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81・王国の死と使徒

「これはおそらく、どの世界でも同じだと思うんだけど……」


 そう、マリリアは切り出した。

 ジョッキから一口飲み、正面を向いたままで話し始める。


「世に影響力のある宗教団体が必ず持ってるものがあるの。なんだと思う?」


「教義と偶像、カリスマ性のある指導者と、後は……」


「信心深いたくさんの信者……でしょうか?」


「確かにそういった要素は必要ね。でもそれだけじゃ限界があるわ。膨らむ事はできても、地位を磐石にする事はできない。極端な話、権力者に目をつけられでもすれば、あっさり潰されちゃうからね」


 確かにその通りだった。

 宗教団体に限らず、後ろ楯を持たずただ大きくなった組織が邪魔者として排除された例は、人類の歴史を見ても推挙に(いとま)がない。


「じゃあ、そんな不安要素を取り除くためにはどうしたらいいか。簡単よ。力を持てばいいの」


「つまり、武装すれば、って事?」


「あからさまにやったんじゃ、相手に大義名分を与えちゃうでしょ。暴力を備えた宗教団体なんてそれこそ、危なくて野放しにしておけないからね」


「では、力というのは……?」


「財力よ」


「財力?」


「そう、お金。自衛用に私兵団を組織するもよし。権力者に配って取り入るもよし。これほど便利な力なんてないでしょ? 影響力のある宗教団体って、必ずといっていい程、溜め込んでるものなのよ」


 潤沢な財力にものをいわせれば、大抵の無理が通るものだ。

 事実、巨大化した宗教の教祖や代表者の中には、金で買ったコネを巧みに使って時の権力者と蜜月の関係を築き、(まつりごと)に口を出している者もいる。

 使いようによって盾にも矛にもなり、場合によっては己を滅ぼす毒にもなりうるのが、『金』が持つ魔性なんだろう。


「で、例に漏れず、彼らも持ってるの。お布施と称して信者達から集めたお金を」


「でもそれって、信者から集めたってだけだろ? 奴隷は関係ないんじゃない?」


「それが、おおありなのよ。そもそも宗教って、心の安定剤みたいなものでしょ? 現世にある不満や不安、不遇から救われたい人達が最後の拠り所にするのが信仰なんだから。つまり……」


 そこまでいって、マリリアはこちらに顔を向けてきた。

 さっきまでの軽さが影を潜めた、妙に大人っぽい表情だった。


「不幸な人ほどハマるのよ。それこそ、藁にもすがる思いで。どうにもできない現実から救われたい、そして、来世こそは幸せになりたい。その一心でね。じゃあさ、最も虐げられている不幸な人達って、誰だと思う?」


「奴隷、ですか……」


「そう。心身共に弱ってる奴隷なら、勧誘しやすいでしょ。そこに目をつけたの。ただし、これまでの環境じゃ信者にしてもあまり意味がない。だって、奴隷には人権もなければ、お布施にできるお金もないんだから」


「そうか……だから、法律を作って……」


 ゆっくりと、マリリアは頷いた。


「要は、“奴隷”を“住民”に昇格させる事で、自由に使える時間とお金を与えたの。今までは鎖に繋がれていただけの奴隷達だからね。究極の世間知らずな訳よ。外に出てきた所でちょっと親切にするだけで簡単に洗脳できるでしょ。それに、人間扱いされる様になれば集団になった時の世間に対する影響力も段違いだからね。結果、獲得した大量の信者と彼らが運んできたお金を使って、教団は大きくなっていった」


「奴隷達を救うって名目で世間の支持を得て、同時に信者と金も集めたって訳か。なるほどね」


「良くできてるでしょ?」


「ああ。考えた奴はきれるな」


 ただ胡散臭いだけじゃない。国全体を巻き込んでの壮大な計画を練れる頭脳を教団は持っている。

 そういった役割を担う者がいるという事は、組織としての地盤が固まっていると考えていい。


「思ったより厄介な相手かもな……」


 オレが呟くと、顎先を軽く撫でながら、グラスがいった。


「しかし、よく法案が通りましたね。奴隷商人達からの反発はなかったのでしょうか?」


「もちろん、あったわよ」


 マリリアが肩をすくめた。

 再び前方に身体を向け、腕を組んだ。


「最初から想定してたんでしょうね。きっちり根回しして、押さえ込んだわ」


「どうやって?」


「奴隷商人の元締めみたいなのがいるのよ。教団はまず、そいつを味方に引き入れた。で、反対する連中を黙らせたの。ほら、ギルドに乗り込んできたモヒカン達いたでしょ?」


「あぁ、確か……ガラン、だっけ?」


「そう。あいつらの飼い主。ザーブラっていってね。最低のクズよ」


 嫌悪感を丸出しにしながらマリリアはいった。

 名前を口にするのも不快だとばかりに、深い皺が眉間を捩っている。


「でもさ、そいつにとっても法律が施行されるのは不都合なんじゃないか? なんで協力したんだろう」


「教団のバックには大臣がいるからね。繋がりを持てれば色々とおいしいじゃない。事実、ザーブラに関しては、法律が適用されてないみたいだし」


「え? じゃあ、今まで通りやりたい放題って事?」


「そう」


「しかしそれでは、住民達から反発が起きるのではないですか?」


「反対してた奴隷商人達の中でも強硬派だった連中がね、消えたの。一人残らず。理由は分かるでしょ? そんな事を平気でやる奴なのよ。関わりたいなんて誰も思わないでしょ」


