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59・異世界卍リベンジャーズ

 気が付けば、周りに人垣ができていた。

 四方から話しかけてくる冒険者達に複雑な気分で応じていると、グラスとマリリアの声が聞こえた。


「すみません、通してください……すみません」


「はい、ちょっとどいてぇ。道開けてねぇ」


 人垣をかき分け姿を見せた二人が、揃って駆け寄ってくる。


「ルキト様、お怪我はあり……」


「良くやったわ、ルキトっ!!」


 グラスの声を掻き消して、マリリアの第一声が響いた。

 悪びれた様子が一ミクロンもない、晴れ晴れとした顔だった。


「何よあんた、強いじゃない! 本当に冒険者経験ないの!?」


「お、おぅ……」


「身バレしちゃマズいなんていいながら派手にやっちゃってぇ! もぉう! 仕方ない相方よねぇ、グラスぅっ!」


「え、ええ……」


 肘でつつかれたグラスも、困惑している。


 いやもうこれ、どこからツッコめばいいのか分かんねぇな……。


 多数のギャラリーが見守る中、ハイテンションのマリリアは尚も一人で盛り上がっていた。

 そんな、ツッコみ迷子の事など気にもしていない暴走娘に、同じく人垣を掻き分けて現れた別の受付嬢が話しかけてきた。


「おい、マリリア。大丈夫か?」


「あ、ジェイミー。うん、わたしは大丈夫」


 赤みがかった茶髪をベリーショートにした、長身の女性だった。

 目鼻立ちのくっきりした顔と陽に焼けた肌、制服の上からでも分かる引き締まった身体から、冒険者時代は前衛職だったのだろう事が伺えた。


「は~い皆さ~ん! 本日の受付は終了ですよ~!」


「宴会の続きはお隣でやってねぇ」


「ほらほら、終わりだっての! 散った散った!!」


 すると今度は、遠くから女性の声がした。

 残り三人の受付嬢が、ギャラリー達を解散させようとしているみたいだった。


「何だよぉ! いいじゃねぇか少しくらいよぉっ!」


「キリがないからおしまいにしてください!」


「おい兄ちゃん! 奢ってやるから一杯飲()ろうやっ!」


「おぉ! 勝利の美酒は旨めぇぞぉ!!」


「だぁかぁらぁっ! 隣でやれっつってんの!」


「さあぁっ! 飲み直すわよぉ!」


「おおぉうっ!!」


「姉ちゃん達もどうだい、一緒に!」


「まだ仕事が残ってるのよ。また今度ねぇ」


 尻を叩かれた酔っぱらい達がぞろぞろと出ていくと、境にある扉が閉められた。

 一仕事終えた受付嬢達が、連れだってこちらにやって来る。


「さて。この人達どうします? ジェイミーさん」


 その内の一人がのびている連中を指差していうと、顎を撫でながらジェイミーが応じた。


「怪我の具合はどうだ?」


「ん~……出血はしてるけど、大した事ないみたいねぇ」


「こっちも、気絶してるだけだな」


 手加減はしておいたんで、大事に至ってはいないだろう。二人の返答は、それを肯定する物だった。


「なら、()っといていいよ。目を覚ましたら叩き出そう」


「了解。じゃ、あたしらは奥で書類片付けてるから」


「後はよろしくねぇ」


「ああ」


 三人がカウンターの向こうに回り、デスクにつく。

 見届けたジェイミーが顔を向けてきた。


「ありがとう。キミ達には助けられた。怪我はないか?」


「オレは平気です」


「わたくしも、怪我はありません」


「そうか。なら、良かった」


 青い瞳に安堵の色を浮かべたジェイミーだったが、マリリアに目を向けると、ため息まじりにいった。


「で? 今度は何をやらかしたんだ、マリリア」


 口調は、責めている感じじゃなかった。ただ、毎度の事に呆れてる様子がたっぷりと滲んでいた。


「やらかしたって、失礼ね。さっきもいった通り、仕事を仲介しただけよ」


「普通に仲介して、ボスが乗り込んでくる訳がないだろう」


「それは、あいつらが普通じゃなかっただけでしょ」


 肩をすくめ、のびたままのガランを目で指しているマリリアに訊いてみた。


「あのさ、ビーノに仲介した依頼って、どんな内容だったの?」


「ゴライアス・デスマスクの討伐」


「はあぁっ!?」


「えぇっ!?」


 ジェイミーとグラスが同時に声を上げた。

 ゴライアス・デスマスクとやらがどんなモンスターなのか、オレは知らなかった。

 ただ、二人の反応からは、不吉な臭いがぷんぷんと漂ってきた。


「お前まさか、西の洞窟に行かせたんじゃないだろうな!?」


「行かせたよ?」


 しれっとした顔で、マリリアが答えた。

 一方のジェイミーは、唖然として言葉を失っている。


「なぁ、グラス……」


 同じく呆れているグラスに、小声で訊いてみた。


「ゴライアス・デスマスクって、どんなモンスター?」


「肉食の巨大な人面蜘蛛です。非常に気性の荒い種で、大きい個体ですと体長が十メートルを越える場合もあります」


「じゅっ……それを討伐するって、かなり難易度高くない?」


「はい。四~五人でパーティーを組んだとしても、全員が五銀星(ファイブ)以上でなくては歯が立たないと思います」


 (シルバー)のパーティーですら苦戦する化け物の相手って、どう考えてもビーノには荷が重すぎるだろう。

 たとえ、頼りになる仲間がいたとしても、た。


「そもそもあの依頼は、受けるパーティーがいないんで凍結していたはずだ。それを……」


「仕方ないじゃない。手っ取り早く稼げる仕事をよこせってうるさいんだもん」


「他のパーティーメンバーは誰を選んだんだ?」


「誰も。ソロで行ったみたいよ?」


「ソ……ソロで行ったぁっ!?」


「うん。ほら、ゴライアス・デスマスクが脱皮した後の皮って、レア素材じゃない? 盗ってくれば高く売れるって教えてあげたら、行くって本人がいうもんだから。ソロはヤバいよって忠告したんだけどさ、どうしても独り占めしたかったみたいね」


