6・四天王と闘ってみた
最初に動いたのはルキフルだった。
速い。
身体ごと消えたかと思うと、次の瞬間にはリーダー格に裏拳を放っていた。
ゴガアアァァンッ!
デカい岩を叩きつけたみたいな衝突音が、衝撃波と共に広がった。
おお、意外にやるな。
オレは、素で感心した。
ルキフルの魔法で傷ひとつ負っていない防御力と、あれだけスピードの乗った一撃に反応してガードした、敵に。
上半身は水牛のような角を生やした獅子の頭を持つ赤黒い人間。下半身は獅子の身体。ケンタウロスのライオンバージョンみたいなヤツだった。
ルキフルの拳をガードしている右腕と全身の筋肉は、尋常じゃない。
「グハハハハッ! イキがいいじゃねえか人間! おい、ザイン! こいつ、俺が貰うぞ!」
「ふっ……好きにしろ」
ザインと呼ばれたリーダー格は、薄笑いを浮かべている。焦げ跡すらついていない顔に。
身体に似合わない動きを見せたデカブツもさることながら、ルキフルの拳が受け止められると瞬時に判断して微動だにしなかったあいつの実力も、侮れない。
「喜べ小僧! このゴズメス様が遊んでやらあ!」
「ふん。相手を選んでじゃれつけ、ドラ猫が!」
「い~いツラだ! 捻り潰してやりたくなるぜっ!」
「我には捻り潰す気などない。塵に変えてくれるわ!」
ルキフルが力任せに右腕を振り抜いた。それに合わせて、デカブツが横に飛び退く。すぐに追いかけ、足を止めての殴り合い。
二人揃って、空間が壊れちゃうんじゃねえかってくらい衝撃波を乱発しまくっている。
なんとも分かりやすい、戦闘中毒同士の絡みだった。
ところでルキフルよ、スローライフはどこにいった……?
って、わりとリアルなツッコミを入れながら眺めてたら、蒼い炎の槍が目前に迫ってきた。
「おっと」
バキイイィー……ン……!
右手を突き出し、受け止めた。四散する炎の向こうで、ザインがニヤつきながらオレを見ている。
なんともまあ、悪役らしいお顔だこと。
目の端に、触手をかわすノエルと、無数の針を弾き飛ばすレイの姿が写った。
どうやら、対戦相手は決まったらしい。
互いに目配せし、三方に散った。オレにはザインがついてくる。
十分に距離を取った所で待ち構えていると、追いついて来た。
「追いかけっこは終りか?」
「このくらい離れればいいだろ。お前もすぐに終わらせてやるよ」
「ふふふ……確かに、イキがいい人間共だ。ゴズメスがはしゃぐのも無理はないな」
肩越しに背後を見ながらいったザインの遥か後方で、今度は爆発が連続して起こっていた。少し遅れて爆発音が聞こえてくる。
あれ、はしゃいでるのデカブツだけじゃないよなぁ……。
地面に降り、改めて向き合った。
黒い長髪をオールバックにした、肌が異様に白い正装した貴族――いわれなければ人間にしかみえないザインだったが、放たれる気配のドス黒さは、明らかに人じゃない。
「さて、それではお手並みを見せてもらおうか」
腕を広げたザインの爪が長く伸びた。
ここまでの攻撃を見る限り魔術師タイプだと思ってたんだけど、肉弾戦もやれるみたいだ。
オレは身体の前で両腕をクロスさせた。
左右の腰の位置に小さい魔方陣が現れる。手を突っこみ、抜いた刃を両手に構えた。
『絶刃の双剣』。
十本の爪が相手じゃロングソードは相性が悪い。盾を使った守りながらの闘い方だと、手数で押しきられてしまう可能性がある。
手数は手数で相殺する。
ならば速さ重視の双剣がベストだろう。
飛翔が使えた事といい、どうやら魔法・スキル・アイテムはなくなってはいないみたいだ。
「なかなかいい剣だ」
ギギギギギギギギギギィィンッ!
