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66・ビョーウの世界

「なるほど……!」


 グラスの考えた手は理にかなったものだった。上手くいけば、超速再生も意味を成さないだろう。


「よし、それでいこう! 準備はどのくらいかかる?」


「効果の適用範囲が広くなりますが、一分もあれば十分です!」


「分かった。ビョーウと同時にアイツらを攻撃するから、そのタイミングでスキルを発動して」


「分かりました!」


「じゃ、行ってくるっ!」


「はいっ!!」


 グラスをその場に残し、飛翔(フライ)で宙に飛んだ。

 高速で振り回される四本の腕を落石ごと斬りまくっている所に、大声で呼びかける。


「おい、やめろっ! ストップだ! おいっ!!!」


――なんじゃルキト……騒がしいのぉ……


 やっと気づいたビョーウが、オレの隣まで引いてきた。

 薄い笑みの浮かんだ顔はしかし、獲物達の方に向いたままだった。


「このままじゃキリがない。終わりにするぞ!」


――これはまた異な事を……やめる理由のあろうはずもなかろう


「バカいうな! 生き埋めになるだろうが!」


――誰に向かっていうておるのじゃ? そのような無様、わらわが晒すとでも思うてか?


「お前じゃなくてオレ達がだよ!!」


――弱者は滅するが世の常よ。それだけの事じゃ


 すっと、白い顔がこちらを向いた。

 冗談をいっている目ではなかった。


――さて。続きといくかの。くくく……


「駄目だっ! もうよせっ!」


――黙れ。わらわに命令するでない


 ふいとそらした横顔を見て気がついた。

 こいつ、不貞腐(ふてくさ)れてやがる。


「お前……何で怒ってんだよ!?」


――知らぬ。邪魔立てするでないわ


「こん……の……やろう……!!」


 まるで聞く耳を持たない態度を見ている内、猛烈に腹が立ってきた。


「いい加減に……!!


 気づいた時には、手が実力行使に出ていた。


「しろおおぉぉぉっ!!!」


 パアアアアァァァァーー……ッッン!!!


「ギャンっ!!?」


 甲高い悲鳴と共に、白い身体が一瞬だけ真っ直ぐに伸びた。

 硬直が解けたと同時に、物凄い勢いでビョーウの顔がこちらを向いた。


――きき、貴様っ! わらわの尻を……!!


「やかましいっ!!」


――!!?


 頭を押さえつけ、ぐいと顔を近づける。

 覗きこんだ蒼い双眸は、少し潤んでいるように見えた。


「いいかっ! オレが終わりっていったら終わりだ! 四の五のいうな!」


――き……貴様のいう事など……だ、誰が……


「黙れっ!!」


――っっ!!?


「返事はハイだっ! 分かったか!!」


――へ……返事……?


「分かったのかっ!!!」


――に、人間風情が……わ……わらわに……命……令……?


「分かったかって訊いてんだろうがっ!!」


――命令……す、する……など……


「返事はどうしたぁっ!!!!」


――は……はい……


「よしっ!!」


 唖然とするビョーウの頭をぽんと叩き、正面に目を向けた。

 親鼠達は、口から泡を吐きながら尚も両腕を激しく振り回し続けている。まるで、そこにいもしない敵を追っているかのように。

 両目を見て理由が分かった。

 眼球の筋肉が、目玉を押し出してしまっているのだ。あれでは、完全に視覚を失っているだろう。

 眼窩(がんか)から溢れ出す血がべっとりと顔を濡らし、競り出した目がぷるぷるとおぞましく震えていた。


「いいか。これから作戦を話す。よく聞け」


 肉の化け物から視線を切らず、手短に説明した。

 しかし、何も反応がない。


「おい! 聞いてんのか!?」


――……ふんっ


 不審に思って目を向けると、ビョーウはそっぽを向いていた。

 明らかに()ねている顔だった。

 右手を上げ、オレはいった。


「……もう一発イッとくか?」


――きさ、貴様っ! 二度までもわらわを愚弄する気かっ!!


「いう事を聞かないお前が悪いんだろ」


――力ずくで女子(おなご)手籠(てご)めにしようとは……語るに落ちるとはまさにこの事よ……


「て……手籠(てご)めってなんだ! 人聞きの悪い事いうなっ!!」


――無理やり従わせんとしておるではないか。これが手籠(てご)めでなくて、なんじゃ?


