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61・ゼロから始める冒険の書

「……様……」


 …………。


「……きて……さい……」


 ……?


「ルキト様……」


 …………。


「起きてください……ルキト様……」


「!!?」


「きゃっ!」


 一人もんもんと夜を過ごしたオレの朝は、飛び起きる所から始まった。

 何だかんだいって、疲れていたんだろう。いつの間にか眠っていたようだ。

 ベッドに座ったまま緩慢な仕草で顔を向けると、目の前に驚くグラスがいた。


「あ……」


「あの……おはよう……ございます……」


「う、うん……おはよう……」


「…………」


「…………」


 ぎこちなく挨拶を交わした所で、沈黙が訪れた。

 原因になった夕べの出来事に関して、触れるべきか、否か。

 迷っていると、俯き加減のグラスが恐る恐る尋ねてきた。


「あ、あの……昨日の夜の事なんです……けど……」


「あ、ああ! 夕べの事ね!」


 流石にスルーって訳にはいかなかった。内心ドキマギしながらも、平静を装いつつ、説明した。


「オレも酔ってたみたいでさ! グラスをベッドに寝かせて速攻で落ちちゃったんだよ! ひ、ひょっとしてドレスが皺になってた? そのまま寝かせちゃったのはマズかったかな! いやぁ、ごめんごめん!」


 自覚できるレベルで、平静とは程遠い早口になっていた。

 とりあえず、『速攻で落ちた』と『そのまま寝かせた』の部分を強めにアピールしておく。

 まぁ、半分は嘘なんだけど、そこは仕方ないだろう。


「ルキト様も、すぐお休みに……」


「色々あったからね、流石に疲れてて、もう、部屋に入ったらぐったりでさ、ベッドで即落ちだったよ!」


 必要以上に力説してる感じがいかにも不自然だったが、グラスは信じてくれたらしい。安堵の息を吐いて、ほっとした表情を浮かべている。


「そうですか……。すみません、わたくし、食事の後の記憶がなくて……何か、粗相があったのではないかと……」


 粗相というか、アクシデントというか、ご褒美というか、肩透かしというか。

 内容山盛りな初日の最後を飾るに相応しいイベントがあったんだけど、グラスにとってみれば、記憶がなくて幸いだったといえるだろう。


「いやいや、平気平気! 粗相なんてなかったから安心して!」


「でしたら、良いのですが……」


「それどころかさ、ちょっと飲みすぎちゃったくらい楽しかったよ。ありがとね、グラス」


「はい! わたくしも楽しかったです!」


 曇っていた表情が晴れ、朝日みたいな笑顔を浮かべてグラスがいった。

 それはまるで、一日の始まりと、新たな冒険の幕開けを祝福してくれているかのようだった。




「おはよおぉぉ~……」


 それはまるで、絶望の始まりと、この世の終わりを暗示してでもいるかのようだった。

 晴れ晴れとした気分を、どんよりと重たくも暗いマリリアが綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれた。

 表情どころか、全身を黒い雲に覆われている理由がなんなのか、考えるまでもなかった。


「お、おはよう」


「おはようございます……」


 朝のギルドは盛況だった。

 今日の仕事を求める冒険者達が、長く列を作っている。依頼が張り出されたボードの前にも、ちょっとした人だかりができていた。

 そんな中、相変わらずマリリアの受付だけは行列と無縁だった。

 地獄の底を見てきたかのような負のオーラが、閑古鳥すら寄せ付けない強固な結界になってるんだろう。

 まぁ、待ち時間がないのは助かるけど。


「昨日はぁ~……ありがとねぇ~……」


 あの後、マリリアとジェイミーの間に何があったのか。オレにもグラスにも、聞く勇気はなかった。

 とりあえず話を進めたかったオレは、その辺の一切合切をスルーして本題に入った。


「いやいや、あのくらい大した事ないよ。それで、冒険者のライセンスは作っといてくれた?」


「はいぃ~……こちらになりますぅ……」


 マリリアが差し出してきたのは、二枚のカードだった。

 表にはカロン冒険者ギルドの紋章と一銅星(ワン・ブロンズ・スター)のマークが描かれている。

 一方裏はというと、何も書かれてはいなかった。ただ、透明な砂が光沢のある樹脂? のような物でコーティングしてあるだけだった。


「名前もないし、裏には何も書かれてないけど、これでいいの?」


 疑問を口にすると、やっとお仕事モードに入ったらしい口調でマリリアがいった。


「うん、いいの。あなた達の個人情報はもう入ってるから。後は、これから実績を記録していくのよ」


「個人情報? どこにもないよ?」


「普段はね。こうすれば見れるわ。公開承認(アクセプト)


