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86・影は薄闇より

「い……今……な、何を……して……?」


 やっとの事でザーブラが発したのは、切れ切れになった問いだった。

 勝確(かちかく)から一転、ご自慢のペットがまとめてのされたのだ。落差に混乱するのも当然だろう。


「見ての通りだ。あいつらはもう、闘えない」


「キ、キキキっ! その程度で勝ったつもりとはお笑いですねぇ! いったでしょう! ダメージなど関係ないんですよっ!」


 オレの言葉に反応して咄嗟に出てきたのは、懲りない煽りだった。

 どうやらこいつは、根本的な事を理解していないようだ。


「痛覚がない、イコール、ダメージがない、じゃないんだよ。身体が壊れりゃ死ぬのは同じなんだから」


「強化薬を限界まで投与しているあいつらをあなたごときが倒せる訳などないでしょう!? さぁ、お前達! 早くそいつを殺しなさい!!」


「ギギ……?」


「ギ……イィ……?」


「ガッ……! ギャギギ……ギギイィ……??」


 耳が聞こえなくなっているはずのホブゴブリン達だったが、何故かザーブラの命令には反応した。服従の魔法でもかけてあるのか、モゾモゾと動き出したのだ。

 しかし、闘うどころか立ち上がる事すらできなかった。身体を起こしては倒れ、また起き上がろうとしては倒れるを繰り返している。

 まるで、泥酔しているかのようだった。


「な、何をしているのです! さっさと立ちなさいっ!!」


「だから無理なんだって。薬で筋肉は強化できても、器官は強化できないんだから」


 掌で圧縮した空気を左右の耳から同時に打ちこみ、鼓膜と三半規管を破壊する。結果、平衡感覚を失った身体は、立ち上がる事ができなくなる。

 ぱっと見ダメージがあるようには見えないホブゴブリン達の身体は羽虫(はむし)(なか)から喰い千切られ、修復不能な程に壊れているのだ。


「あいつらは諦めて次を出せよ。ないってんなら、今度は……」


「!!?」


「お前が壊れる番だ」


「……っく!!」


 ザーブラの目を真っ直ぐに見据えた。そのまま視線を逸らさずに歩み寄る。

 明確な殺意が引き連れてくるのは、濃厚な死の気配――抵抗する(すべ)を持たないチビガリのおっさんが次に取る行動など、一つしかない。


「ラ、ラグリス! 何をボケッとしているんですかっ! あいつを殺しなさいっ!!」


「えぇっ!? むむ、無理っすよ! ありゃバケモンだっ!!」


「元はといえばお前が原因でしょう! 責任を取りなさい!」


「で、でも、この怪我じゃあ……」


「怪我などどうでもいい! 刺し違えてでも殺しなさい! でなければわたしがお前を殺しますよ!?」


「そ、そんな……」


「いいから行きなさいっ! お前も! お前もっ!! 全員でかかりなさいっ!!」


 完全に腰が引けているラグリスと部下達を焚き付け、ザーブラはくるりと背を向けた。そのまま、扉の向こうに姿が消える。


「逃がすかよっ!」


 玄関までの階段を駆け上がった先に、顔面蒼白のラグリスが突っ立っていた。目を見開いたその顔は、死人そのものだった。


「邪魔だっ!!」


 勢いを殺さずに跳び、横っ(つら)に回し蹴りを一発。死に損ないが視界から消えた。

 ザーブラがいれば奴隷は解放できる。こいつはもう、用なしだ。

 邸内に駆け込むと、巨大なシャンデリアが玄関ホールを照らしていた。中央で左右に別れ、二階へと続く階段の下、左右に一つづつ扉がある。片方に入っていくザーブラが見えた。

 後を追った先は、ダンスホールのような空間だった。月明かりが差し込むだけの薄暗い室内に、足音が二つ響く。

 距離はすぐに縮まった。なびくマントを掴み、力任せに引っ張った。


「はひゅっ!!?」


 奇妙な声を発しながら、ザーブラが後ろに倒れた。磨かれた床に背中を打ちつけ、呼吸もできず悶絶している。

 しかし、状況に気づいた途端、息も切れ切れに這いずり始めた。


「追いかけっこは終わりだ」


「かはぁっ……! かっ……! はっ! はぁっ! はあぁっ!! ま、待て! ちちちょっと、待ってくれ!」


「何を待つんだ?」


「お、落ち着いて、わ、わたしの話を、聞いてくれ!」


「落ち着くのはお前だろ。茶番はいいから、早く奴隷を解放しろよ」


「その件なんだが、ど、どうだ? お前、わたしの部……」


「お断りだ。生きていう事を聞くか、首を(ひね)られるか。選べ」


 にじり寄ると、ザーブラが尻で後退り始めた。汗と恐怖でベタついた顔は、ただただ無様だった。


「ま、待て! 待てって! 金はいくらでも払うから!」


「いらないよそんなもん。早く選んでくれ」


「いい、一生遊んで暮らせるんだぞっ! 貴族のような暮らしをさせてやる! 奴隷も好きにしていいから! 殴ろうが蹴ろうが犯そうが切り刻もうが何をしてもいいっ! 死ぬまで嬲っても許されるんだ! わたしは権力者なんだから! お前も仲間に入れてやる! どうだ! 悪い話じゃないだろ? なっ! なっ!?」


 ため息が漏れた。

 なんだってこの手の連中は、自分の価値観が世界共通だと思ってるんだろうか。

 他者の苦痛を喜びにする、真性の変態野郎(サディスト)に、まともな人間が共感できる訳などない。性癖と脳味噌を腐らせたゲスがキーキー喚く様など、醜悪以外の何者でもない。