「ぐっ……!!」


 こいつ……暫く会わない内に口が達者になってやがる……。


 女子(おなご)といわれれればまぁ、性別的には間違っちゃいないが、随分とまた凶悪な女子もいたもんだ。


「……分かったよ」


 奇声を上げながら手当たり次第に周囲を破壊し続けている二匹を、同時に倒してはじめてグラスの作戦は成立する。

 そのためには、とにかくこいつをその気にさせなければ話にならない。


「借りは必ず返す。だから、協力してくれ!」


――……やれやれじゃ……


 小さく頭を振り、仕方ないといわんばかりの顔でビョーウはいった。


――本来なら、狼藉者(ろうぜきもの)の頼みなど耳を貸す必要はないのじゃが……そこまでいうなら協力してしんぜよう。気乗りはせぬがな……


 大きく吐いたため息を、ぱたぱたと振られた長い尾が裏切っていた。

 久しぶりに会う白鬣(はくりょう)姫君(ひめぎみ)は、随分と分かりやすくもなっていた。


――今の言葉、ゆめゆめ忘れるでないぞ


「ああ、大丈夫だから安心しろ」


 応えながら、手にした直剣(ショートソード)に魔力を付与(エンチャント)し、魔法剣(マジックソード)を造り出す。

 準備を整え、ビョーウの背に跨がった。


――おい! 尻を撫でるでないっ!


「な、撫でてねぇよ!」


――もっと前に乗らぬかっ!


「後ろに乗らなきゃ(たてがみ)が危ないだろうがっ!!」


 ぐっ……メンドくせぇ……っ!!


「いいから行けっ! 間合いに入ったらオレは右、お前は左だっ!」


――ふん。振り落とされても拾ってやらぬからな!


 キュンッッッ……!!!


 次の瞬間には、オレの五体は完全に支配されていた。

 上下左右から迫ってくる鮮血の鞭を躱す動きがそのまま引力のように全身を引っ張り、凄まじい速度で視界が流れていく。

 肉を斬り裂く音は吹き出すはずの血を置き去りに、連続して次の肉に襲いかかっていった。次々と目の端に咲く(あか)紅色(べにいろ)のフィルターとなって背景を飾っていく。

 凄惨で血生臭いはずの白鬣姫(はくりょうき)の舞いは、その鮮やかさから闘いを忘れさせる魔力のような物を持っていた。

 この光景が。

 そして、この色彩が――。


「ビョーウのいる……世界か……」


 時間にして一秒にも満たなかっただろう。しかし、その刹那の時に、オレは意識の全てを飲み込まれていた。


――間合いじゃ


 恍惚すら感じた時間に失いかけていた我を、その一言で取り戻した。

 伸びきった四本の腕を躱しきり、眼前には無防備な肉鼠が二匹。


「よしっ!!」


 ビョーウの背を蹴り、右に高く跳んだ。見下ろした視線の先には、歪に変形した巨大な頭があった。


「同時に仕留めるぞ! 遅れるなよっ!!」


――ふん


 (たてがみ)を開いたビョーウが力を溜める。

 その姿は、引き絞った弦につがえられた白木の矢を思わせた。


――わらわの台詞じゃ、()れ者が!


「はああぁぁぁっ!!」


 放出した闘気を魔法剣(マジックソード)に集中させ、父さん直伝の魔力付与武器(エンチャンテッド・ウエポン)闘魔真剣(アルティメット・ソード)を造り出した。

 両手持ちで振りかぶり、大きく吸った息を止める。

 視界の隅に、身体を(ひね)るビョーウが映った。

 白刃が残像すら残さず消えたタイミングに合わせて、魔力と闘気の刃を身体ごと垂直に斬り降ろした。


蒼天星(そうてんせい)……!!」


 ズッッッ………!!


 それは、一星一閃(いっせいいっせん)の斬撃――夜空を裂いて落ちる天空の星々が、地に這う小さき者を幾層にも分断する。


流閃斬(りゅうせんざん)!!!」


 ……ゥゥゥアアアアアァァァァァーーーッ!!!!


――しゅっっ!!



 斬ッッッッッッ………!!!!!



「……ギッ………!!!」


「…………ィッッ……!!!!」



 ……ンンン……ンン…………



「どうだっ!?」


 着地したと同時に顔を上げた。

 細切れと輪切りになった親鼠達の五体は、本来の形を失って崩れ始めていた。

 しかし、それでも死なない細胞が、血が吹き出すよりも早く結合しようと蠢いている。

 だが、この瞬間にこそ勝機はあった。


「今だっ! グラスっ!!」


「はいっ!!!」


 呼びかけると同時に思い切り後ろへ跳んだ。

 同時に、眼前に出現した巨大な緑色の円柱が親鼠二匹を包み込む。

 (まばゆ)い輝きと魔力が、周囲を強烈に照らした。


「豊穣の転魂(てんこん)っっ!!!」


 カアアアアァァァァァーーーッ!!!!


 緑光(りょっこう)の奔流が、再生しようとする細胞の動きを止めた。

 本来、彼らの肉体は斬られた瞬間に死んでいるはずなのだ。それが、何かの力によって繰り返し蘇生し続けているため、魂が身体を離れない。

 ならば、強制的に引き剥がしてしまえばいい。

 豊穣の転魂(てんこん)で生命の根源を失った肉体は、緑色の光となって天に立ち昇りながら溶け、消えていった。

 それはまるで、あらゆる穢れを浄化する大地の(ゆる)しにも似た、壮大で神秘的な光景だった。


「す……すげぇ……」


 目を奪われているオレの隣で、同じく女神の奇跡を見上げながらビョーウがいった。


――……ルキト。あの女、何者じゃ?


