58・ようこそ実力至上主義の世界へ
向かってくる、というより、突進してくる、といった方が正しいだろうか。
嫌がらせかってくらいドカドカと足音を立てながら、闘牛ばりの勢いでモヒカンが突っ込んできた。
「おぅコラッ! ちっとツラ貸せやこのア……」
「待ったっ!!」
機先を制するような形で、オレは右手を突き出した。
足を止めたモヒカンが、眉間に地割れみたいな皺を寄せ、覆い被さるように上から睨み下ろしてきた。
「あぁん!? なんだぁテメェ! 邪魔すんじゃねぇ!!」
「あんた、誤解してるよ。用があるのは彼女じゃない」
背後のグラスを親指で指しながらそういうと、モヒカンの顔が曇った。オレから目を逸らさず、さっきの男に声をかける。
「おい、ビーノ! どういうこった!?」
どうもこうも、お前が勝手に勘違いしてるだけじゃねぇかって話なんだけど、ここまで頭ごなしにどやされたんじゃあビーノとやらにツッコめるはずもない。
「ガ、ガランの兄貴、そいつじゃねぇです……後ろにいるピンク髪の女ですよ……」
「あ~んっ!?」
恐る恐るといった感じでビーノが説明し直すと、不機嫌そうにガランが応じた。
目線をオレ達の背後、マリリアに向け、ビーノを怒鳴り飛ばす。
「ちゃんと教えやがれ、バカヤロウッ!!」
「すす、すいやせんっ!!」
とりあえず、誤解は解けたようだった。
と、ホッとしたのもつかの間、ガランの血走った目が再度オレ達に向けられた。
「ボケっと突っ立ってんじゃねぇっ! 紛らわしいんだよっ!!」
えぇ~……。
どうもこの手の連中と話すと、言葉が出ないこのリアクションが多くなって困る。
さしずめ、こいつらが乗り込んで来た経緯を推測するに、マリリアから納得できない扱いを受けたビーノがガランにチクりを入れた、ってとこだろう。
なら、相手はギルドの受付嬢であるはずなのに、目についたってだけでグラスに手を出そうとしたのだ。
それで逆ギレされるとか、絵に描いたようなとばっちりだった。
「邪魔なんだよっ! どけやカスがっ!!」
理不尽極まりないいいがかりにドン引きしていると、苛立ったようにガランがいった。
「あぁん? どうしたどうした」
「揉め事か、おい!」
「何か、変なのが乗り込んできたみたいよ」
「おお、いいぞ! やっちまえ、あんちゃん!!」
「ん? あのデカいヤツ、どっかで見た事が……?」
「あれって、『武羅苦怒喰』のリーダーじゃない?」
「武羅苦怒喰って、闇ギルドの連中じゃねぇか!」
「あいつら、またこっちに潜りこんでやがったのか……」
「こっちに潜りこむ? 闇ギルドの人達が、仕事をしに来てたって事ですか?」
「違ぇよ。顔の知られてねぇ下っぱ送り込んで、組んだパーティーの手柄を横取りさせようって魂胆だ。お宝や戦利品を山分けするタイミングで後をつけてきた仲間に襲わせて、根こそぎガメて行きやがるのさ」
「うわぁ……最低ですね……」
「けっ! ザーブラの犬共がっ! エサさえ食えれば、何でもやりやがる!」
「ザーブラって……奴隷商人の?」
「そう。闇ギルドの連中を飼ってるのよ、あのブタ野郎」
隣で飲んでいた連中が、騒ぎを聞き付けたんだろう。いつの間にか室内にはギャラリーが増えていた。衆人環視の中、オレとガランが向き合う形になっている。
「…………」
目立たないように行動する。そう決めていた。
目的達成の為に適切な手段を選び、慎重に実行していく。それが、成功の秘訣だからだ。
分かってる。
ここは、我慢する所だ。手を出しちゃいけない。素直に頭の一つでも下げてさっさと立ち去るのが、正しい選択なんだろう。
ただし。
「……念のために訊くけど」
「あん?」