「ひ、一人で……あの怪物の巣に……?」


「まぁ、正式な依頼内容は討伐だけどさ、皮を盗んでくるだけでもお金になるし、その程度なら平気かな~って」


 ケラケラと笑いながら、マリリアはいった。

 完全に他人事だと思っている、あっけらかんとした笑いだった。


「ちなみにさ、マリリア。ビーノはそのモンスターがどんなヤツか、知ってたんだよな?」


「ん~……どうだろ。聞かれなかったから教えてないけど……多分、知ってたんじゃない?」


 あぁ……。

 知らずに行っちゃったのかぁ……。


 このやらかしがいかにヤバいかは、流石のオレにも分かった。

 今から向かう先にいるモンスターの情報をろくに調べもしないってのも大概だが、マリリアの雑さはさらに上を行っている。

 大方、命からがら逃げ帰ってきたビーノがクレームをいいに来たまでは良かったが、口が達者なマリリアに返り討ちにあっていたのが、オレ達が見たあの場面だったんだろう。

 殺されかけた上に、リベンジすら叶わなかった子分に泣きつかれたガランが、ブチギレて殴り込んできたのも頷けようってもんだ。


 ……もう少し……手加減してやりゃ良かったかなぁ……。


 転がっている連中が、少しだけ不憫に思えてきた。

 しかしまぁ、今さらそんな事をいっても仕方がない。

 いくらクソラノベとはいえ、脈絡もなくタイムリープができる訳じゃないんだから。


「それにしても、よく生きて帰ってこれたなアイツ……」


「五体満足だったんだから、細かい事なんか気にしなくていいじゃないねぇ。まったく、小さい男だわ」


 いや、細かくねぇだろ。


 こっそり行って盗ってくるだけの簡単なお仕事のはずが、逆に命を取られそうになったのだ。

 これが細かいってんなら、世の大概の出来事が取るに足らない小事って事になる。


「とにかく、だ……」


 これでもかってくらい眉を捻ったジェイミーが、こめかみを手で押さえながら声を絞り出した。


「この事は、きちんとマスターに……」


「そうだ! ねぇ、ルキト!!」


「うぉっ!」


 そんな同僚の気持ちなどお構いなしに、目を輝かせたマリリアが顔を近づけてきた。


「今日のお礼にさ、あんたの事、マスターに話しといてあげる!」


「マ、マスターに話す? どういう事?」


「飛び級よ! 認めてもらえれば、一気に階級(ランク)が上がるかもしれないわよっ!」


「それは助かるけど……」


 勢いに押されたオレが後ずさると、その分マリリアはぐいぐいと前に出てくる。


  「決まりねっ! わたしがしっかり推薦してあげるから任せといて! ねっ!!」


 いや、顔!

 近い近いっ!


 息がかかる程に距離を詰めたマリリアからは、グラスとは違ったいい香りがした。

 どうもこの()の開けっ広げさは、小悪魔的な要素を多分に含んでいるようだ。


「あれ? どうかした?」


「い、いや、分かった。よろしく頼むよ……」


「うんっ!」


 にっこり笑って、マリリアが大きく頷いた。

 見る者の気持ちを自然と明るくする、いい笑顔だった。

 しかし。


「おい……マリリア……」


 その後ろではジェイミーが、腕を組んで顔をひきつらせていた。

 怒気を含んだ低い声には、聞く者を竦ませる静かな圧力があった。


「……え?」


 さすがのマリリアも、そこまで鈍くはなかったようだ。

 不穏な気配を感じたんだろう。恐る恐る振り向いた。

 と、みるみる全身が強張っていくのがハッキリと分かった。


「あ、じ、じゃあ、オレ達はこれで……」


 この後の展開など、見るまでもなかった。

 と、いうか。

 見たくなかった。


「い、行こうか、グラス」


「あ、は、はい……」


「ち……ちょっと……待ちなさいよ、あなた達……」


 蛇に睨まれた蛙さながらに、こちらを振り向く事さえできずにマリリアはいった。


「明日また来るから。お……お疲れ~……」


「し、失礼します……」


「待ちなさいって……ねぇ……ち、ちょっと……お願い……待ってよ……」


「お前には一度……キチンといっておく必要があるようだな……」


 今や、怒気を通り越して殺気を含んだジェイミーの声は、地獄の底から響いてきたかのようだった。

 触らぬ神になんとやら。

 ましてそれが怒れる神だっていうんだから、近づく理由のあろうはずもない。

 早急に退散する事にしたオレ達は、走りたい気持ちを押さえて競歩みたいな早足で入り口に向かう。


「ごっ……!!」


 たどり着いた扉を開け、半ば飛び出すように外へ出た。


「ごめんなさああぁぁ……っ!!!」


 バタンッ!!


 扉を閉じる直前、マリリアの声が聞こえた。

 すっかり陽の沈んだ街は、夜のネオンに照らされていた。目を覚ました歓楽街に佇み、オレとグラスは安堵の息を吐いた。




 後日――。


 この後の出来事を、三人の受付嬢に訊いてみた。

 誰も、教えてくれなかった。

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