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77・この素晴らしいパーティーに祝福を!

 ヴェルベッタに差し出された手を握り、立ち上がった。


 ウォオオオオォォォ~~ッッッ!!


 拍手と歓声が雨のように降ってくる。負けたのになぜか誇らしい、不思議な気分になった。


「ルキトおぉ~~っ!!」


 握手を交わしたままギャラリー達に応えていると、マリリアが全力で走ってきた。

 その後ろからグラスが小走りで、さらに後ろから、ビョーウがゆっくりと歩いてくる。


「凄い試合だったわっ!! わたし感動しちゃった!!!」


 ヴェルベッタから奪ったオレの左手を両手で握りしめた満面の笑みが、ぐいっと寄ってきた。


 いや、だから!

 近いって!!


 こちらの動揺なんて知ったこっちゃないといわんばかりに、ぶんぶんと手が上下に振られる。

 よく見るとマリリアの瞳が微かに潤んでいるようだった。


「いててててっ! 落ち着けよっ!」


「ルキト様っ! お怪我はありませんか!?」


 はしゃぐお祭り娘の背後から声が聞こえた。

 ようやく解放された左手をぷらぷらさせながら、オレはいった。


「うん、大丈夫。ちょっと腹と……左手が痛いかな」


 グラスの顔に安堵の表情が浮かぶ。そんなオレ達を、ニコニコしながらマリリアが見ていた。


「勝負に勝って試合に負けた、か。まだまだじゃの、ルキト」


 一方で、姫様のご機嫌はあまりよろしくないようだった。

 腕を組み、切れ長の目を細めてオレを見つめている。


「ああ、完敗だ。返す言葉もないよ」


「お主は昔からそうじゃ。いい加減、詰めの甘さを治さぬか」


「いやぁ、ホント、面目ない……」


「まったく……」


 苦笑いでごまかすしかなかったオレに、ビョーウが呆れ顔を返してきた。


「そのくらいで許してあげなよビョーウ。いい試合したんだからさ」


 すると、ムードメーカーのマリリアがすかさずフォローを入れてくれた。

 気がつけば当たり前のように呼び捨てにされているビョーウだったが、そこにツッコむ事はなかった。


「まぁ、よい。とりあえずルキト、ケジメをつけるがよい」


「ケジメって?」


「知れた事よ。切腹じゃ」


「はあぁっ!!?」


 これまた当たり前のように出てきた発言に、一同が揃って絶句した。あの終始冷静な顔をしていたティラですら、ぽかんと口を半開きにしている。

 今度はグラスが慌ててフォローを入れてくれた。


「ま、待ってくださいビョーウ! 試合に負けたくらいでそれはやりすぎです!」


「くらいとはなんじゃ。いうたであろう、醜態を晒したならば腹を切らせると。闘いにおいて、敗北以上の醜態があるか?」


「それではルキト様が死んでしまいます!!」


「そ、そうだそうだ! オレに死ねっていうのかっ!?」


「勘違いをするな」


「へ?」


「わらわは腹を切れというただけじゃ。死ぬ死なないはお主の好きにすればよかろう」


「選べるかっ! 普通に死ぬだろうが腹なんか切ったらっっ!!!」


「いよいよ最後となれば、わらわが介錯してしんぜよう。安心してかっさばくがよい」


 オレの肩に手を置き、ビョーウはいった。

 顔に、悪魔の微笑が浮かんでいる。


「あっ……」


 当然の事ながら、冗談をいっている目じゃなかった。


「安心できるかああぁぁぁ~~っ!!!」


 朝に引き続き、今度はビョーウを説得するはめになった。

 グラスの時と違ったのは、その場にいた全員の力を借りなきゃならなかったって事だった。




 ギルドの一階に移動したオレは、休憩スペースにいた。

 グラスの治癒魔法を受け終わり、今は冒険者達に囲まれている。

 二階の会議室では、ヴェルベッタとジェイミー、ティラが話し合いをしていた。


「ねぇねぇルキト! 階級(ランク)、いくつ上がるかな?」


 推薦人であるマリリアは、話し合いに参加していなかった。

 オレ以上に待ちきれないといった様子で、結果が出るのを待っている。


「どうだろうな。結構いい線いってたと思うけど」


「まぁたまた、ご謙遜を! ほぼ勝ちだったじゃないっ!!」


