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78・ロメウという名の男

 称賛の歓声から一転、ギルド内で上がった驚きの声を、あるいは外の人達も聞いたかもしれない。

 何事かと思われそうだったが、この後の混乱(カオス)を見たなら、一大事が起きたものと勘違いしただろう。


「ど……どういう事なの、ルキト……?」


 ゆっくりこちらを向いたヴェルベッタは、物凄い形相をしていた。

 吊られて全員が、一斉にオレを見る。


「ど……どうって……訊きたいのはこっちのほ……」


「言葉通りの意味じゃ。どうもこうもなかろう」


 なんでもない事のような顔をしたビョーウが、燻っていた火に燃料を投下したのはいうまでもない。


「この浮気者おおおぉぉぉ~~っ!!!」


「う、浮気者ってなんすかっ!!?」


「まさか……もうヤッちまったのか……!! 」


「何いぃぃっ!? 仕込み済みだあぁっ!!?」


「ちち、ちょっとまっ……!!」


「テンメェ! パーティー組んでるのをいい事にそんな羨ましい真似を……!!」


「こんな美人をコマしてやがるたぁ羨ま…_ふてぇヤロウだっ!!」


「坊やだと思ってたら、以外に手が早いのねぇ……」


「ビ、ビョーウ様が……汚されて……ビビビ、ビョーウ様が……っ!!」


「ま、待て待て待てっ! 話が飛躍して……!!」


「まさか……ルキトとビョーウがそんな関係だったなんて……」


「そんな関係じゃねぇよっ! なんで納得してんだお前はっ!!?」


「はっ!? ひょっとして……」


 何事かを思いついたような顔が、グラスの方を向く。

 何故か全員が口を閉じて固唾を飲む中、絞り出したような声でマリリアがいった。


「グ……グラスとも……?」


 つかの間、ギルド内が静寂に包まれる。


「ふふ……ふっ……!!」


 リアルに、血の気が引いた。


「ふざけんなこのゲスがあああぁぁぁぁぁーーっっ!!!」


「地味な(ツラ)して下半身は派手かコノヤロウっ!!」


「そっちも二刀流かよクソがっ!!!」


「ここ、こ、こんな清純な、女神様みたいなグラスさんの純潔まで、けけ、け……汚しただとおおおぉぉぉ~~っ!!!」


「ち、ちが……! 話を聞いて……」


「二股とは……最低だな……」


「意外と節操がないんですね、ルキトさん。見損ないました」


「なんでそうなるんですかっ!」


 クソラノベ特有の知能低下(デバフ)でもかかっているのか、あの聡明なジェイミーとティラですら連中の暴走を鵜呑みにしている有り様だった。


 ホントにマジで、どうしてこうなった。


「キチンと説明しなさいよルキトっ!!」


「せ、説明って何をっ!?」


「わたしという恋人がありながら二人も愛人をつくるって、どういうつもり!?」


「誰が恋人だ誰がっ!!」


「き、貴様……わらわの知らぬ間にグラスまで……」


「真に受けるんじゃないよお前もっ! 今朝といってる事が違うじゃねえかっ!!」


「こ、こいつ……開き直ってやがるっ!!」


「困ったからって逆ギレかっ! おぉん!?」


「このハーレムヤロウがっ! 一人でオイシい思いしやがって!!」


 グラスとビョーウの見た目が起因しているんだろう。勘違いからの嫉妬は、止まる所を知らなかった。


 このままいったら本当に袋叩きにされかねないぞ、これ。


「この二人の内から一人を選ぶなんてできないよねぇ……うん……分かるわぁ……」


「そこっ! いらん共感しなくていいっ!!」


「まぁ、二股はマズいけど、ヤッちゃった事は仕方ないわね。ここは素直に認めて、ごめんなさいしときなよ」


「これ以上話をややこしくするなお前わああぁぁぁっ!!」


 したり顔のマリリアにツッコんだ所で、ようやく気がついた。

 グラスからのアクションがない事に。

 恐る恐る様子を伺ってみる。

 すると――


「………………」


 フリーズしていた。


「ちょっ……グラス!? グラスっ!!」


 呼びかけても反応がない。肩を揺すっても微動だにしない。まるで、魂がすっぽり抜けでもしたかのように。

 オレのいい分は聞いてもらえず、当のグラスがこの調子で、ビョーウに至ってはあの有り様だ。

 つまり。


 誤解を解く手段がない。


 八方塞がりの状況に愕然としていると、あちらでは新たな問題が発生していた。


「そもそも、子供って何よっ! そんなの押しかけ女房じゃない!!」


「わらわとルキトは誓約(せいやく)を結んでおっての。子を作る事は決まっておるのじゃよ」


「はぁ!? 誓約(せいやく)で結ばれるなんておかしいわ! 愛のない結婚じゃ、ルキトが可哀想よっ!!」


「愛情など後でどうにでもなるわ。それとも、わらわはそんなに魅力がないかえ?」


「ぐっ……!」


 ヴェルベッタとビョーウの間で、女(?)の闘いが勃発していたのだ。

 今のところ、ビョーウが優勢。

 しかし、ヴェルベッタには援軍が控えていた。


「引き下がっちゃダメよマスター! ガンバって!!」


「おおよっ! ルキトにたぶらかされてるビョーウ様の目を醒ましてやってくれっ!!」


「このまま放っておいたらグラスちゃんも毒牙にかかっちまうぜっ!」


「あんたが頼りだヴェルベッタさん! カロンギルドマスターの力を見せてくれっ!!」


「ヴェールベッタ! ヴェールベッタ!」


 ヴェールベッタ!! ヴェールベッタ!!!


 いつの間にやらヤロー共の興味が、ビョーウとヴェルベッタの争いに移っていた。

 そしてそれを一番に煽っているのがマリリアっていう、良く分からない展開になっている。


「そ~れヴェールベッタ! ヴェールベッタ!!」


 てか、あいつ……完全に面白がってやがるな……。


「お主らがいくら騒いだ所で覆す事などできはせぬ。無駄な足掻きはやめておくのじゃな」


「ぐぬっ……!!」


 しかし、数の暴力などどこ吹く風とばかりに、ビョーウが涼しい顔を崩す事はなかった。

 これにはさしものヴェルベッタも、打つ手がない様子だった。


「い、色仕掛けでルキトの気を引こうなんて不潔よ!」


「必要なのは、欲しい者を手にしたという結果だけじゃ。過程などどうでもよい」


「そんな手を使って得た愛なんて嘘っぱちだわっ!!」


「それも、どうでもよいな。肝心なのは始まりではない。最終的にルキトがわらわを愛してさえいれば何も問題はないのじゃからの」


「ひ、開き直るつもり!? この泥棒ネコっ!!」


「好きにほざいておれ。綺麗事を並べた所で、わらわに勝てねばお主はルキトを得る事はできぬ。いうたであろう? 敗北は無価値じゃと。所詮、価値なき者が手に入れられる物などありはせぬのじゃよ」


