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93・ライアー+ライアー

 地下室を後にし地上に出たオレは、本邸の裏手に回った。


 ――今すべき事を見誤(みあやま)るな


 影のいった事は正しい。

 奴隷達を解放するのがここに来た本来の目的だ。それを果たせなくては、彼女達の死が本当に無意味なものになってしまう。

 しかし、図星を刺された苛立ちに、つい言い訳めいた呟きが漏れた。


「いわれなくても分かってるってんだ……」


 松明に照らされた建物は、かなりの広さがあった。ちょっとした屋敷ほどの規模から、監禁されている奴隷達が相当数いるであろう事が推測できた。

 ならば、それに見合った数の見張りもいるはずだ。

 夜闇に紛れて近づいた。

 しかし、様子を目視できる距離まで来て、異変に気づいた。

 見張りが立っていないのだ。

 騒動に怯えて逃げ出したのか。

 そう思いながらさらに近づいて、違う事が分かった。


「これは……」


 見張りはいた。

 ただし、全員が倒れている。

 手で触れてみると息はあった。どうやら、気絶しているだけのようだ。


 誰かいる。


 やったのが敵なのか味方なのか。それは分からない。

 分かっているのは、相当な凄腕であろう事。ろくに争った形跡もないまま気絶(おと)されているのを見れば一目瞭然だった。

 そして、そいつがまだ建物の中にいたとしたら――絶刃の双剣を抜き、まずは周囲を調べてみる事にした。

 さすがは奴隷達を閉じ込めておく為の建物、とでもいうべきか。入り口は正面の扉のみ。一階部分には窓すらなく、二階から上にある明かり取り用の窓には鉄格子がついている。


「こっそり侵入って訳にはいかないか……」


 正面から乗り込むしかなかった。危険は伴うが仕方ない。

 腹を括り、唯一の入り口へ向かった。




 二メートル程の高さがある扉は、横にスライドするタイプだった。鋼鉄製の頑丈な造りが刑務所を連想させる。

 手をかけ、力を入れた。すると、ゴロゴロと重い音を立てながら扉が動いた。

 鍵がかかっていない所を見ると、やはり先客がいるようだ。

 さらに力をこめ、半分程まで開ける。

 中を覗きこむと、灯りのない室内には闇が広がっていた。ひんやりした空気とカビ臭さが鼻につく。

 その中を、何かが動いた気がした。

 さらに目を凝らす。


 ヒュッ!!


「!!?」


 小さな風切り音と同時にかすかな光が見えた。

 反射的に左へ跳んだ。


「誰……」


 発した声が言葉になるより早く、扉の中からそいつは飛び出してきた。右方向――こちらに向きを変え、一直線に突っ込んでくる。


 ビュボッ!


「うわっ!?」


 ギャリイィーッン!!


 突き出された武器を弾いた。

 マントについたフードとマスクで顔を隠した襲撃者の得物は、短鎚矛(ショートメイス)だった。


「な、なんだお前っ!?」


 答えは返ってこなかった。

 弾いた力に逆らわず、そのまま横に一回転した身体がふいに沈んだ。右から地を這うような足払いが飛んでくる。


「ちぃっ!!」


 小さく跳んで躱した。着地すると同時に下から突きが迫ってきた。


 ガイィーーッン!!


 左の剣で上に流した。

 間髪入れず脇腹に回し蹴り。右腕一本でガードする。

 踏ん張り、体勢を整えた。


「!?」


「上等だよ……」


 動揺に怯んだ一瞬の隙。軸になっている右足に左のローキックを放つ。


「シュッ!!」


 ブォッ!!


 入った。

 そう思った次の瞬間、蹴り足が空を切った。同時に、胸板めがけて前蹴りが迫ってくる。咄嗟にガードした。


 ドガッ!!


「くっ!」


 辛うじて間に合った左腕を踏み台に襲撃者が飛び退いた。後方にふわりと一回転する。


 こいつ、ただ者じゃない。


 あの体勢で下段(ロー)に反応できるのは、実戦経験が豊富な証といえる。正統派ばかりの宮廷剣術相手では身につかない臨機応変さだ。

 松明の灯りが届いていない薄闇の中、月明かりだけで接近戦を挑んできたのも頷けるレベルだった。


「今度のマスクマンはルチャドールかよ……」


 身軽な覆面レスラーを彷彿とさせる動きは、メキシカンプロレス――ルチャリブレを思わせた。

 とはいえ、不意を突く事には成功したようだった。着地した襲撃者がバランスを崩し片膝をついたのだ。

 追って、顔面に右の足先蹴りを飛ばした。


 ボッ!


