75・ソードマンズプライド
呼吸を、ひとつ。
真正面に構え、剣先をまっすぐヴェルベッタへ向けた。
まずは、正攻法だ。
大剣を相手にする時のセオリー通り、連撃で崩しにかかってみる。
「フッ!!」
ギンッ! ギギンッ!! ガギンッ! ブォッ! ボッ!! ギイィーーッン……!!
左斬り上げ、右袈裟斬り、左中段横薙ぎ、右中段突き、右回転からの足払い、顎先への突き上げ、兜割り。
あっさりいなされる。
「ふふ、まだまだぬるいわよっ!」
「!? それなら……!」
ギャリンッ! ブォッ! ギィンッ!ギギッン! ギャキンッ! ブンッ! ギギッン……!!
右横薙ぎ、左下段斬り下ろし、右斬り上げ、左上段横薙ぎ、右中段斬り返し、左回転からの二段突き、さらに……
ブォッ……!
ギャキイィィーーッン……!!
逆回転からの、左中段横薙ぎ。
「!!?」
やはり、通じない。
鮮やかな剣捌きが全ての斬擊を水流の中に飲み込み、掻き消してしまっているかのようだった。
「どうしたの!? それがあなたの本気!?」
「くっ……!!」
攻撃が捌かれるのを見ていて分かった。
受けた刃を、刀身の表面を滑らせるように流す事でこちらのバランスを崩し、かつ、次の一手が打ちやすい位置に相手の剣先を誘導しているのだ。
見た目に合わない繊細な剣技は確かに、流麗ですらあった。
「まだ速さが足りないか。なら……」
距離を取って仕切り直す。
そして――
ボッ!!
「!!?」
ギアをひとつ上げ、再度斬り込んだ。
ギッギギンッ!! ギギギッン! ギャギギイイィィーンッ!!!
斬擊が流されるなら、逆らわなければいい。
隙がないなら、作ればいい。
ギギギンッ! ギンッギンッ!! ガギッン! ギャリンッ! ギギッン! ギンッ! ギャリイイィーーッン!!
フェイントは使わず、受けられるのを承知で連擊に集中する。
技術で及ばないなら、それ以外――速さで凌駕すればいいだけの話しだ。
「……っく!」
ヴェルベッタの顔から余裕が消えた。
いくら達人クラスの使い手とはいえ、接近戦で直剣相手にこの長い剣では分が悪い。物理的に、回転の速さで勝る事は考えられないからだ。
このまま攻め続ければ、勝機が見えてくる――はずだった。
「やるわね! ならっ!!」
「!!?」
ガギイイィーーッン……!!
「っく……おっ……!!!」
そう思っていた矢先、受け身一辺倒だったヴェルベッタが一瞬の隙をついて攻撃を繰り出してきた。
鋭い。
横一文字に振られた刀身をカウンターに近い形で受けたため、跳んで衝撃を逃がす事ができなかった。腕を昇ってきた痺れが肩まで突き抜け、握力の抜けた手が剣を落としそうになる。
「ぐっ……!!」
慌てて力を入れ直し、柄をしっかり握った。
その隙を見逃すような甘い相手じゃない。
攻守が交代した。
ビュボッ……!!
「!!!?」
ギャリンッ! ギイィッン! ギンッギンッギイィッン!!! ギャギギンッ! ギギッ……ン!!!
まるで、高きから低きへ落ちる流水のような淀みない連擊は、速く、そして重い。
時に身体を回転させながら繰り出される左右からの一撃一撃が、受け止める度に骨の髄まで響いてくるようだった。
ただ振り回しているだけじゃない剣さばきは変幻自在に軌道を変え、攻撃に厚みと凄みがある。飛黄星の重量を感じさせない速度も、目を見張るものがあった。
「ほらほらっ! また守るだけになってるわよっ!?」
「くっ……そぅっ……!!」
ギャギギギギンッ!! ギギンッ!! ギンッギギンッ!! ギギギャンンッッ……!!
エンジンがかかったヴェルベッタは止まらなかった。さらに回転が上がり、打ち込みの速度が増す。
暴風のような乱れ打ちに、防御するのがやっとだった。
このままじゃ押しきられる。
いや、その前に、剣がもたない。
どうする!?
頭をフル回転させながらも、辛うじて受け続ける。そうしている内に、違和感を感じた。
それは普通に考えて、ヴェルベッタ程の剣士なら犯さないだろう戦略ミス――あって当然の攻撃がない事に対する違和感だった。
なぜ横薙しかしてこない?