 マリリアの意見に、冒険者達が口々に賛同し始めた。


「ホント、凄ぇ試合だったぜルーキー!」


「カッコよかったわよ、ルキトくんっ!」


「ヴェルベッタさんがあんなに苦戦するのなんて初めて見たぜ! なぁ!!」


「あぁ。途中から、何やってんのか全然分からなかったけどよ」


「回って蹴る技とか出してましたよね。武術も使えるんですか?」


「うん、まぁ、ちょっとだけね」


「あんだけ剣術が使えるってこたぁ、純粋な武闘家(マーシャル・アーティスト)じゃねぇよな」


「剣と拳の二刀流か。(すげ)ぇな、お前」


「キミ、ボクのパーティーに入らないかい? ちょうど、前衛職の人を探してた所なんだ」


「ちょっと待った! こいつは俺がスカウトしようと思ってたんだ! 抜け駆けするんじゃねぇよ!」


「抜け駆けとは人聞きが悪いね。早い者勝ちだよ」


「んだと、テメェ!!」


「ちょっとちょっと! 落ち着きなよ、あなた達。スカウトも何も、ルキトにはもうパーティーメンバーいるじゃない」


 ヒートアップしかけた連中を、マリリアが止めた。冒険者達の視線が、隣に座っているグラスと、少し離れて座っているビョーウに注がれる。


「あ、ああ、まぁ、確かに……」


「ならよ、姉ちゃん達もまとめてオレんとこに……」


「お呼びじゃないよ。黙ってな、バカ」


 グラスが困ったように笑顔を浮かべ、ビョーウがつまらなそうにそっぽを向く。

 よくよく見ると、ただ単にこの二人を近くで眺めたいだけの連中も相当数いるようだった。


「それにしてもちょっと遅いな。こんなに時間かかるもんなの? マリリア」


「登録して三日で階級(ランク)アップって前例がないからね。マスターも慎重になってるんじゃない?」


「まぁ、合格は間違いないとして、問題はいくつ上がるかだよな」


「あの試合内容だからな。こりゃ、大穴あるかもしれねぇぞ?」


「四つ以上なら、マリリアちゃんの一人勝ちね」


「大穴? 一人勝ち? なんの……」


「あ~ほらほら! マスター達が来たわよっ!」


 マリリアが大袈裟に指差す方に目を向けると、こちらに歩いてくる三人が見えた。

 治癒魔法を受けて体力も回復したんだろう。ヴェルベッタの顔色と足取りは普段通りの様子だった。


「おまたせ、ルキト」


 グラスと二人で席を立った。

 ビョーウは座ったまま、遠巻きにこちらを眺めている。


「で? で? 結果はどうだったの、マスター!!」


 さっそく食いついたマリリアが目を輝かせながら催促し、すかさずジェイミーに(たしな)められた。


「落ち着け。お前がルキトよりも興奮してどうする」


「待ちきれなかったのはわたしだけじゃないんだって。ねぇ、みんなっ!!」


 おおおぉぉぉ~~っ!!


 周囲から、賛同の声が上がる。

 これにはジェイミーも苦笑いするしかなかった。


「ふふふ……すっかり人気者じゃない、ルキト」


「いやぁ……お陰さまで……」


 頭をかきながら照れ笑いするオレに、グラスが笑顔を向けてくる。

 生来陰キャのオレとしては、こういうのあんまり得意じゃないんだけどな……。


「それじゃ発表しましょうか。ジェイミー、よろしくね」


「はい」


 ヴェルベッタからバトンを渡されたジェイミーが、宣言するようにいった。


「始めにいっておく。これは、先程の試合内容を考慮した上で、ティラ、わたし、そしてマスターの三者で話し合った結果だ。よって、カロン冒険者ギルドマスター、ヴェルベッタ・ゴールドマインの名の元、正式に決定されたものとする。不服がある者は後程、異議申立書を持参の上、提出してもらいたい。理由が正当であると認められた場合のみ、再度、三者で話し合いの場を設ける」


 誰もが神妙な顔つきをしていた。

 場の雰囲気に飲まれたのか、ここにきて今更ながら緊張してきた。

 そんなオレとは対照的に、マリリアがワクテカしながらジェイミーを見ている。


「以上の事を踏まえて、決定事項を発表する。ルキトの階級(ランク)を、現状の一銅星(ワン・ブロンズ・スター)から……五銀星(ファイブ・シルバー・スター)へアップするものとする!」


 おおおおおおぉぉぉぉぉーーっ!!!