目の前で声が聞こえると同時に打ちこまれた。一本の爪で一撃。一呼吸、十連撃。
捌いた流れで右の剣を横に薙いだ。ザインが沈めた頭に下からのカウンター、左斬上。残像。左の死角から突きが飛んでくる。上体を反らして交わした。
ボヒュッ!
風切り音が鼻先を掠めた。のけぞった勢いを利用して右足を振り上げた。狙いは後頭部。ザインは上半身が突っこんでいる。さらに、死角になる背後からの回し蹴り。この体勢ではかわせない。
入った。
そう思った瞬間、右足が空を切った。
後ろ。
そのまま身体を回し、背後に向き直った。鼻先に、左の突きが迫っていた。身体を捻ってかわす。右の突き。左の剣で上に流した。開いた上半身に、カウンターの右五連突き。左の爪だけで全て弾かれた。
「覇ぁっ!」
「!!」
とっさに頭を沈めた。頭上を何かが掠めていく。背後で爆発音が聞こえた。不可視の念動力、といった所か。呪文じゃなくて、スキルのようなもんだろう。
左右から爪が迫ってきた。後ろに跳び退く。
「光弓穿空!」
置き土産の呪文がザインの身体をすり抜け、地面に穴を穿つ。右。目で追った。追撃姿勢のまま、ザインがピタリと動きを止めた。
「ほう。ついてこれるのか。なるほど、人間の動体視力じゃないな」
腕を組んだザインが、僅かに目を広げた。
オレは確信した。
あれだけハッキリ見える残像を残せるなんて、大したスピードだ。
こいつは魔術師タイプじゃない。万能型だ。
今の攻防で見せたスピードは、魔力で強化したものじゃない。にもかかわらず、オレの動きを上回って見せた。武闘家並の身体能力を持っている証だった。
「ふむ。では、難易度を上げるとしようか」
両手をぶらりと垂らしたザインの身体が揺らめき始めた。
たちまち、無数の残像で視界が埋まる。滑らかで無駄のない動きだった。
「虚影爪殺幻舞!」
四方から、爪が一斉に襲ってきた。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギンッ!
百ほどの攻撃が、ほぼ同時に襲ってくる。捌ききった瞬間、次の百。以後、その繰り返し。
太刀筋は、直線だけじゃなく曲線も描き、四方八方から立体的に飛んでくる。
しなやかで変幻自在。並の使い手じゃあ、死んでから細切れにされたと気づくレベルだ。
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギンッ!
執拗に、爪が打ちこまれてくる。
ん?
ひょっとしてこれ、キリがないやつ?
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギンッ!
受けるのが精一杯――そう思われているんだろう。攻撃が緩む気配も終わる気配もなかった。
仕方ない。ギアを上げるか。
「高速!」
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボッ!!
高速移動のスキルで、全ての爪をかわし続けた。
ザインの眉間に皺が寄る。
不機嫌そうな顔までいくつも見えるなんて、色々とたちの悪い技だ。
「これを全てかわすとは、貴様、本当に人間か!?」
「よくいわれるよ!」
動揺がザインの足捌きを乱れさせた。一瞬の隙。身体を沈め、半円を描くように大きく足払いを放った。
「くっ!」
無数に見えていた足が地面を蹴る。残像が消える。予想通り、足がついていなければあの技は使えないようだ。
「瞬煌四連刃!」
ガギギギギイィンッ!!
放った四本の太刀筋が、ザインを捉えた。そのまま後ろに吹き飛び、着地する。
「ぐっ……う……!」
なんていっちゃあいるけど、どうせダメージなんてありゃしないんだろ?
「貴様……人間の分際で……わたしの身体を……!」
ゆらりとザインが立ち上がった。普通にノーダメで。
しかし、醜く歪んだ顔がドス黒く染まっている。両目が血走っている。
身体は斬れなかったが、違う所がキレたみたいだ。
小手調べは終了。
さて、ここからが本番だ。