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67・女神の微笑み

 間一髪で難を逃れたオレ達は、小高い丘の上にいた。

 担いでいた二人を降ろすと、ようやく一息入れる事ができた。


「っっはあぁぁ~……! 重かったあぁ~……」


「お疲れ様です、ルキト様」


「グラスもね。怪我はない?」


「はい。大丈夫です」


 ――この程度の荷物でへばるとは……情けない奴じゃ


 小さく頭を振りながらビョーウがいった。当然のように、息一つ乱してはいなかった。


「男二人抱えて飛んでたんだぞ。無茶いうなよ」


 ため息まじりに逃げてきた方を見ると、岩山の崩れる音と振動が伝わってきた。もうもうと昇る土煙が、崩落の規模を物語っている。

 図らずも、ビョーウがいっていた『山ごと消す』という言葉が現実になっていた。


「やっちまったな。巣どころか、山ごと討伐しちゃったよ……」


「マリリアにどう説明しましょうか」


「あった事をそのまま伝えるしかないね。こいつらの証言と合わせれば、信じてもらえるんじゃない?」


「だとよいのですが……」


 四人組は目を覚ます気配がなかった。

 あの鳴き声には、何か特殊な効果があったのかもしれない。


「彼らはどうしますか?」


「放っておこう。ケガは大した事なさそうだから、自力で帰れるでしょ。しっかし……」


 無言でいるビョーウを横目で見ながら、オレはいった。


「誰かさんのお遊びのせいで、大事(おおごと)になるぞ。これなら、最初からグラスと二人で闘えばよかった」


 ――助力を乞うておきながら、随分ないいぐさではないか


最初(ハナ)から本気を出してりゃ瞬殺だったろうが。わざわざ暴れさせるバカがいるかよ」


 ――指定がなかったものでの。殺りたいように殺ったまでじゃ


「ったく……」


 デカいため息を吐くオレに、グラスが苦笑いを向けてくる。

 やんちゃ坊主に向ける母親のような、包容力のある表情だった。


「まぁ、いいや。で、ビョーウ。オレは何をすりゃいいんだ?」


 ――ほぅ。早速約束を果たす気か。感心じゃの


「さっさと済まさなきゃ、お前を『あそこ』に帰せないだろ」


 ――帰るつもりなどないぞ?


「……は?」


 即座に否定され、思わず間抜けな声が出た。


 ――何を(ほう)けた顔をしておるのじゃ。そもそも、わらわの貸しは今この場で返せるような物ではない


「帰らないって……え? お前、ナーロッパに居続けるつもり?」


 ――無論じゃ


「バカいうな。オレが術式を解除したら、強制的に返され……」


 ――それはない。これほど魔力に満ちた世界であれば、お主の力がなくとも存在し続けられるのでな


「え! そうなの!?」


 声を上げながら見たグラスの顔には、困惑した表情が浮かんでいた。


「召喚された対象が魔力を吸収して実体を保てる高位の存在であるならば、ナーロッパの魔力供給量なら十分に(まかなえ)えるはずです。皇魔六帝が力を蓄え続けているのと同じ理屈です」