 もう、いい。

 うんざりだった。

 さっさと踏み潰して、このゴキブリを黙らせよう。


「どこにいるんだ?」


「は、は!?」


「居場所だよ。奴隷達の」


「う、裏の、離れに……」


「分かった」


「えっ……? ……えっ!!?」


 宣言通り骨をへし折って終わらせようと、首に手を伸ばした。背を向けたザーブラが、四つん這いのまま逃げまどう。

 すぐに追いつき、後ろから頭を鷲掴みにした。


「ままま待て! 待ってくれって!!」


「後はやっとくから、消えていいよ、お前」


「やめてやめてやめてっ! たたた、助けてくださいっ!!」


「じゃ、お疲れ」


「ひいぃぃやだああぁぁぁ~~っ!!!」


 延髄に手をかけた。掴んだ頭を横に捻ろうと力を加えかけたその時――視界の隅で何かが光った。


「!!?」


 ピュンッ!


 途端に跳び退いた。

 白い閃光が一筋、小さな風切り音を残して眼前を横切った。

 目を向けた先。

 薄闇の中、まるで影のようにそいつは立っていた。


「おぉっ!! お、お前はっ!!」


 ザーブラの顔に安堵の色が浮かぶ。

 表情から察するに、用心棒のようだった。


「ここ、殺せっ! あいつを殺すんだぁっ!!」


 無言で、そいつが奥の扉に顎をしゃくった。

 慌てふためいて立ち上がったザーブラが、足をもつれさせながら逃げていく。


「まま、任せたぞっ!」


「待てっ!」


「…………」


「!?」


 追おうとしたオレの前に、ゆらりとそいつは立ちふさがった。

 夜から染み出してきた陽炎のように、音もなく、朧気な気配を纏って。

 軽そうな皮の胸当てを身につけ、妙に柄の長い剣を持った、全身黒づくめの姿――そしてその顔は、黒い面で覆われている。


「邪魔しないでもらおうか」


「…………」


 返事がなかった。

 文字通り問答無用、って訳だ。


「ならば、腕ずくで通るっ!!」


 刃物相手に素手で闘う場合、後の先を取るのがセオリーだ。つまり、先に攻撃させ、カウンターで迎撃する。

 しかし、今は時間がない。ザーブラを追う必要がある以上、時間稼ぎに付き合ってはいられないからだ。

 この時のオレは正直、侮っていた。

 目の前にいる敵を。

 力押しでなんとかなる――そう思っていたのだ。

 直後、それが甘かった事に気づかされた。




「ちっ!!」


 ()りにくい奴だった。

 押せば引き、引けばそれだけ押してくる。追えば逃げ、逃げれば追ってくる影のように。

 こちらの心理を見透かしたような闘い方は実態がまるで稀薄で、掴み所がない。

 型のない変幻自在な剣術と、さらに厄介なのが、手にしている奇妙な直剣(ショートソード)だった。

 通常の倍以上はある柄に短めの刀身がついたそれは、剣というよりも短槍(ショートランス)の改良版、といった見た目だ。

 (やいば)で攻撃し柄で防御する攻防一体の剣術は独特だった。これまで見た事のない太刀筋に、オレは翻弄されていた。


「やっかいな武器だな……」


 まずはあれを攻略する必要がある。

 小さく鋭い連撃を捌きながら、チャンスを待った。


 ピュッン!


 引きながらひたすら守りに徹していると、顔面に左の突きが飛んできた。

 躱そうと左に上体を捻り、バランスを崩した。鼻先を刃が掠めていく。


「……っく!」


「…………」


 そんな隙を見逃すような相手じゃない。体勢を立て直す前に通りすぎた攻撃が帰ってきた。伸ばした左腕を引き戻すような形の突き。柄尻が再び顔面に迫ってくる。


 かかったっ!


 よろめいたのはフェイク――大振りしたその手首を狙って、下から左の手刀を振り上げた。

 このタイミングなら入る!

 そう思った次の瞬間、激痛が走った。

 横の動きだったはずの直剣(ショートソード)が垂直に向きを変え、柄尻で手刀を落とされたのだ。


「ぐぅっ!!」


 下げられた武器は動きを止める事なく、今度は(すく)い上げるように(やいば)が襲ってきた。

 この一瞬で、こうまで攻撃の軌道を変えられるものなのか。反射神経と器用さは無論、型を持たない臨機応変な我流剣術、その技術の高さに驚愕した。


「ちぃっ!!」


 大きく上体を仰け反らせ、バク転して後方に逃れた。

 体勢を立て直すと、そいつは追撃してくる様子もなくこちらを見ていた。

 まるで、オレの反応を観察しているかのように。


「埒があかないな……」


 腹を括った。

 どうやらこれは、一筋縄じゃいかなそうだ。ナメプしてると痛い目に合う可能性がある。

 そう判断し、悪食の法印を開いた。

 右手を突っ込み、武器を取り出そうとした、その時。


「…………」


 そいつが、構えを解いた。

 そして無言のまま、ザーブラが去っていった方を指差したのだ。


「……どういう事だ?」


「扉の向こう、廊下の突き当たりに部屋がある。その先に、奴隷城の秘密が隠されている」


 無機質で感情に乏しい、機械で合成されたような声だった。

 出鼻を挫かれたオレは、気を抜く事なく右手を法印に突っ込んだままいった。


「秘密? どんな秘密だ?」


「…………」


 答えは返ってこなかった。

 再度口を開きかけると、そいつはゆっくりと後ろに下がり始めた。


「あ、おい! どういうつもりだ? お前はザーブラの仲間なんだろ?」


 やはり、返事はなかった。

 薄闇の中に溶けていくように、仮面の刺客は姿と気配を消した。

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