまでの、復讐の物語だ。
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