85・正義の味方にあるまじき
ウオオオォォォォーーーッ!!!
「ザルク・ロイ・ジャミーリア……」
突撃してくる怒声を尻目に、古代語を口にした。
手元に現れたのは、直径三十センチ程の魔法陣――魔力が満ちていくと小さな雷が爆ぜ、パリパリと音が鳴り出した。
「猛りて疾れ、地に咲く雷蛇!」
続く詠唱で、魔力を帯びた光がくねりながら四方八方に伸びる。
金色の蛇が大地に描き出したのは、巨大な死の華だった。
異変に気づいた獣どもがブレーキをかけた。
しかし、その時にはもう――
「な、なんだこ……!!?」
手遅れだった。
「雷衝蛇華!!」
ズギャアアアアァァァーーーッ!!!
「!!!!??」
バリバリバリバリバリイイィィィーーーッ……!!!
「……っぎ!!!」
「いぎゃああぁぁーーっ!!」
「あがあああぁぁぁーーっ!!!」
雷の顎が牙を剥いた。
地面から立ち昇った雷撃が容赦なく獲物を貪り、喰らう。
惨劇は、すぐに幕を閉じた。
第一陣は全滅。
残されたのは、ブスブスと煙を立てて転がる、気絶した獣どもの姿だけだった。
「!!???」
ラグリスと残った部下達は、瞬きすらせずに固まっていた。
目の前で起きた出来事を理解できずにいる――そんな表情だった。
「まだやるか?」
顔を上げ、問いかけた。
反応がなかった。
呆然と突っ立っている木偶人形どもの元に歩を進めると、やっと我を取り戻したようだった。後退り始め、我先にと逃げ出したのだ。
「うあっ……うあぁっ……!!」
「うわああぁぁぁーーっ!!」
「ばば、化け物だああぁぁぁーーーっ!!!」
口々に叫びながら通用口に駆け込んでいく姿はさしずめ、壁穴から巣に逃げ帰るネズミのようだった。
最後の一人が姿を消すと、物凄い勢いで扉が閉まった。ガチャガチャと慌てて鍵をかける音が聞こえてくる。
「お~い! ラグリス~!」
呼び掛けてみた。
無論、返事など返ってはこない。
「開けろよぉ~! 約束はどうしたんだ~?」
中からは、物音すらしなかった。
どうやら、籠城でやり過ごすつもりらしい。
「しょうがねぇなぁ……」
飛翔で侵入しようという気にはなれなかった。
派手にやっちゃあダメだと頭では分かっていたものの、ぶっちゃけ、悪どく稼いだ金でこんなふざけた屋敷に住んでるってのがシンプルにムカついた。
正面から叩き伏せてやる。そう決めていた。
幸い、誰も見ていない事だし、やるからには徹底的に、だ。
門の正面、十分に離れた場所で両手を広げ、オレはザーブラ邸訪問の準備をした。
「赤き地、深き場所に臥す煉獄の古竜よ……!」
眼前に、壁のような円形魔法陣が四層、現れた。
すぐに、一、三層目は右に、二、四層目は左に、ゆっくりと回転を始める。
「咎なる者は罪なる業を纏いて! 汝が裁きにその身を灼かれん!」
やがて、徐々に回転が速度を増すと、周囲の空気を吸い込み始めた魔法陣が燃え立つように赤く輝き出した。
ゴッ……!!
共鳴した大気が震え、地鳴りに大地が揺さぶられる。
ゴゴゴゴゴッ……!!
「ガウォール・マキシミシアン・ローロード・ルフォールド……」
ゴゴゴゴゴオォォッ……!!
「ゴルゴゼロベス・ン・ンンザ!!」
ゴオオオオオォォォォォ……ッ!!!!
終わりなき業火の大地に眠る炎の古竜、“永遠のニルヴァーン”。
高熱を纏ったその咆哮は全てを無に帰し、あらゆる不浄を祓う。
「滅界……!!」
『ギッッッ……!!!』
「破竜咆っっ!!!」
『ギシャアアアアアァァァァァァーーーッッッ!!!』
ドオオオオオアアァァァァァァーーーーッッッ……!!!!