「むっ……きいいぃぃぃぃ~~っっ!!」


 あぁ……あれは、ダメだ……。


 いや、何がダメって、ブレーキ役が誰もいないって所が致命的にダメだ。

 登場人物全員がボケ倒してたんじゃあ、まともな方向に話が進む訳がない。

 頼りのジェイミーとティラですら、呆れ顔でただ見ているだけだった。

 こんなん、収集がつくはずもない。


「なんだ、モテモテだな、おい」


「えっ!?」


 あまりの混乱(カオス)に目眩がしそうな気分でいると、突然、横から声がした。

 驚いて顔を向けた先、そこにいたのは――


「いやぁ~羨ましいねぇ。オレもあんなべっぴんにいい寄られてぇもんだ」


 初日にマリリアの事を教えてくれた例の男だった。




「大人しそうな顔してなかなかヤルじゃねぇか。見直したぜ、ルキト」


「あんた……」


「そういや名乗ってなかったな。オレぁロメウってんだ。よろしくな」


 そういって、ロメウはニヤリと笑った。


「あ、ああ、こちらこそよろしく。ゆっくり話してられる状況じゃないけど」


「女に取り合いされるなんざ、男冥利に尽きるってもんじゃねぇか。もっと喜べよ」


「よければ、変わりましょうか?」


 鬼の形相でビョーウに食ってかかるヴェルベッタに顔を向けたロメウだったが――


「……いや。遠慮しとくわ」


 こちらに向き直った時には、表情がなくなっていた。

 思わず、ため息が出た。


「あれ、どうすればいいと思います?」


 無駄だろうと思いつつ訊いてみた。

 返ってきたのは、両手を広げて首を振るリアクションだけだった。


「ですよねぇ……」


「ああなっちまったら女は無敵だ。男に出来る事なんざねえよ。強いていやぁ、腹を括っとくくらいか」


「冤罪もいいとこなんだけどなぁ……」


「女相手じゃあ、試合ほど上手くはやれねぇってか?」


「闘ってた方がよっぽど楽ですね」


「さっきの見せてもらったぜ。いい試合だった。素の闘いなら階級(ランク)も三つ上がりゃあ上等かと思ってたんだが、四つとはな。おかげで今夜の酒代、スッちまったけどよ」