得物の重さと勢いを利用して身体を回転させ、左右から打ち込む――大剣使いがよくやる闘い方だ。
しかしそれだけでは、一定以上のレベルに達している相手には通用しない。
ヴェルベッタの認識が、そこに及んでいないのか?
あり得ない。
では、技量が足りていないのか?
それも、あり得ない。
なら、答えはひとつしかない。
「イチかバチか……」
この推測が合っているか、否か。
確かめるには変えるしかない。
すなわち――
「仕掛けてみるかっ!」
徒手空拳という異物を入れる事で剣技の質を変え、闘いの枠を一回り広げるのだ。
ビュボッ……!!
頭上を掠めた細剣をかいくぐって、身体を大きく沈めた。斬擊が髪の毛をパラパラと舞い散らせる。
そのまま勢いをつけ、前方に一回転した。
「おおぉぉぉっ!!」
ブオォッッ!!
「!??」
胴回し回転蹴り。
目の前で相手の身体が沈めば、反射的に目で追ってしまう。その時、頭上は死角になる。真上から降ってくる蹴りには反応できない。
速度、距離、そして、タイミング。
全てがドンピシャだった。
入った!
そう思った次の瞬間、振り下ろした足に伝わってきたのはしかし、頭を蹴り抜いた感触じゃなかった。
「ふんっ!!」
ガッッ!!
「!!??」
本能か、あるいは、豊富な実戦経験によるものか。
ヴェルベッタの反射は超人的だった。そして、腕の力もまた、常人離れしていた。
「ぐっ……おおおぉぉっ……!!」
「う……わっ……!!」
全体重が乗った見えない蹴りを左腕一本で受け止め、なおかつ、持ち上げてきたのだ。
逆再生したかのように身体が後ろに一回転する。
信じられなかった。
胴回し回転蹴りを押し戻すなんて、聞いた事がない。
「じ、冗談にも程があるだろ……」
バランスを崩しながらもなんとか着地して目を向けると、ヴェルベッタが左腕を回していた。
顔には、笑みをたたえている。
「なかなかやるわね。今のはちょっと驚いたわ」
あ……ノーダメっすか……。
どうやら、腕を痺れさせる程度のダメージすら負ってはいないようだ。
「思った通りの実力ね、ルキト。あれだけ打ち込んだのに、クリーンヒットがないなんて」
「それはヴェルベッタさんも同じでしょ。今のが入らないなんて、こっちは思ってもいなかったですよ」
「ふふ……お互い、好敵手に会えたって事かしら」
表情を見て確信した。
ヴェルベッタは、何かを隠し持っている。
技なのか、あるいは戦略なのか。
予想はできるが、断定はできない。しかし、これだけは断言できる。
喰らったら、負ける。
奥の手である以上、それは必殺の一撃であるはずだ。
ましてや飛黄星から放たれたなら、例えガードできたとしても致命傷になるだろう。
そして、お互いが決め手に欠ける場面が訪れたら、必ず使ってくるに違いない。
「そうですね。でも、勝つのはオレです」
「いうわねぇ。なら、やってごらんなさいな」
チラつく脅威に注意を払いつつ、なんとか突破口を開かなくちゃならないのだ。
ここからは、今まで以上の集中力と、何より、戦術的な闘い方が必要になってくる。
「お言葉に甘えてっ!」
勝利への道を開く、最初の一手。
左手に持ち変えた直剣を、フェンシングのように突き出した。
切っ先が真っ直ぐ延びていく先。
狙いは鼻面だ。
ボッッ!!
単発の突きなんて通用するはずがない。当然、躱される。
構わなかった。
真の狙いは、上じゃないからだ。
「シッ!!」
ビシイィィッ……!
「痛っ……!!」
意識を上に向けての右ローキック。受けたヴェルベッタの膝が揺れる。
慣れない攻撃でできた隙をついて、直剣の柄尻を細剣の握り部分に叩き込んだ。
ガツッ!
「!!?」
不意打ちは功を奏し、ヴェルベッタの右腕が細剣ごと跳ね上がった。目の前に、がら空きの胴体が晒される。
逆手に構えた右掌底を鳩尾に押し当てた。
「極武蜃氣流! 掌技!」
ズッ……!
地面を掴んだ足の爪先から生み出した力を、足首、膝、股、腰、背骨、肩、肘、手首の各関節に通し加速させる事で、さらなる力を生み出す。
そして――
「破城門っ!!」
ドゥッ……ン……!!
