6.糞くらえだ
拘束される一時間前。
俺は彼女たちと一緒に、城内の一室で寛いでいた。
テーブルの上にはカップが五つ。
使用人が用意してくれた美味しい紅茶を飲み、のんびり寛ぎながら待つ。
リルタが紅茶のカップを置き、口を開く。
「さて、かれこれ一時間は経つけど、陛下は何をしていらっしゃるのかな?」
「う~ん、わかった! きっと私たちのためにパーティーの準備をしてるんだよ!」
「ご飯!?」
パーティーに反応して寝ていたナナリが目を覚ました。
「それはさすがに違うんじゃないかな?」
「そうかな~」
「……ご飯じゃないなら寝る」
ナナリは再びスピーと寝息をたてる。
一気に紅茶を飲み干して、アリアがコップを豪快にテーブルへ置く。
「まっ! 少なくとも悪い話じゃないだろ。何たって過去最大級の発見をしたんだからな! なぁ、ユリウス」
「ああ、だと思いたい」
アリアの言う通り、俺たちが持ち帰った情報や技術は、この国をさらに進化させる十分な材料となるはずだ。
百階層のダンジョンを攻略した例は未だかつて存在しない。
歴史に残る快挙と言っても過言ではないだろう。
パーティーはなくても、報酬くらいは用意されてそうだな。
最低でもクビは免れるだろう。
素直に認めるのは癪だけど、今回は彼女たちのお陰で助かった。
陛下の話が終わったら、四人を誘って食事でも行こう。
そんなことを考えながら、俺も紅茶を飲む。
カップが空になった頃、陛下に使える近衛兵の一人が部屋を訪ねてきた。
準備が出来たので来てほしいと告げ、去っていく。
「行こうか」
俺たちは揃って部屋を出た。
王座の間について、陛下の前で頭を垂れる。
一連の流れを通して、陛下からの言葉を待つ。
「顔をあげよ」
「はっ!」
陛下が怒っていない。
たったそれだけのことが新鮮に思える。
「第七ダンジョン探査団の諸君、此度はご苦労であった。君たちのお陰で、わが国は更なる発展を遂げるだろう」
「ありがとうございます!」
陛下からの誉め言葉。
聞いたのは何年振り……いや、初めてかもしれない。
嬉しくて我慢していないと顔がニヤけそうになる。
俺はニヤけそうな顔を隠すように、陛下に頭を下げた。
そして――
「話は以上だ。ユリウス、その腕輪がダンジョンのキーだね? それを置いて、この城から立ち去り給え」
「えっ……」
「聞こえなかったか? 腕輪を置いて、この城から去れと言っている」
陛下の一言で、俺は絶望に変わる。
思わず見上げた陛下の顔は、今まで見た中で一番冷たく、怖く感じた。
まるで、ごみを見るような目をしている。
「へ、陛下?」
「何を驚いている? まさか数日で忘れたのか? 君の役目は、今回のダンジョン探査をもって終わりだと、出発前に伝えたはずだが?」
「そ、そんな……」
「お待ちください陛下!」
声をあげたのはリルタだった。
「何だね? リルタ・サラン」
「お言葉ですが陛下、私たちは成し遂げた成果は、間違いなく王国の利益となりましょう。それはリーダーであるユリウスの功績でもあるはずです。ここは罰ではなく、相応の評価を――」
「つまらんことを言うな。私の決定は絶対だ」
「……ですが、すでに私たちの功績は城の外まで届いております。成果を挙げた者を追放したと知れば、民衆から非難されるのではありませんか?」
「問題ない。その程度の噂など、後からどうとでもなる」
つまり、もみ消すのは簡単。
他の誰かの功績にすり替える、という意味だ。
「だとしても! この探査で手に入れた物はくれるって言ったんだろ?」
乱暴な口調で抗議してくれたのはアリアだ。
そう、確かに陛下は言った。
だけど……
「何のことだ?」
「こいつ……」
しらを切られるだろう。
俺はすでに、何となく察していた。
「どうした? 渡すつもりはないのか? ならば仕方がないな」
陛下の目が、より冷たくなる。
「この者たちを拘束しろ」
その一言で、姿を隠していた兵たちが一斉に現れる。
抵抗しようと動いたが、一歩遅かった。
拘束魔術を発動され、紫色の縄で五人とも身体を縛られてしまう。
「従わないというなら、腕ごと斬るしかないな」
「っ……陛下!」
「そう騒がずとも楽に殺してやる。他の四人には利用価値があるが、君には何もないからな」
最初から。
きっと、最初からこうなることが決まっていたんだ。
「ふざけるなっ! あたしらが従うとでも思ってんのか!」
「思わないさ。特にアリア・レーベル、君のように感情的な女は意地でも従わないだろう。だから準備に時間がかかった」
そう言って陛下の背後から二人の兵が顔を出す。
兵が手に持っていたのは、黒い首輪だった。
リルタがそれを見て気付く。
「それは!」
「気づいたか? さすがだね。これは装着した者に服従を強制する魔道具……奴隷の首輪だ」
「奴隷? リルタちゃんが作ったの?」
「違う、ボクじゃない。一度依頼されて案だけは考えたけど、作らず無視してたんだ。君たち……ボクの研究データを盗んだね?」
「盗んだとは人聞きの悪い。大事な我が国の宝だよ」
ニヤリと笑う陛下の顔は、もはや別人のように見える。
拘束は硬く、魔術でもなければ抜け出せそうにない。
アリアが暴れながら、ナナリに叫ぶ。
「おいナナリ! こいつらまとめて吹き飛ばせ!」
「……無理」
「は?」
「魔力が……コントロールできない」
「何で……」
「そうか。おそらくさっきの飲み物に……」
リルタがぼそりと口にする。
それが聞こえたのか、陛下は鼻で笑う。
「さて、説明はもういらないだろう? どうせ使う駒と、捨てる駒だ」
首輪を持った兵士がにじり寄る。
俺のほうには剣を抜いた近衛兵が近づく。
本当に殺されるのか。
こんな所で、理不尽に終わるのか?
そんなの――
「糞くらえだ」
ダンジョンマスターの証。
その腕輪が青く光る。
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