魔法陣から召喚されたのは、ただの咆哮――息ですらない。
しかし、轟声と灼熱の嵐が直撃した正門は一瞬で溶解し、さらには塵となって消えた。
……ッッンン……ンンン……ン……
熱と埃が引き地鳴りが収まると、徐々に視界が晴れてきた。眼前に広がっていた高壁までもが、正門ごとなくなっている。
今や丸見えとなった敷地内では、だだっ広い庭のそこかしこから火の手が上がっていた。
「じゃ、お邪魔します」
一応、断りを入れ、無惨な焼け野原に足を踏み入れた。
火の爆ぜる音と焦げ臭い匂いが耳と鼻をつき、元は芝を敷き詰めてあったのであろう剥き出しの地面が、揺れる炎に赤々と照らされている。
熱と蜃気楼の中を、ゆっくり歩いた。
やがて、バカデカい屋敷の前に人影が見えてきた。
いよいよ、噂のクズとご対面、って訳だ。
近くまで行くと、屋敷の悪趣味さが一層際立って見えた。
白亜の城を意識したのが一目で分かる外観を、あちこちに置いてある彫刻品とドぎつい原色の花々、さらには無駄の多い装飾が台無しにしている。
しかもそのご自慢の飾りつけも、呪文の影響で大半が無惨な姿になっているのだ。
広大な庭がなければ吹き飛んでいただろうザーブラ邸は薄汚れ、さながら、安っぽい映画のセットみたいな有り様になっていた。
「ずいぶんと、ふざけた真似をしてくれましたねぇ……」
草花や硝子片の散った正面玄関の前、巨大な扉を背にそう語りかけてきたのは、ガン首並べた悪人ヅラを従えた男だった。
肩まである金髪をカールさせ、チョビヒゲを生やした細目はいかにも酷薄そうで、小悪党特有の狡猾さが顔に滲み出ている。
痩せぎすの身体に、白を基調とした貴族風の装いとマントがまるで似合っていなかった。
「あんたがザーブラか」
「ええ、そうです」
問いかけに、細い目をさらに細めてザーブラが答えた。
まるで、こちらを値踏みしているかのような、気持ちの悪い目つきだった。
「ちょっとお邪魔させてもらってるよ。おたくの飼い犬に用があってね」
「これだけの事をしておきながら、ちょっと、ですか」
「呼んでも応えてくれなかったんでノックしたら、門がなくなっちゃったんだよ」
肩をすくめてそういうと、ザーブラの眉がぴくりと動いた。
冷静を装ってはいるが、瞳には明確な殺意が渦巻いている。
「……話は聞きましたよ。わたしの奴隷をよこせとおっしゃっているらしいですね」
「よこせなんていってないよ。解放してくれればそれでいい」
「同じ事ですよ。で? それをわたしが承知するとでも?」
「あんたがどういおうと関係ない。これは、オレとラグリスの問題だ」
「関係ないという事はないでしょう。所有者はわたしなのですから」
「それはおたくらの都合だろ? オレは約束通り、そいつに奴隷を解放させるだけだよ。そのために来たんだからな」
いいながら指差すと、ラグリスが怯えながら後退さった。
肩越しにちらりと後ろを見たザーブラが、再びオレに目を向けてきた。
「正義の味方にでもなったつもりなのでしょうが、このやり方は感心しませんねぇ。まるで、強盗ではないですか」
「そもそも、正義の味方になったつもりなんてないからな。薄汚い奴隷商人相手なら、このくらいでちょうどいいんじゃないの?」
「薄汚い? このわたしが? あなた、どこを見ておっしゃっているのですか?」
「顔」
「……なんですって?」
「顔だよ。貧相なカマキリみたいな、その顔。腐った人間性でべったり汚れてるじゃん」
顎で差してやると、ザーブラの顔面が赤く染まった。
やがて、小刻みに震え始めた口から出てきたのは、お約束通り。
「貴様あぁぁ……」
悪党の本性だった。
「あれ? もうキャラ崩壊しちゃったの?」
「下手に出てりゃ調子に乗りやがってええぇぇ……!」
「貴族の真似事はどうしたんだよおっさん。つっても……」
醜く歪む顔を嘲笑ってやりながら、オレはいった。
「成金のカマキリにしか見えなかったけど」
「殺してやるっ……! おいっ!!!」
青筋を立てたザーブラが、背後に向かって声を掛けた。巨大な扉がゆっくりと開いていく。
現れた三つのシルエットが、炎に照らされて徐々に姿を露にしていった。
重量級の足音と共に中から出てきたのは――
「ギギッ……!!」
「ギイィィ……!」
「グ……ル……グルルルル……!!」
巨大な人型の怪物――ゴブリンだった。
二メートルはあるサイズからすると、ホブゴブリンだろう。全身に鎧を纏い、それぞれが手にした大剣と大斧、大金槌から凶悪な気配を放っていた。
「キキキ……細切れの肉片にしてやるぞ小僧ぉぉ……」
「お前……ペットの趣味も悪いなぁ」
「その減らず口がいつまで続くか、たっぷり見せてもらおうかぁ!」
「こっちはたっぷり付き合うつもりなんてないんでね。すぐ終わりにさせてもらうよ」
「殺せえぇっ!!!」
「ゴアアアァァァッッ!!」
ザーブラの合図で、三体が同時に突進してきた。
オレは大きく後ろに飛び退いた。
怪物達から距離を開け、再び、雷蛇の顎を呼び出した。
「雷衝蛇華!!」
バババババババババッッ……!!!