 上半身を捻って避けられる。伸ばした蹴り足を横にひねり膝を折った。

 後方から延髄へ刈り取るような踵蹴り――すんでの所で下げた頭に蹴撃が掠った。


「ぐっ!」


 背後からの不意打ちに逆らう事なく、襲撃者は前に跳んだ。飛びこみ前転の要領でオレの右側をすり抜けていく。

 蹴り足を引いた勢いのまま振り向き、左の剣を横に薙いだ。

 膝をついた体勢でガードしようと、短鎚矛(ショートメイス)が縦に構えられた。

 構わず斬撃を叩きつけた。


 ギッ……!


「フウゥッ!!」


 ッキイイィィーー……ッン!!


「!!?」


 夜闇に火花が散った。振り抜いた刃に押されるような形で襲撃者が地面を転がる。

 起きざまに見上げてきた顔が振り上げた右腕に気づく。


「おおぉっ!!」


 垂直に剣を振り下ろした。短鎚矛(ショートメイス)が頭上をガードした。


 かかった!


 兜割りはフェイク――両腕が上がったがら空きの胴体めがけて、とどめの一撃をお見舞いする。


「もらった!」


 しかし、水平に振った左の斬撃に両断される直前、襲撃者が後ろに飛び退いた。


「えっ!??」


 しゃがんだままの態勢とは思えない敏捷性だった。

 手に残ったのは、刃先が掠った感触のみ――フェイクを混ぜたこの連撃を凌がれるとは思ってもいなかった。見事な反射神経と身体能力だ。


「…………」


 無言のまま立ち上がった襲撃者が、短鎚矛(ショートメイス)を構え直す。

 刃が捉えたのは上着だけのようだった。見た所出血はなく、斬り裂かれた胸元から緑色の何かが覗いている。


 …………ん?


 それは、月明かりにぼんやりと浮かび上がっていた。

 薄暗さのせいでしばらく気がつかなかったが、よくよく見る内、正体が分かった。


 まさか、あれ……。


 改めて、まじまじと眺めた。

 やっぱり、そうだ。


「お、おま……え?」


 見えていたのは緑色の下着――ブラジャーだった。

 唖然とするオレを不審に思ったのか、視線を追って仮面が下を向く。

 無言。

 数秒の間。

 そして――


「…………きっ……!」


「おん……な……?」


「きゃあああぁぁぁ~~っ!!」


 夜の静寂(しじま)に悲鳴が木霊した。

 両腕で胸元を隠す襲撃者を、オレは突っ立って見ていた。

 と、いうか、動けなかった。

 すぐに、どストレートな罵声が飛んできた。


「変態っ!!」


「なっ……! だ、誰が変態だっ!!」


「乙女の柔肌をいやらしい目でまじまじと……ド変態っ!!!」


「い、いやらしい目でなんか見てねぇし! 大体、そっちが襲ってきたのが悪い……って…………へ?」


 声に、聞き覚えがあった。

 まさかと思っていると、右腕で前を隠した襲撃者が短鎚矛(ショートメイス)をこちらに向けた。

 淡い光が先端に集まり、魔法陣を描いていく。


「これでも喰らいなさい、変質者!!」


「ま、待て! お前、ひょっとして……」


聖流十字(ホーリー・シャワー)!!」


 ズアアアァァァァーーーッ!!


「い”ぃっ!!?」


 無詠唱で放たれたのは、無数に輝く十字型の魔法弾だった。光の尾を引きながら、文字通りシャワーのように浴びせかけられる。

 慌てて横に飛び退くも、直角にホーミングして後を追ってきた。


「クッソ! なんだこりゃ!?」


 逃げるのを諦め、双剣を構えた。

 少しずつ後退しながら、端から弾き飛ばしていく。


「おおおぉぉ……!!」


 ギギギギギ……ッッン!!


「らああぁぁーーっ!!!」


 ギャギギギギギギギイィィーーー……ッン!!!


 全てを捌き光の渦が消えると、明るさに慣らされた目に夜闇がいっそう濃く映った。

 目をしばたたかせ、襲撃者のいた方を見た。

 姿がなかった。


「どこに行っ……」


「これで……」


「!!?」


 背後からの声。

 咄嗟に振り向いた。


「終わりよっ!!」


「待て、マリリアっ!!」


「え?」


 ガッキイィーー……ッン!!


 声をかけると同時に、両手持ちの短鎚矛(ショートメイス)を頭上で受け止めた。

 隠すもののなくなった胸元で、はだけた服の下から下着と白い谷間が露になっていた。


「……あ」


「……へ?」


 思わずガン見するオレに、マリリアが気づいた。

 すぐに、身体が震え出す。


「……きっ……」


「ごご、誤解だ! 落ち着……!」


「きゃあああああぁぁぁぁぁ~~~っっ!!!」


 ゴオオオォォーー……ッン!!