 ちなみに、ビョーウの種族である白鬣(はくりょう)は、精霊の最上位クラス、神霊(しんれい)に分類される。

 神話や伝承の中では、しばしば神と呼ばれる事すらある存在だった。


「て、事は……」


「ビョーウ様なら、それが可能かと……」


「マジかよ……」


 召喚しても闘いが終われば帰っていくというのが、これまでの流れだった。それが、今回に限っては残るという。

 別に、ビョーウと一緒にいるのが嫌という訳じゃなかった。むしろ、こいつが仲間になってくれるなら旅はかなり楽になるだろう。

 しかしそれには、大きな問題があるのだ。


「お前……人間界でやってけるのかよ」


 この気分屋で好戦的なワガママ姫が、格下の人間を相手に大人しくしていられるのか。

 悪い予感しかしなかった。


 ――案ずるな。わらわとて、そこまで愚かではない


「説得力ないんだけど……」


 ――要は、人間どもと(いさか)いを起こさねばよいだけじゃろうが。懸念する事のあろうはずもな……


「うわあああぁぁぁっ!!!」


「!!?」


 ビョーウの言葉を遮って、悲鳴が響き渡った。

 見ると、驚愕の表情を浮かべた剣士(ソードマン)が尻で後ずさっていた。


「モモモ、モンスター!? 起きろお前らっ! おい! 起きろっ!!」


 よりによってこのタイミングで目を覚まし、さらに仲間を起こし始める。残る三人の身体がもぞもぞと動き出した。


「……んっ……」


「ぐっ……てててっ……」


「寝てる場合じゃねぇ! 起きろって! おいっ!!!」


「何……? 騒がしいわ……」


「い”っ!?」


「!!?」


「ひっっ……!!?」


 寝惚け(まなこ)が秒で凍りついた。

 ビョーウの姿に、四人の視線が釘付けになっている。


「な……なん……モンスター!!?」


「あれ……ププ、プラチナムファングじゃない?」


「はぁっ!? バ、バカいわないでよ! 牙王種(がおうしゅ)がこんな所にいるハズないでしょ!」


「で、でも、あの白い身体って……」


「んなこたどうでもいいだろがっ! 逃げるぞっ!」


「!!? た、立てねぇ……!!」


「ひいいいぃぃぃっ……!!」


「ままま、待って! 置いてかないでえぇ~~っっ!!!」


 大混乱だった。

 まぁ、死にそうになった直後、目覚めたら今度はその牙王種(がおうしゅ)とやらに見間違う程のモンスターが目の前にいたのだ。

 冷静でいろという方が無理な話だ。


「あ~あ……どうすんだ、あれ……」


「説明して差し上げた方がよろしいでしょうか?」


「聞く耳持ってくれるかな……」


 腰が抜けでもしているのか、あるいは鳴き声の後遺症か。

 立ち上がる事もできずに、四人組は這うように逃げようとしていた。


 ――……不快じゃの


「え?」


 ぼそり呟いたかと思うと、ビョーウが消えた。

 気づいた時には、四人の眼前に移動していた。


「!!!!?」


 ――羽虫どもが。わらわに尻を向けるとは何事ぞ


「えっ!!?」


「し、喋った……?」


「何これ、頭の中に……!?」


「テテ、テメェ! 何者(なにもん)だ!?」


 ――あまつさえ、無礼極まるそのいいよう……。万死を持ってしても(あがな)えぬ愚行よ……


 すぅっと細められた目に、殺意が横切った。蒼い瞳が、いっそう冷たい光を称え出す。


「待て、ビョーウ! 手を出す……」


「くそったれがっ!」


 制止の言葉をいい終える前に、剣士(ソードマン)直剣(ショートソード)を抜いた。

 地についた手と足に力をこめ、必死で立ち上がる。


「オレ達が大人しく()られると思ってんじゃねぇぞ! 返り討ちにしてやらぁっ!!」


「なんで挑発してんだよ、バカ……」


 ――……くっ……くくく……


 案の定、一度は収まったビョーウの加虐心(かぎゃくしん)に火がついた。

 氷より冷たい笑みが、白い顔に赤い亀裂を作り出す。


 ――……くくくくく……


「な、何が可笑しいっ!?」


 ――わらわを相手によくぞ吠えた。褒美を取らせてしんぜよう……


「ほ、褒美……?」


 ――百と千。好きな方を選ぶがよい


「はぁ? 金でもくれるってのか?」


 ――斬り分ける身体の数じゃよ。百分割か、千分割か。選んでよいぞ?


「なっ……!!?」


 ビョーウが歩を進めると、空気がみるみる凝固していく。

 その言葉が冗談でも大げさでもない事は、気温そのものが下がったようにすら感じる殺気の冷たさが証明していた。


「う……あぁ……あ……」


 ――遠慮はいらぬ。どちらにするのじゃ?


 あ。

 マズい。


「ぁ……うぁ……あ……」


 ――どうした。選ばぬのか?


 あいつ、本気(ガチ)()るつもりだ。


「たた……たす……たす……!!」


 ――なれば、わらわが決めてしんぜよう……


「たすけっ……!!!」


 ――千じゃ


「ひっっっっ!!!!」


「そこまでっ!!」


 ――!?