 悲観した様子もない、陽気な口調だった。

 聞き逃しそうになった言葉が気になり、訊いてみた。


「素じゃなかったら、いくつ上がってたと思います?」


「ブタ箱まで落ちてたんじゃねぇか?」


「……は?」


 意味を捉えかねているオレに、ロメウはいった。


「試合とはいえ、ギルドマスター殺しちまったらお縄だ。階級(ランク)もクソもねぇ」


「そんな物騒な。人を殺人鬼みたいに……」


「お前ならできんだろ? マジで()る気になったらよ」


 潜めた声は、トーンがひとつ落ちていた。

 空気が張り詰めた。

 警戒心が頭をもたげてくる。


「あんた……」


「ま、んな真似するバカじゃねぇってのも分かってるけどな」


 しかし、軽い口調でロメウがいうと、気のせいだったかと思えるくらいあっさりと緊張感が消えた。

 迂闊だった。

 まさか、最後のあれを見抜かれていたとは思ってもみなかった。

 緩みかけた警戒心を再度引き締めた。


「ああ、心配しなくていいぜ。バラすつもりはねぇからよ。訳ありなんだろ? 身体張って冒険者やってる嬢ちゃんの頑張りを無下にするのも忍びねぇしな」


 顔に出たんだろう。

 フォローするようにいうと、ロメウは固まっているグラスに目を向けた。

 しかし、本人からの反応がないと、まじまじ眺めた後、不思議そうな顔をした。


「あれ? なんか、動かなくなってねぇか?」


「……いや、ちょっとあって。なんでもないんで、気にしないでください」


「ならいいんだが。今の装備も悪かねぇが、ドレスも良く似合ってたよな。たまにはあれで来てくれよ。目の保養になる」


「伝えておきますよ」


「はは、そうか。ま、よろしくな」


 短く笑ったロメウが、オレの肩をポンと叩いて背を向けた。小さく手を振ってそのまま歩き去る。


「…………」


 つくづく、不思議な男だった。

 言動と雰囲気の緩さに反して、底の方には油断できない何かが見え隠れしている。

 その正体がなんなのか。

 束の間考えてハッとした。


 ――ドレスも良く似合ってたよな


「!!?」


 あわてて振り向いた。

 ロメウの姿は、どこにもなかった。




「分かったわっ! 勝負よ!」


 ヴェルベッタの声で現実に引き戻された。あちらでは、今だいざこざが継続している。

 と、いうか、むしろややこしくなっているようだった。


「勝負じゃと?」


「勝った方がルキトを獲るの!」


「いいじゃろう。受けるいわれなどありはせぬが、お主の実力に免じて相手をしてやろうではないか。後で吠え面かくでないぞ?」


「そっちこそ、泣きを見ても知らないからねっ!!」


「おぉいっ!! 何を勝手にそんなこ……」


「なになにっ!? 今度はビョーウと勝負するの!?」


 オレの制止を遮ったマリリアが、この展開に速攻で食いついた。

 しかし、そこは流石にジェイミーとティラが止めに入る。


「待ってくださいマスター。いくらなんでもそれは……」


「留守中の仕事が溜まっています。そのような事をしている時間はありません」


「止めないでちょうだい! 女には引いちゃいけない時があるのよっ!!」


「いえ、そもそもマスターは女性ではな……」


「えぇい、お黙りティラっ! さぁ、勝負よビョーウちゃん!!」


「くく……ここでは狭そうじゃの。場所を変えるとするか」


「いいわっ! ついてきなさいっ!!」


 案の定、説得は不発だった。ジェイミーとティラが顔を見合わせてため息をついている。

 問題児同士のシンパシー。

 ヴェルベッタがマリリアと気の合う理由が分かった気がした。


「待っててね、ルキト! 必ず取り返してあげるからっ!!」


「ち、ちょっと……!」


 オレの返事を聞きもせず大股で扉に向かうヴェルベッタの後を、優雅な足取りでビョーウが追う。

 その腕を取り、引き止めた。


「おい! やめろって!」