「ぐはああぁぁぁ~~……っっ!!」


 フルスイングされた右の拳からは、躊躇が一切感じられなかった。




「なんでルキトがここにいるのよ!?」


 胸元にマントを巻き付けながらマリリアがいった。

 仮面を外した素顔には、怒りと困惑が浮かんでいる。


「こっちの台詞だ! おもいっきりブン殴りやがって!」


 頬を手でさすりながら、抗議の声を上げた。

 左右にいいのを一発づつ。

 マリリアの拳は、影の一撃にも劣ってはいなかった。


「あんたが悪いんじゃない! スケベっ!!」


「不可抗力だろが! てか、オレだって気づけよ!!」


「分かる訳ないでしょ! ただでさえ暗いのにあんな早く動かれたら! 攻撃が当たらないじゃない、バカっ!!」


「え!? なんでお前がキレてんの!?」


 応急処置を終えたマリリアが腕を組んで睨みつけてくる。

 最後に直撃した特大の一発は、どうやらこいつの中ではカウントされていないらしい。


「そもそも、仕事してたんじゃないのかよ?」


「仕事は、その……終わったわよ」


 改まって問いただすと、明らかに狼狽しながらマリリアはいった。

 分かりやすいヤツだった。

 思った事がそのまま顔に出る性格上、嘘がつけるタイプじゃない。


「じゃあ、こんなとこで何してたんだ?」


「だ、だから! そっちこそ、何してたのよ!」


「オレは……ザーブラに用があったんだよ」


「用事? どんな?」


 ここに来た経緯をかいつまんで話した。

 聞き終えたマリリアが、呆れ顔でいった。


「そんな理由で乗り込んできたの? たった一人で?」


「奴隷を解放するだけだ。一人で十分だろ」


「ザーブラが許すはずないじゃない!」


「そん時は交渉するつもりだったさ。賭けには勝ったんだから、正しいのはオレだろ?」


「……その交渉とやらは、上手くいったの?」


 無言で肩をすくめた。

 察したマリリアがため息を漏らした。


「で、こっちに来たって訳ね。ところで、ザーブラはどうなったのよ」


「逃げた」


「逃げた?」


「うん。なんか途中から元気がなくなっちゃってさ。そこに部下が来て、一緒に逃げてった」


「何すれば交渉中に逃げなきゃならなくなるのよ……」


「大した事はしちゃいないよ。誠心誠意、人の道を説いただけだ」


 地下室での事は伏せておいた。

 ザーブラの企みは国家反逆罪、つまり、死罪にすらなりえる重罪だ。今後、どういう方向に話が転ぶか分からない現状では、話さない方がいいだろうと思ったのだ。


「ふぅ~ん……」


「な、なんだよ……」


「べぇつぅにぃ~」


 何かをいいたそうなそぶりで、マリリアが疑いの眼差しを向けてきた。

 勘のいいこいつの事だ。大事な所を隠しているのに薄々気づいているんだろう。

 嘘が下手なのはお互い様、か。


「さっき、凄い音と地鳴りがしたんだけど、あれもあんたの交渉?」


「ああ。あれはノックだ」


「はぁ? ノックって、何?」


「人ん家に行ったらやるだろ? あれだよ」


「……全っ然、意味分かんない」


「で? お前はここで何してたんだ」


 これ以上ツッコまれないよう、話を戻した。

 訝しそうな顔から一転、マリリアがあからさまに目を逸らした。


「それは、なんていうか……使命を果たしてた……的な?」


「は? 使命?」


「そ。まぁ結論からいうと、ここにはもう、奴隷いないから」


「え? なんで?」


「逃がしちゃったからよ」


「逃がした? 誰が?」


「わたしが」


「…………はい?」


「だから。わたしが全員逃がしたから、中には誰もいないの」


 咄嗟に反応できなかったオレとは対照的に、親指で背後の建物を指差したマリリアはなんでもない事のような顔をしている。

 徐々に理解が追いつき、やがて全てを悟った。


「ひょっとして……親父さんがいってた奴隷泥棒って……」


「ああ、聞いてたの、わたしの事」


「で、でもお前、神様って……」


「だからいったでしょ? 泥棒(これ)は神としての使命なのよ!」


 昔の人はいいました。


「どっ……」


 ”嘘つきは泥棒の始まり”


「泥棒が使命の神様がいるかあああぁぁぁぁ~~っ!!」


 まったくもって、その通りだった。

 昔の人、スゲェ。

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