 消えたのが街からなのか、あるいはこの世からなのか。

 マリリアの反応から見えてくるザーブラの人物像を考えれば、どちらなのかは想像に(かた)くない。


「そんなのを野放しにしてる大臣ってのも、相当に悪どいな……」


「ザーブラ、教団、大臣。黒い繋がりは、いずれ全てを蝕んでいく。腐った血を運ぶ血管が、少しづつ伸びていってるのよ。そうなる前になんとかしないと、カロンはもちろん、リーベロイズまで汚染されちゃう」


 そういいきったマリリアの横顔に、よぎったものがあった。

 憎悪、義憤、そして、焦燥。

 普段のおちゃらけた様子からは想像もできない、それは、激しい感情だった。


「国はどう思ってるんだろう?」


 魂を救済する平和の使徒であるはずの宗教が、その実、五大国のひとつを滅ぼしかねない“死徒”であったとしたら――国家間のパワーバランスを崩壊させる危険すらある猛毒が存在している事になる。

 その事実に、王国が気づいていないはずはなかった。


「……」


 わずかに間が空いた。

 話す事を躊躇っているように見えたマリリアだったが、意を決したようにこちらを向き、声を潜めた。


「実はね……マスターが王都に行ってたのも、ある人とこの話をするためだったの」


「会議じゃなかったのか」


「それもあったんだけど、メインはこっち。中央も三者の繋がりは問題視しててね。今後の対応についての話し合いは以前から進められてたらしいわ」


「では、教団に対してなんらかの動きがあるのですか?」


「それが、すぐには動けないのよ。というのも前に一度、反大臣派の貴族がヘマしてね。ろくに下調べもせずザーブラの屋敷に乗り込んで、不正の証拠を見つけようとしたんだけど空振りでさ。大騒ぎになった事があったの」


「動きに勘づいて証拠を隠したのか」


「そ。リーク元はもちろん、大臣よね」


「どちらにせよ、状況証拠だけじゃのらりくらりいい逃れされるのがオチだ。決定的な物証を見つけないと、叩けないよな」


「また厄介な事にこの大臣ってのが実力者でさ。派閥も抱えてるから、迂闊に動けないんだって。しかも、その一件以来さらに用心深くなっちゃったんで、証拠集めも進んでないらしいの」