三つの巨体に雷撃が走る。
詠唱を破棄した分、範囲を狭める事で威力が落ちないようにしていたため、効果は十分なはずだった。
しかし――
「……グッ!!」
「!!?」
「グルアアアァァァァッ!!!」
「う……わっ……!!」
ドオオォッ……ン!!
三体の突進が止まる事はなかった。まるで意に介した様子もなく武器を振り下ろしてきたのだ。
バク転して背後に躱すと、地面が大きく抉り取られていた。
思った以上の怪力と、何より呪文が効かなかった事に驚いた。
そんなオレを見たザーブラが、勝ち誇った顔でいった。
「キヒャヒャヒャヒャ! そんなチャチな呪文など効きませんよぉっ! こいつらにはねぇっ!!」
「……なるほど。そういう事か」
どうやらホブゴブリン達が身につけている鎧には、対魔法用の効果があるようだ。
雷衝蛇華を食らってノーダメって事は、かなり上等なアイテムなんだろう。
「さあぁ! これでお得意の魔法は使えませんねえぇ! どおぉするんですぅ!?」
「効かないんじゃあ仕方ない。使わずにぶちのめすわ」
「まぁだそのような強がりをいえるんですねぇっ! いいでしょう! お前達! こいつの口を引き裂いておあげなさいっ!!」
「ガアアァァァッ!!」
ブオオォォーーーッン!!
「おっと」
ゴゴオォッッ……ン!!
水平に薙ぎ払われた大剣を跳んで避け、こめかみに左右の回し蹴りを叩き込んだ。
ぐらついた巨体が後方の一匹にあたり、揃ってバランスを崩す。
残った一匹が両手持ちで大斧を振り下ろしてきた。
タイミングを計り、左肘をカウンターで蹴り抜く。
ビキイィッ!!
「ギィッ!!」
右回し蹴りが直撃すると、左手を離した大斧が大きくよれ、顔面ががら空きになった。
「ふぅっ!!」
ゴッッ……!!
「ガギャッ!!」
人中――鼻の下、口との間にある急所に足先蹴りを叩き込んだ。
顔を押さえてたたらを踏んだ隙にとどめを入れようとした、その時。
「ゴアアァァァーーッ!!」
「!!?」
ズズウゥゥーーッン!!
大金槌が上から襲ってきた。間一髪で後方に跳び退く。
見ると、地面に大穴が開いていた。
「あっぶねぇな……」
埋まった武器を引き抜こうとするホブゴブリンの動きが、一瞬止まった。
体制が整う前に距離を詰めた。
「この野郎!!」
ゴッ……!!
顎先に、左の正拳を一発。
脳を揺さぶられた巨体が前に傾いた。
半ば意識の飛んだ無防備な顔面、そこに――
「しぃっ!!」
ベキイィィィ……ッ!!
カウンターの上段右回し蹴り。
鼻骨の砕ける感触が膝まで突き抜け、鼻血を吹き出したホブゴブリンが後ろに倒れた。
二匹を仕止め、とどめを刺し損ねた一匹に目を向けると、右手一本で大斧を振り回しながら突っ込んでくる。
バックステップで避け続けていると、業を煮やしたのか、得物を振り上げた。一歩前に出て刃を躱し、腕を取る。
沈めた腰に巨体を乗せ、一本背負いの体勢で跳ね上げた。
「おおぉぉっ!!」
ゴオオォォーー……ッン!!
そのまま、逆さに浮いたホブゴブリンを頭から落とした。
受け身も取れず、硬い地面に脳天から落ちたのだ。さしもの化け物も、無事ではすまないだろう。
「ふぅ……」
立ち上がり、三匹の状態を確認する。
ぴくりともせずに転がる巨体が三つ。どうやら、片付いたようだ。
さて次は、どんな手で来るんだ?