「!!?」


 ボッッ……!!


 両腕を広げて間に入ると、風圧に顔と身体を強く叩かれた。

 眼前でぴたり動きを止めたビョーウが、無表情のまま問いかけてくる。


 ――……なんの真似じゃ?


「いったそばから揉め事起こすなよ、お前は……」


 ――わらわに対する非礼じゃ。死を持って(つぐな)うのは当然であろう


「何も、殺す事はないだろうが」


 ――虫を叩き潰すだけじゃ。殺すなどとという程ではない


「その虫と上手くやれないならナーロッパにはいられない。帰れよ」


 ――…………


 顔がつかんばかりの位置で覗きこんだ瞳から、冷たい輝きが消えていく。

 ストンと地面に着地したビョーウが、小さく笑いながらゆっくりと後退(あとずさ)った。


 ――くくく……口ではお主に及ばぬようじゃのぉ……


「そりゃそうだ。正論しかいってないんだからな」


 ――人の理屈を指して正論といい、それをわらわに押し付ける不届き者などルキト、お主くらいのものじゃ


「褒め言葉なら、ありがたく受け取っておくよ」


 ――愚か者。褒めてなどおらぬわ


 小さなため息に、軽く肩をすくめて応えた。


「さて、と……」


 振り向くと、四人組が揃って硬直していた。

 ビョーウの殺気にあてられたんだろう、竦んで動けない様は、蛇に睨まれた蛙そのものだった。

 鼻をつく刺激臭によくよく見ると、剣士(ソードマン)の股間が濡れていた。


「オレ達はこれで帰るけど、あんた達、自分で帰れるよな?」


 確認の意味も兼ねて問いただすと、自身の粗相に気づいてすらいないかのように剣士(ソードマン)が聞き返してきた。


「お……お前、なんなんだ?」


「なんなんだ、とは?」


「しらばっくれんな! そんな化け物を従わせてる一銅星(ワン)なんているわけねぇだろうがっ!!」


「っていわれてもなぁ……」


「だ、大体、どうやってオレ達をここまで……あのバカデカいラットレースはどうした!?」


「埋まってるよ」


「はぁっ!? 埋まってる?」


 無言で指差した先に、四人が揃って顔を向けた。驚愕に大きく開いた目を、これまた四人揃ってこちらに向けてくる。


「ひ、ひょっとしてあれ、お前らが……?」


「あ~……いやいや。あいつらが暴れすぎたみたいでさ、勝手に崩れてきたんだよ。で、あんたらを担いで逃げてきたってわけ」


 本当の事をいうのはやめておいた。

 根掘り葉掘り訊かれても面倒だし、何より、信じてもらえそうにもないからだ。

 現実的な答えに、四人組はいくぶん余裕を取り戻したようだった。


「そ、そりゃあそうだろ。お前らにあんな化け物を倒せるわけねぇもんなぁ!」


一銅星(ワン)にしては、ま、まぁまぁ強い方だけどね」


「この働きに免じて、あたしに対する暴言はチャラにしといてあげるわ。今度から気をつけなさいよ?」


 ……あれかい?

 クソラノベの冒険者ってのは、マウントを取らないと死んじゃう病気にでもかかっているの?