「女神グラスだよ」


――女神……?


「ああ。で、オレの相棒だ」


――……くくっ……


 小さな笑いに顔を向けると、ビョーウもこちらを見ていた。

 蒼いはずの瞳が、緑光を受けてエメラルドグリーンに輝いている。


――お主、なんなのじゃ?


「何って……ただの人間だよ」


――神の眷属(けんぞく)と同格の人間が『ただの』か……。くくく……


「笑うような事か?」


――ほんに、見ていて飽きないのぉ、お主は


「どういう意味だよ」


――言葉通りの意味じゃ。くくくくく……


「……変なヤツ」


 やがて肉体が消えてなくなり、光の奔流もまた静かに消えていった。

 尚も残って宙を舞う光る粒子達が、白骨の姿をした狂気の残骸をゆっくりと地に落としていく。


「よっし! 勝った!!」


 振り向くと、グラスがこちらに駆けて来るのが見えた。輝く満面の笑顔で、両腕をいっぱいに広げている。


「やったぞ、グラス!」


「はい! ルキト様っ!!」


 意識する事なく自然に、オレも腕を広げていた。

 勢いよく抱きついてきたグラスと、全身で勝利の喜びを分かち合う……


――呑気に喜んでいる場合か、愚か者どもが


 はずだった。


「うぉっ!?」


「えっ!?」


 こいつが、いなければ。


「な、なんだよお前は、いきなり……」


 間に割って入られ肩透かしを食ったオレに、冷めた視線が突き刺さった。

 眉間に寄せた皺をそのままに、不機嫌な声でビョーウはいった。


――鼻の下を伸ばしておる暇があるなら、目を開いて周りを良く見るがよい


「べべ、別に、鼻の下なんか伸ばして……」


 ドオォーーッン……!!


「うわっ!!」


「きゃっ!!」


――このまま死にたいのなら好きにせい。わらわは、もう知らぬ


 今回に限っては、ビョーウのいっている事が正しかった。

 度重なる振動に揺らされて限界を迎えた洞穴が、本格的に崩落し始めていたのだ。

 落ちてくる岩が地面を揺らし、さらに落石を生み出している。


「確かにゆっくりしてる場合じゃないな。逃げるぞっ!」


 と、飛翔(フライ)で天井の穴に向かおうとして気がついた。

 流石に、見捨てる訳にもいかなかった。


「ビョーウ!」


――なんじゃ


「あいつらを助ける! 手を貸してくれ!」


 指差す先には、気絶したままの四人組がいた。

 グラスの張った結界が、辛うじて落石から彼らの身を守っている。


――下らぬ。(おの)が身すら守れぬ輩など捨ておけ


「そんな訳にいくか! 放っておけないだろ!」


――わらわをなんだと思うておるのじゃ。調子に乗るのも大概にせい!


「ぐっ……!」


 取りつく島もなかった。

 こうなってしまったら、並大抵の事では動かない頑固さをこいつは持っている。


「じゃあ、さっきのと合わせて借りが二つだ。それでいいだろ!?」


――二つではない。誓約があるというたであろうが


「ああ、もう、分かったよ! 全部まとめて返すからとにかく協力しろ!!」


 半ばやけになってオレはいった。

 この約束が、後に猛烈な後悔を生む事になるとは露ほども思わずに。


――まとめてとは大きく出たではないか。二言はないな?


「ないっ!!」


――くくく……ならば、手を貸してしんぜよう


 ビョーウの説得に成功し、グラスに指示を出した。


「グラスっ! 結界を解いて先に逃げててくれ!」


「お、お二人で大丈夫ですか!?」


「大丈夫! 任せて!!」


「分かりました!!」


 飛翔(フライ)で四人の元へ向かうと、丁度いいタイミングで結界が解けた。

 ついてきたビョーウに声をかける。


「お前はこの二人を頼む! 残りはオレがなんとかする!!」


――よかろう


 僧侶(クレリック)を背に乗せ、射手(アーチャー)を咥えたビョーウが垂直に跳んだ。そのまま、天井の穴に向かって一直線に飛んでいく。


「ぐっ……ぬううぅぅっ!!」


 残る二人――剣士(ソードマン)戦士(ファイター)を両肩に担ぎ上げた。

 流石に、完全装備(フルそうび)の冒険者二人はかなりの重さがあった。


 ドオォーー……ンンンッ……!!

 ズズズズズズ……ッ!!!

 ガンッ! ガズンッ!!

 ガラガラガラガラガラッ……!!!


 しかし、弱音を吐いている場合じゃない。踏ん張った両足に力を込め、思い切り地を蹴った。


「おおぉらああああぁぁぁぁーーっ!!!」


 飛翔(フライ)を発動し、落石を避けながら青空に向かって飛んだ。

 穴を抜けたと同時に、洞穴が崩壊する轟音と振動に背中を叩かれた。

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