 マリリアが伸ばした手をかざしながらいうと、カードが淡く光り文字が浮かび上がってきた。名前と、契約書に書いた内容が写されている。


「何だこれ、どういう仕組み?」


「文字を記憶しておけるメルメスストーンを細かく砕いてコーティングしてあるの。書き込む事もできるけど、それにはギルドにある別の道具が必要だから、依頼をこなしたらわたしがやってあげるわ」


「身分と実績を同時に証明できる仕組みか」


「そ。画面はスクロールできるから、一枚でかなり記録しておけるわよ」


「本当だ。スマホみたいだな」


 グラスのスキルリストもそうだったけど、合理的な仕掛けっていうのは科学の世界でも魔法の世界でも共通するものらしい。


「なくさないように気をつけてね。再発行すると、それまでの実績がパァになっちゃうから」


「分かった」


「さぁ~て、と」


 ライセンスを懐にしまうと、カウンターの脇に置いてあったリストを手元に引き寄せてマリリアがいった。


「お仕事の話に入りましょうか。今日からやるんでしょ?」


「うん。いい依頼ある?」


「いくつかピックアップしといたわ」


 並べられた依頼書は獣皮紙ではなく、普通の紙だった。グラスとそれぞれ手に取り、ざっと目を通す。

 見る限り、三銅星(スリー)以上の依頼しかなかった。


「初仕事でこれって、いいの?」


「本来なら一銅星(ワン)の依頼からスタートなんだけど、どうせあなたならすぐ三銅星(スリー)くらいにはなっちゃうでしょ? だから合わせといたわ」


「それはありがたい」


 とはいうものの、どれがいいのかなんて分からなかった。

 出来れば討伐依頼がシンプルでやりやすいんだけど、そもそも、対象のモンスターがどんなヤツなのかオレは知らないのだ。


「どれがいいと思う?」


 訊いてみると、両手に持った依頼書を見ながらグラスがいった。


「時間がかからずにすむのは、討伐ですよね」


「そうだね。ややこしいのはパスだな」


「でしたら、この辺でしょうか。ルキト様ならば、どれでも問題はないと思います」


 差し出された四枚に目を通す。

 確かにどれもモンスター退治だったが、パッと見ただけで簡単に済みそうな相手ばかりだった。

 ひとつづつ受けていたんじゃ、大した稼ぎにもならない。


「ねえ、マリリア」


「なに?」


「これさ、まとめて受ける事ってできる?」


「まとめて? 四つ全部をって事?」


「そう」


「それは無茶でしょ。どれも本来なら、三~四人のパーティーでやる内容よ? ましてあなた達、二人しかいないのに」


「駄目か……」


「何よ、物足りないっていうの?」


「うん。多分これ、全部受けても一日で終わると思うんだよね」


「一日で? バカいわないでよ。モンスターが棲んでる場所はバラバラなのよ? 移動だけでも半日以上はかかるんだから」


「それも計算に入れた上で、だよ」


 マリリアが目を見開いた。無言のまま、こちらの意図を読もうとしている様子だった。

 オレの本気が伝わったのか、少しすると口を開いた。


「要は、手っ取り早く稼ぎたいって事?」


「ぶっちゃけると、そうだね」


 この街に来た目的は、白光天神教を調べるためだ。そのためには情報集めが必要だが、グラスの軍資金だけじゃ、何日持つか分からない。

 自由に動き回れる時間を確保しなきゃいけない事を考えると、少ない回数で稼げる依頼を受けるのが理想的だった。


「仕方ないわね……」


 小さく息を吐いたマリリアが、リストから新しく一枚を取り出した。


「流石にこれはキツいかなと思ってたんだけど、やってみる?」


 渡された依頼書をグラスと一緒に見てみた。

 対象の階級(クラス)三銅星(スリー)だったが、五人以上のパーティー限定との注意書きがあった。