そう思いながら目を向けると、青ざめ、驚愕している……かと思ったザーブラが、ニタニタと笑いながらこちらを見ていた。
そして、不審がるオレに嘲笑うような口調でいった。
「なかなかやるじゃないですか。デカい口を叩くだけの事はありますねぇ……」
「いや、次はお前の番なんだけど、余裕こいてていいのかよ」
「はああぁぁ? わたしの番?なぁんの事か分かりませんねえぇっ!!」
「ギィッ……イ……」
「ギル……ルルル……」
「……ん?」
「ギイィルルルアアァァァーーッ!!!」
「!?」
まるで、ザーブラの煽り文句が合図だったかのようだった。ダウンしていたホブゴブリン達が起き上がり、吠えるように奇声を上げ始めたのだ。
目を血走らせ、涎を垂らした形相は、明らかにさっきまでとは様子が違う。
「これは……」
「残念ながらこいつらには打撃や剣も効かないんですよぉっ! なぜなら! 痛みも疲労も感じない身体なんですからねぇっ!!」
「強化個体……魔法がかけてあったのか」
「魔法ぉ? 違いますねぇ! これは奇跡です! 神の聖水がもたらした大いなる恩恵なのですよおぉっ! もっとも!!」
にたぁり……と、薄気味悪くザーブラは笑った。
「まだ実験段階なので、すぐに壊れてしまうのが玉に瑕ですがねぇ」
信じられない事に、その顔は嬉しそうだった。
生体実験をしている事が。失敗して、生物が命を失う事が。嬉しくて愉しくて仕方がない。
そう思っている表情だった。
「神の聖水……まさか……」
嫌悪感が沸いてくる一方で、猛烈に嫌な予感がした。
痛覚を麻痺させ、疲労を忘れる神の水――それの正体がなんであるかなど、馬鹿にでも分かる。同様に、出所がどこなのかも。
「そんなヤバいもんにまで手を出してんのかよ、あの教団……」
「さあぁ! おしゃべりはここまでです! 殺れ、お前達っ!!」
「ギギルルルアアアァァァーーッッ!!!」
文字通り、狂ったように武器を振り回しながらホブゴブリン達が襲いかかってきた。
口から泡を吹きながらデタラメに攻撃してくる狂乱ぶりに、ダメージが残っている様子はなかった。
むしろ、動きも力も数段上がっている。
「……あれ?」
連続して繰り出される波状攻撃を躱す内、気づいた事があった。
言葉になっていないはずのホブゴブリン達の声が聞こえてきたのだ。
『犯ス! 女! 犯ス犯ズ女犯ズズオ“ォンナ“ア”ァァ犯ズ犯スズズズズヴゥゥ……ッ!!』
『オドゴ殺セ殺セオドゴ殺ゼ殺ゼエエェェェーーッ!!』
『ゴココオ”ォォ殺殺殺殺殺殺オ”オ“ォォォォーーッ!!!』
グラスから貰ったスキルの効果なんだろう。しかし、言葉が分かった所で狂気と殺戮本能以外、何も伝わってこなかった。
恐怖も痛みも感じない狂戦士なんて、まともに相手をしていたらキリがない。
連続攻撃の隙をついて、思い切り後ろに跳び退いた。反応した三匹が、直ぐに追いかけてくる。
「キィ~ッヒャヒャヒャヒャヒャッ!! 逃げられはしませんよおぉ~~っ!!!」
「逃げる気なんてねぇよ」
構えを解き、腕をだらりと垂らす。
眼前に迫った狂戦士達が振り下ろす三つの狂刃とザーブラの歓喜、そしてスキルの発動が重なった。
「ギリイ“イ“イィィィィーーーッ!!!」
「ヒャアァ~~ッ! 死いぃ……!」
「瞬速」
パパパッ……!!!
「……ね……」
ッッッアァァ……ンンン……!!
「…………え?」
何かを叩いた音が聞こえ、ホブゴブリン達の身体をオレがすり抜けた。
その程度しか認識できなかっただろう。
常人の目では、瞬速の速度についてくる事は不可能だ。
「極武蜃氣流、掌技。羽虫風牙」
背後で、巨体が倒れる音が三つ、同時に聞こえてきた。
ザーブラと部下達が目を見開き、口をあんぐり開けたまま固まっている。
「三連」
まるで、白痴だった。
あのマヌケ面が現実を受け入れるには、もう少し時間が必要だろう。