「心配するな。殺しさえしなければ問題なかろう」


「大ありだよ! ってか、まずはオレに説明するのが先だろ! 子供うんぬんってどういう事だ!?」


「……宿で待っているがよい」


 手をゆっくり振りほどいたビョーウは、他に何もいわなかった。

 歩き去る背中にかけようとした声が、再び盛り上がるマリリア達の大騒ぎに遮られた。


「いよっしゃあっ! もうひと勝負よ!!」


「上等じゃねぇかっ! オレはヴェルベッタさんに五百だっ!」


「ボクはビョーウ様に三百っ!!」


「ど~んと行くぜ! ヴェルベッタに二千だっ!!」


「さっきの負け取り返してやるぜマリリアっ!! ヴェルベッタさんに千っ!!」


「受けて立とうじゃないっ!! ついてきなさいっ!!」


 おおぉぉぉ~~っっ!!!


 マリリアを先頭に、冒険者達が二人を追って扉に向かう。

 その背中に声をかけた者がいた。


「待て」


 ジェイミーだった。

 決して大きな声じゃない。しかし、その短い言葉には、有無をいわせぬ迫力がたっぷりと詰まっていた。


「どこへ行くつもりだ、マリリア」


「え? あ、ほら、マスターが心配だからさ、ついて行った方が……」


「必要ない。お前にはまだ仕事が残っているだろう」


「でもさ、決闘とかいってたし! 何かあったら大変じゃない!?」


「彼女はルキトのパーティーメンバーだ。無茶はしないだろう。マスターにしても同じだ。お前が行く必要などない」


「で、でもさ、でも……!」


「でもじゃない。さっさと仕事しろ」


 一ミリの隙もない口調だった。

 ジェイミーの制止をマリリアが無視できるはずもない。

 それは、皆が分かっていたようだった。


「なんだ、来ねぇのかマリリア!?」


「仕事があるんじゃしょうがないか。ガンバッてねぇ、マリリアちゃん」


「おい! 二人が行っちまうぞ!!」


「っしゃあぁっ!! 追うぜヤローどもっ!!」


 おおぉぉぉうっ!!


「ああ! 待ってぇみんなぁっ!!」


 悲痛な叫びが彼らに届く事はなかった。どかどかと足音を立てて、我先にとギルドを出ていく。

 結局、ほとんどがついて行った形になった。


「そ……そんなぁ……」


 恨めしそうに出口を見つめるマリリアだったが、ジェイミーは気にしてすらいないようだった。


「さて。業務に戻るとするか」


「困りましたね。マスターに目を通していただきたい書類が山積しているというのに」


「今日はもう戻らないだろう。明日にするしかないな」


「仕方ありません。そちらのお手伝いをしますよ、ジェイミーさん」


「それは助かる。じゃあ、まずは新規の依頼書を……」


 並んで話しながら、ジェイミーとティラは事務スペースに歩いていった。残り三人の受付嬢も、いつの間にか仕事を再開している。

 このギルドの女性陣は、揃って優秀なようだった。

 約一名を除いて。


「も~っ! なんでこんな時に仕事があるのよおぉっ!!」


「なんでってお前……まだ勤務時間なんだから当たり前じゃ……」


「先行っててっ!!」


「うおっ!?」


 顔を寄せてきたマリリアに、両肩をガッと掴まれた。

 謎の台詞と圧力に、思わずオレはたじろいだ。


「い、行く? どこに?」


「祝勝会やるから! 先に店行って席取っといて! いい!?」


「いや、それより仕事が残って……」


「ソッコーで! 終わらせるから! 行って待ってて! 分かった!!?」


「わ、分かった……」


「呑まなきゃやってらんないわっ! 今夜は朝まで行くわよっ!!」


 なんでこいつがキレてるんだろう。

 全くもって謎だったが、場所を教えてもらったオレはその迫力に押される形で、とりあえずグラスと二人、酒場へ向かう事にした。

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