 ギルド内が歓声に包まれた。

 周りを囲む冒険者達が、驚きと興奮を伴った祝福を一斉に浴びせてくる。


「スッゲぇっ!! マジかよお前っ!!」


「一気に四階級もアップって、新記録じゃねぇのか!?」


「しかも登録して三日で(シルバー)だろ? 最速記録のオマケ付きだぜ!」


「だから審査に時間がかかったのね」


「ルキトくん、おめでとうっ!!」


「やりやがったな、コノヤロウ!」


「まさか、こんなにあっさり抜かれるなんて……」


「オレもだよ。ちと悔しいが、しょうがねぇよなぁ」


「まぁ、あの試合見ちゃったらねぇ……」


「何だよ、オイっ! もっと嬉しそうな顔しろっつぅの!」


「あ、うん……ちょっと驚いちゃってさ……」


「驚いてんのはこっちだってんだ!」


「良かったな、姉ちゃん! これでパーティーのランクもアップだぜっ!!」


「はい! ありがとうございますっ!」


「ビ、ビョーウさんも! 良かったですねっ!」


「……さんではない。様じゃ」


「あ、すすすすみません! ビョーウ様っ!!」


「ふん……」


 オレだけじゃなく、グラスやビョーウも同じように祝福されている。

 そんな中、何故かマリリアだけが大人しくしていた。下を向いたまま、微動だにしないのだ。

 真っ先に大騒ぎすると思っていたオレは、不審に思って声を掛けた。


「マリリア? どうかしたのか?」


「お……おぉ……お……」


「どうした!? 具合でも悪……」


「大穴きたああああぁぁぁぁ~~~っっ!!!!」


「うわっ!!」


 顔を覗き込もうとして、危うくアッパーカットを喰らいそうになった。

 天を仰いだマリリアが、両手を高く突き上げて絶叫したからだ。


「いよおっしゃああぁぁ~っ! 今夜は祝杯よおおぉぉぉ~~っ!!」


「あぁ! そうだった!!」


「クッソぉっ! マリリアの総取りかよ! 倍率(オッズ)は何倍だ!?」


「確か……八十六倍……」


「はちじゅ……ウッソだろぉっ!?」


「よく買いましたね、そんな大穴……」


「ふっふ~ん! このザ・ギャンブラーマリリア様を甘く見ないでよねっ!!」


「あたし達にも一杯奢りなよ、マリリア」


「おぉっ! ルキトの昇級祝いもかねてパ~っと()ろうぜっ!!」


「任せなさいって! 今日は朝までいくわよヤローどもっ!!!」


「おおおおぉぉぉぉ~~~っ!!!」


「待たんかい」


 盛り上がるマリリアの肩に手を置いた。身体がびくっと硬直する。

 ぎこちなくこちらを向いた顔が笑顔のまま固まっていた。


「大穴って、なんの事?」


「あ、ああいや、これはほら、え~っ……と……」


「何に一人勝ちしたの?」


「あの、だからさ、あの……そうっ! 軍資金よ!」


「軍資金?」


「そ、そうそう! ルキトのさ、祝勝会用にね! なんか、たまたま賭けをやってたからさ、ちょっと、買っておいたのよ!!」


「そんな事まで……オレのために……?」


「もちろんじゃない! ルキトの為にね! うん! 色々、お世話になっちゃったし! お礼代わりよ!!」


「……なぁ……マリリア……」


 両肩に手を置いて、正面から顔を見据えた。

 目が、完全に泳いでいた。


「それ……流石にムリがないか?」


「えっ!!? い、いやぁ~……ムリなんて……」


「ないと思ってる?」


「ももっ、もちろん! ないと……思っ……」


「本当に!」


「!!?」


「そう、思ってるの?」


「あ……う……」


「本気の、本気で?」


「……ごっ……」


「ん?」


「ごめんなさああぁいっ!! オイシいトコ持ってこうと思ってましたああぁぁぁ~~っっ!!!」