「ラットレース討伐?」


「そう。ラットレースっていうのは、体長一メートルくらいの大鼠よ」


「そいつらを倒してくればいいって事?」


「うん。放っておくとどんどん増えちゃうから、間引きの依頼はちょくちょくあるんだけどね。ただ、これから繁殖期に入ると、凶暴化するのよ。子作りのために栄養が必要になるから。普段は作物を荒らす程度なんだけど、動物や人も襲うようになるの」


「強さはどの程度?」


「一匹づつなら大した事ないけど、集団で襲いかかってくるから注意が必要ね。それこそ、競争してるみたいな勢いで、一直線に。特に今の時期は食欲旺盛だから、問答無用で捕食行動に出るでしょうね」


「ただの間引きじゃなくて、バトルになるって訳ね。群れの規模は?」


「四十から五十ってとこかしら」


「結構いるんだ。だから五人以上なのか」


 決断を下す前に、グラスの意見を聞いてみる。


「どうだろう。これ、二人でいけそう?」


「数と速さに慣れてしまえば、対処はしやすいと思います。攻撃も牙と爪だけですので、問題ないのではないでしょうか」


「あれ?」


 返答を聞いたマリリアが、意外そうにいった。


「詳しいじゃない、グラス」


「はい。動植物や魔物については、少し勉強しましたので」


「へぇ、そうなんだ。流石は良家のお嬢様ね」


 見た目と服装から、マリリアはグラスを貴族の娘か何かだと思っているらしい。

 この世界の女神なんだから、生態系について詳しいのは当たり前ってだけなんだけど。


「よし。なら、これでいこうか」


「はい」


「オッケー。じゃ、正式に依頼受諾って事でよろしくね。あ、それとこれ、報償金が変動するから気をつけてね」


「『ラットレース一匹につき千ジル』って項目の事?」


「そう。先が二股に別れた長い牙が一本生えてるから、倒したらそれを抜いて持ってきて。その数に応じてお金を払うから」


 千ジルっていうと、日本の貨幣価値で一万円くらいって事だ。

 それが、割にあってるのかどうかは分からないけど、二、三十匹くらい倒せれば当分は生活に困らないだろう。


「了解した。行こうか、グラス」


「はい。では、行ってまいりますね、マリリア」


「あ、依頼書(これ)、持ってっていいわよ。現地までの地図とかも載ってるから、いるでしょ?」


 差し出された依頼書を受けとる事なく、オレは席を立った。


「いや、大丈夫。覚えたから」


「覚えた? 書いてある事、全部?」


「うん。全部」


「えぇ~……? ウソでしょお~……?」


 怪訝な顔をしたまま、マリリアが手元とオレの顔を交互に見比べている。

 しかしすぐにいつもの調子でいった。


「ま、あんたがそういうならいっか。それと昨日もいったけど、ちゃんと装備を揃えてから行きなさいよ?」


「分かってるって。これから武器屋に寄ってくるよ」


「うん。じゃ、気をつけてね」


 ひらひらと手を振るマリリアに見送られながら、オレ達はギルドを後にした。




 その()、まずは武器屋で装備を整えた。

 オレは、動きやすさを重視した皮の胸当てと籠手、丈夫なブーツとマント。グラスは、薄皮をなめした簡易型の軽い鎧とフード付きの白いローブ。

 武器はそれぞれ、鋼の直剣(ショートソード)と、僧侶(クレリック)用の(ロッド)を選んだ。

 一旦宿に引き返し、それまで着ていた服を置いて道具屋に向かった。

 飲み水と松明、携帯食と、戦利品を入れるための大きめの布袋を買う。

 回復薬と治癒薬は買わなかった。出費はなるべく抑えたかったので、グラスの力を頼る事にしたのだ。

 こうして、準備を整えたオレ達は、ナーロッパでの冒険者生活、その第一歩を踏み出した。

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