 負けん気が強いのは悪い事じゃないが、肥大化しすぎたプライドは自身の目を曇らせる。

 それは時に相手の戦力を見誤る結果を生み出し、無謀な闘いを自らに強いる事にもなる。

 この四人の場合、中途半端な経験と実績が悪い方に作用している、いい例といえるだろう。


「へっ。オレ達を運んだっつぅのもあれだろ? 偶然手なずけたこのモンスターを使っただけで、こいつがやった訳じゃねえのさ」


「あ、そっか。このボウヤにわたし達四人も運べる訳ないもんねぇ」


「だな。オレの戦斧(バトルアックス)ですら持てるかどうか微妙なヒョロガリだしよ」


「どさくさ紛れに恩を着せようなんて、随分と悪知恵の働くボウヤだこと」


 相も変わらずえらいいわれようだったが、こいつらを見ていると、頭が悪いってのも一種の才能なんじゃないかって気がしてくる。

 どんな暴言を吐かれようが、『バカだから』って理由で怒る気すらしなくなるなんて、ある意味、特殊なスキルを持っているみたいなもんだ。

 まぁ、便利ではあるが、代わりに失う物の大きさを考えると身に付けたくはないけど。

 と。

 オレ自身は呑気に考えていたんだけど、背後から感じた殺気の主はそう思っていないらしい。

 本気で止めなきゃ、今度こそあいつらが斬り刻まれる――振り向き様、オレはビョーウを制止した。


「手は出すなよ、ビョー……ん?」


 しかし、当の本人はいたって冷静だった。

 それどころか、顔を横に向け何かを見ている。

 視線の先を追うと、そこにいたのは――


「……あなた達……」


 いつの間にかオレの背後に回っていたグラスだった。


「……へ?」


「いい加減にしておきなさい……」


 俯いたままゆっくりと歩み出した女神が纏っていたのは、慈愛の光でも神秘的な雰囲気でもない。

 それは、紛うことなき“殺気”だった。


「グ……グラス?」


 ――ほぉう……


 唖然とするオレの横を通り過ぎ、グラスが前に出た。

 尚も好き勝手な事をいっていた四人組が、気づいて視線を向ける。

 途端に、表情が劇的に変化した。

 張り裂けんばかりに目を見開き、顔からは見る見る血の気が引いていく。吹き出した汗が額を伝い、身体が小刻みに震え出した。


「感謝し、手を(たずさ)え、共に生きてゆける。それこそが、人の人たる所以(ゆえん)です。他者を(おとし)める行為に腐心するのはおやめなさい」


 静かな声だった。

 ゆっくり話すグラスの表情を、後ろからでは見る事ができなかった。

 しかし、四人組の歯がガチガチと音を鳴らしている様子から、むしろ見ない方がいいだろうと思えた。


 ――純粋な殺気とは違うのぉ。まさに、神の怒りじゃ


「ど、どうしたんだ? なんでいきなり、怒って……?」


 ――なんじゃ。分からぬのか?


「分かるわけないだろ」


 ――お主……ほんに鈍いのぅ……


 まるで、空気が液体化したような重圧だった。常人なら、身動きすら取れないだろう。

 例にもれず、震えるばかりの四人を順番に見回し、グラスがいった。


(おの)が行いを見つめ直しなさい。そして猛省しなさい。過ちは犯す事が罪にあらず、繰り返す事こそが罪なのですから」


 (さと)すような口調だった。

 昂った様子のない、むしろ平坦にすら感じる落ち着いた声が、グラスの怒りを、その大きさを、返って雄弁に語っているようだった。


「ゆめゆめ、忘れる事のなきよう。よいですね?」


 四つの頭が、凄い勢いで上下に動いた。まるで、機械仕掛けの人形のようだった。

 それを見届けると、神の殺気が消えた。

 人智を越えた圧力が嘘のようになくなり、変わって現れたのは、女神の気配だった。


「もうお行きなさい」


「……ひっっ……!!」


「ひいいいいいいいぃぃぃぃぃ~~~~っっっ!!!」


 その一言に呪縛を解かれたんだろう。

 腰を抜かしていた事すら忘れているみたいな勢いで、我先にと四人組は逃げていった。あっという間に姿が見えなくなる。


「グ……」


 一瞬、気軽に声をかけていいものかどうか迷った。

 耐性のあるオレが、背後から見ていただけであるにも関わらず、握りしめた両手にびっしょりと汗をかいていた。

 それほどに、グラスが覗かせた女神の顔には、触れてはならない領域――禁忌(タブー)を犯した者に対する怒りが満ちていたのだ。


「グラ……ス……?」


「さ」


「!?」


 グラスがくるりとこちらを向いた。

 無意識に、オレは身構えた。

 しかし、そこにあったのは――


「わたくし達も帰りましょう、ルキト様」


 いつもと変わらない、女神の笑顔だった。

 オレは、身体中から絞り出すように大きく息を吐いた。

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