「おぉまぁえぇはあぁぁぁ~っ!! 始めからこれが目的かああぁぁぁ~っ!!」


「ひ、(ひふ)ぁい(ひふ)ぁいっ! (ふぉ)っぺふぁを引っふぁららいれっ……!!」


 たくましいというか、なんというか。

 転んでもただでは起きない所が、なんともマリリアらしかった。


「ひふぁふぁふぁふぁっ……!!」


「ル、ルキト様、そのくらいで許してあげてください!」


「それ以上引っ張ったら、元に戻らなくなっちゃうわよ?」


「しかし懲りませんね、マリリアさん」


「まったくだ。学習能力がないのかこいつは……」


 ティラとジェイミーの態度が、日頃の行いを分かりやすく語っている。


 ホント、キャラクターで得してるよな、こいつ……。


「いつまでじゃれついておるのじゃ」


 頬をさするマリリアをさてどうしてくれようと思いながら見ていると、いつの間にか隣にいたビョーウが声を掛けてきた。


「この程度で大騒ぎするでない。用が済んだのなら帰るぞ」


「いやいや、何いってるのビョーウ!」


 早くも立ち直ったマリリアが、いの一番にツッコミを入れる。

 色んな意味でタフなヤツだった。


「かなり凄い事なのよ、これ! 登録して数日のルーキーがいきなり四階級アップって、前例がないんだから!」


「そもそも、マスターと互角に闘えた者もいなかったからな」


「そうねぇ。奥の手まで披露しちゃったし。アレの直撃を受けて即反撃しようとした人なんてルキトが初めてよ」


 三人の賛辞に照れるオレとは対照的に、ビョーウの気持ちが動いた様子はなかった。

 ただ、腕組みしたまま、目を閉じて小さく頭を振っただけだった。


「取り敢えず階級(ランク)アップには成功したんだし、今日の所は(ねぎら)ってあげなさいな」


「……ヴェルベッタ、といったか。確かにお主はなかなかやるようじゃ。しかし、相手が誰であろうと敗北した時点で無価値じゃ。(ねぎら)いも慰めも必要ない」


「あら」


 ビョーウらしい考え方だった。正直、オレはこいつの考え方に慣れていたが、ヴェルベッタはそうじゃない。眉を片方上げながら食い下がる。


「確かに結果だけ見ればそうかもしれないけど、ルキトにも収穫はあったはずよ。闘いながらわたしの……」


「剣技を学んでおった、か?」


 ヴェルベッタの両目が大きく開いた。


「気づいてたの?」


「無論じゃ。元々ルキトは剛剣の使い手じゃからの。力を流す柔の剣技は持っておらぬ」


「ふふふ……」


 切れ長の目が、すっと細められた。蒼い瞳が冷たく輝く。


「……何が可笑しい?」


「良く知ってるのね、彼の事」


「……」


「付き合いも長いみたいだし。仲が良さそうでちょっと妬けちゃうわ♥️」


「…………」


 ビョーウから挑むような気配が消えた。

 一筋縄ではいかない相手だと悟ったんだろう。並の人間なら見つめるだけでたじろがせる魔性の瞳も、ヴェルベッタには通用しなかった。


「……当然じゃ」


 しかし、その直後。

 まるで、ごくごく当たり前の、雲がはれれば天気が良くなるとでもいっているかのようなビョーウの発言には――


良人(おっと)になる男の事じゃからのう」


「…………は?」


 さしものヴェルベッタも固まった。

 彼だけじゃない。

 この場の全員が思考と動きを止めた。もちろん、オレも含めて。

 そして――


「近い将来、わらわとルキトは子を成す。お互いを知らずして、夫婦(めおと)になどなれはせぬ」


 時間が動き出して皆が最初にしたのは、実にシンプルな行動だった。


 ええええええぇぇぇぇぇ~~~っっっ!!!!!


 絶叫が、冒険者ギルドを揺らした。

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