肩ごと捻り、打ち込んだ。
衝撃が螺旋状に体内を駆け巡り、内臓に直接ダメージを与える。
「ぐっ……ぶぁっ……!!」
ヴェルベッタの身体がくの字に折れた。
下がった頭に、とどめの一撃。
真上から斬り下ろした直剣が、脳天に吸い込まれていく。
決まっ……!
た!! と思った眼前で、ふいに、消えた。
ヴェルベッタの上半身が。
「!!???」
我が目を疑う間もなく、風を切る音と共に斬擊が襲ってきた。
左からの横薙ぎ。
咄嗟に構え、受け止めた。
しかし、それは――
ギイイイィィィーーーッン!!!
「っっぐっ……!!」
ミシ……ミシミシミシ……ッ……!
「はっ……あっ……!!!」
信じがたい威力を秘めていた。
踏ん張りが通じない力の塊に、あっさりと身体を浮かされる。
巨大なハンマーで殴られたかと錯覚する程のカウンターでも腕が痺れる程度で済んだのは、ヴェルベッタの体勢が崩れていたおかげだったのだろう。
「うっ……くっ!!」
なんとか着地して目にしたヴェルベッタの身体は、大きく後ろに反らされていた。某映画の主人公が、弾丸を避けたあのシーンのように。
しかしこれは、CGでできた映像じゃない。現実の闘いだ。
そもそも、クソラノベだっつってんのにハリウッド要素を入れちゃうのは、如何なもんかと思うんだけど……。
驚愕すべきは、背中と地面がほぼ平行になっているにもかかわらず、倒れるどころか重量級の反撃をしてきた所だった。
一体、どういう体幹とバランスをしていれば、あんな真似ができるんだ?
「本当に人間かよ、あの人は……」
「ぐはっ!!」
勢い良く上半身を起こしたヴェルベッタが、咳きこむように大きく息を吐いた。何度か深呼吸をし、息を整える。
「ぐっ……はっ……はっ……はぁ……はあぁ……ふううぅぅぅ~~……」
腹部に手を当てながら向けて来た顔からは、血の気が引いている。
額に浮いた汗と相まって、ダメージの深さを知る事ができた。
「な、なんなのこれ……凄い効いちゃったんだけど……」
「オレもですよ。あの体勢から今の横薙ぎはおかしいでしょう」
「おかしいのはあなたも一緒。どうして密着した状態であんな打撃が打てるのよ」
「少々、武道をかじってまして」
ヴェルベッタが、僅かに目を広げた。
「こんな手を隠してたなんて、ズルい子。かじるどころか、お腹を喰い千切られるかと思ったわ」
「奇遇ですね。オレも今、腕を千切られそうになったとこですよ」
軽口を叩き合っている内に、腕の痺れが収まってきた。
それはヴェルベッタも同様だったのだろう。
さすっていた手を腹から離した時には、顔色が幾分ましになっていた。
「そろそろ決めちゃわないと、放っておいたらまだ何か出てきそうね」
「同感です。もう十分驚いたんで、終わりにしましょうか」
「盛り上がってる皆には悪いけど、ね」
闘いが始まってからずっと、声援が聞こえていた。
それはまるで、すぐそばにありながら遠くから聞こえてくる潮騒のようだった。
マリリアやビョーウ、そしてグラスも声を掛けてくれているだろう。
期待に応えたかった。
そして、何より――
「決着をつけましょう。オレは、あなたに勝ちたい」
心の底からそう思う自分がいた。
ニヤリと笑って、ヴェルベッタが構えた。
発する剣気が濃度を増したように感じた。同時に、空気がピンと張り詰める。
「わたしも同じよ、ルキト。あなたに勝ちたい。ホント、こんな気持ちは久しぶり」
正直、試験云々はもう、どうでも良かった。
本末転倒といえばそれまで。
しかし、己が認める強者を前にした剣士が二人、共鳴し合うプライドから目を逸らす事などできるはずもない。
斬り結び、斬り伏せ、勝利する。
とどのつまり剣士なんて、それがしたいだけの人種だ。
その濃度が濃ければ濃い程、純度が高ければ高い程、己が誇りを誉れとして生きていく。そして、そんな生き方になんの疑問も抱かない。
つまり――
「馬鹿ですよね、オレ達って」
「そうね。だから素敵なんじゃない?」
ルキフルやゴズメスと同じって事だ。
息を吸い、吐いた。
大きく、そして深く。
気づけば歓声が止んでいた。
皆、感じているんだろう。
この闘いに決着が近づいている事を。
切っ先を向ける。
前へ。
「それでは、行きます!」
「ええ、いらっしゃい」
そして――
「いざ、尋常に……」
「勝負よっ!!」
たったひとつの、勝利へ。