 (まつりごと)の世界で大臣にまでなった男だ。当然、国中に情報網を張り巡らせる位の事はしているだろう。


「出世する悪党ほど、小心で猜疑心が強くて注意深いからな」


「そんなの相手じゃどうしても慎重になる必要があるから、動かす人員は最小限にしないといけない。だから余計に難しいのよ」


 一息ついたマリリアがジョッキを傾ける。

 残りの酒を喉に流し込むと、思い出したようにいった。


「あ、この事はくれぐれも内緒にね。どこにスパイがいるか分からないから」


 グラスと揃って頷く。


「それにしても、随分と色々知ってるんだな」


「ギルドの受付なんてやってるとね、情報は入ってくるものなのよ」


「教団対策の話は、ヴェルベッタさんから聞いたのか?」


「うん」


「ジェイミーさん達は知ってるの?」


「わたしの他にはティラしか知らないはずよ」


「なんでお前にだけ話したんだ?」


「そんなの決まってるじゃない。わたしの力が必要だからでしょ」


「ヴェルベッタ様には、素性を話してあるのですか?」


「ううん。あなた達以外、誰にもいってない」


 矛盾だらけだった。

 仮に神だと打ち明けたとして、ヴェルベッタがそれを信じたなら頼るのも分かる。

 しかしそうでないなら、マリリアに話すのはただリスクを抱えるだけの愚行だ。

 とてもじゃないが、重大な秘密を共有できる相手じゃない。


「普段のお前を知ってるヴェルベッタさんが協力してくれだって? それはないだろ」


「はぁ? なんでよ?」


「いや、なんでって……ねぇ?」


 同意を求めると、グラスがすまなそうに頷いた。


「は、はい……」


「あなた達、わたしの実力を舐めてるでしょ? 本気になったらそれはもう、すんごい事になるんだから!」


「確かに、悪い意味ですんごいのは分かっちゃいるんだけど……」


「あ? なんかいった?」


「い、いや、こっちの話だ」


 ヴェルベッタは馬鹿じゃない。事の重大性を考えれば、仲がいいから何となくで話していい内容じゃないのは分かっているはずだ。

 ならばマリリアにここまで情報を与えたというのは、どう考えてもおかしい。

 特別な理由があるのか、あるいはこいつが嘘をついているのか。

 今は、判断ができなかった。


「もうひとつ、訊いていいか?」


「なに?」


 そしてこれもまた、考えても分からない疑問だった。


「なんでそんな重要な話をオレ達にしたんだ?」


 会って数日の相手に流していい情報じゃない。そのくらいの分別はあるだろうに、少し躊躇しただけで話したのには、何か理由があるんだろうか?


「……さぁ。分かんない」


 僅かに考えた後、首を傾げながらマリリアはいった。

 本気でそう思っている顔だった。


「分かんないって、お前……」


「特に理由はないわね。ただ、なんだろう……話しておくべきだと思ったのよ」


「それだけ?」


「うん。あなた達は知っておいた方がいいと思ったの。わたしの正体と、この国が抱える闇を。それが、リーベロイズの為になるって」


 オレ達に何かを感じ取ったんだろうか。真っ直ぐに見つめてくる顔に浮かんでいたのは、勘や当てずっぽうなんかじゃない。

 それはまぎれもない、“確信”だった。


「ま、要はさ、これからもヨロシクって事よ!」


 しかし、そんな表情を浮かべていたのも束の間、すぐに普段の調子を取り戻してマリリアはいった。

 オレの肩を遠慮なくバンバンと叩きながら。


「同じ転生者同士、ね!」


「いてててっ! 痛いって!」


「さぁ! 飲み直しよっ!」


「おま……まだ飲むのかよ……」


「当たり前じゃない! 今夜は朝まで行くからねっ! 親父さぁ~……」


 バアァーーンッ!!


 マリリアが手を上げたのと同時だった。壊れそうな勢いで扉が開き、男達が四人、入ってきた。


「クソッタレがっ! やってらんねぇぜっ!!」


 怒声を店内に響き渡らせながらドカドカと向かった先。三人の先客で埋まっているテーブルの前で、先頭の男がいった。


「どけ」


 誰も動かなかった。揃って驚愕したまま、固まっている。


「さっさとどけや! ぶち殺すぞっ!!」


 それを見るなり、男が椅子を蹴りつけた。飛び上がりそうな勢いで、三人が一斉に席を立った。

 手前の一人を突き飛ばすと、男がどかっと椅子に座った。残る男達も席につく。

 相手が悪いと悟ったんだろう。慌てた三人が親父さんのいるカウンターへ早足で向かった。


「お、親父さん。これ、お代……」


「あ、ああ。すまないね」


「いや……」


 それだけいって、そそくさと店を出ていく。


「おら、親父ぃっ! さっさと酒持ってこいやっ!!」


「は、はい! ただいま!」


 怒鳴りつけられ、慌てて準備する親父さんを見ながら、誰にともなくオレはいった。


「なんだ、あいつら。随分と偉そうだな」


「さっき話したでしょ。クズ野郎の子分達よ」


 鼻の頭に皺を寄せ、マリリアが吐き捨てた。


「あぁ、ザーブラの。 なるほど、やりたい放題みたいだな」


 背中越しに見てみると、お世辞にも品があるとはいえない連中だった。

 身につけている物はそれなりに値が張っていそうだったが、それがかえって成金のチンピラ感を助長している。


「近寄らない方がいいね、ありゃ」


「はい。周りの方々も、避けてらっしゃるようですし」


「お前のいってた通りだな。あんなもん、関わりたいヤツなんて……」


「あっ!!」


 同意を求めたその時だった。

 何かを思い出したような顔でマリリアが声を上げた。


「ど、どうした?」


「忘れてたぁ~……」


「何をですか?」


「ビーノの件の始末書と報告書……出してなかったあぁ~!!」


 あれほど絞られ、なおかつ減給まで食らったにも関わらずこの有り様だ。

 こいつのどこに神様の要素があるんだろうか?


「マズいマズい! またジェイミーにどやされるわっ!!」


 いうが早いか席を立ったマリリアが、早口でまくし立てた。


「そんな訳で仕事に戻るから後は二人で飲んでて! お代はわたし持ちでいいから! おつかれっ!!」


「お、おぅ、おつか……」


「親父さぁん! ゴメン! 今日の分はツケといてっ!」


 それだけいい残し、返事も待たずにマリリアは店を出ていった。


 しっかし、あいつは……


「静かに別れるって事ができねぇのかよ……」


「いつでも元気なのは、マリリアらしいですけどね」


「その元気も、使い所を間違えてちゃあねぇ……」


 呆れながらそういうと、グラスが小さな笑みを浮かべた。

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