あくまでもそれは、マリリアの身の安全が保証されるならば、の話だ。
「オレ達がどいたら、あんた、何するつもり?」
「決まってんだろがっ!! あの女に分からせてやるんだよ!」
鼻息も荒くマリリアを指差しながら、ガランがいった。
「このガラン様の子分にふざけた真似しやがったら、どうなるかってのをなぁっ!!」
「そいつは見過ごせ……」
「はあぁ~っ!!?」
普通の女の子なら、竦み上がって震える場面だった。
しかし、やっぱり普通じゃないあの娘はというと、オレの言葉をさえぎって勢いよく立ち上がった。さらに、あろうことかガランを挑発し始めたのだ。
「ふざけた真似って何よっ! わたしは仕事を仲介しただけじゃないっ!」
「あれが仕事だぁ!? テメェ頭おかしいのかっ!」
「あんたにいわれたくないわよっ! バカに効く薬でも飲んできなさいよハゲっ!」
「ハッ……ハゲだとおおおぉぉぉ!? 誰にいってんだくそアマがぁっ!!」
「ハゲにハゲっていって何が悪いのよっ! ハゲっ! ハ~ゲっ!!」
「このヘアースタイルのどこがハゲだゴラァッ!!」
「ああ、確かに、ただのハゲじゃないわね。頭の上にホウキが生えてるもん。ごめんなさいねぇ、ホウキハゲのおじさん?」
「ッッッテ……メエエエェェェェ……!!!」
いやもう何か、興奮しすぎたガランが発情した新種の山羊みたいな唸り声出しながら震えちゃってるんだけど、大丈夫かこれ。
それにしても、マリリアの毒舌っぷりには、呆れを通り越して感心する物がある。
いい度胸というか、無謀というか。
いずれにせよ、ここまで堂々とケンカを売ったという事は、実力に相当な自信があるんだろう。
「ブッ殺してやるっ!!」
「上等じゃないっ! 受けて立ってあげるわっ!!」
臆する事なく即答したマリリアが、腕を組んで胸を反らした。
そして、挑みかかるような目をガランに向け、高らかにいい放った。
「やっちゃいなさい、ルキトっ!!」
…………はい?
いきなりのムチャ振りだった。
言葉を失って唖然とするオレを置いてきぼりにしたまま、さらに暴走は続く。
「遠慮はいらないわ! こらしめてあげなさいっ!!」
いやいやいやいや。
セリフだけなら水戸のご老公みたいで何となく高尚に聞こえるんだけど、よくよく考えればただのぶん投げじゃねぇか。
まぁ、助けるつもりでいたからいいっちゃいいんだけど、何だろうこの、釈然としない感じは。
「ん?」
ここでやっと、マリリアがこちらの様子に気づいた。
向けてきた顔には、思いっきりクエスチョンマークが張り付いている。
「どうしたの? いいわよ、やっちゃって」
「やっちゃってって……オレが?」
「そう! 任せたから!!」
「何でさも当たり前みたいに任せちゃってんだよ、おい」
「は? か弱い乙女を見捨てるつもり?」
「おま……自分でケンカ売っといて……」
「違うでしょ。売ってきたのは、あっち」
「いや……そうかぁ~??」
マリリアが指差す先に目を向けると、こめかみに極太の青筋を立てたガランが臨戦態勢を取っていた。
迷惑な事に、照準が明らかにオレを向いている。
「邪魔すんなら面倒くせぇ……テメェからブチ殺してやらぁ……!!」
腰に差した直剣が、ゆっくりと抜かれていく。
それを合図に、後ろにいた子分連中も抜いた。
事ここに至ってはもはや、話し合いでは解決しそうになかった。
「仕方ない。グラス」
正面に目を据えたまま、背後に声をかけた。
「カウンターの向こうまで下がってて」
「お、お一人で大丈夫ですか? 必要なら、わたくしも……」
「平気だよ。オレだけで十分だ」
「……分かりました」
グラスが離れる気配を確認し、さてどうしたものかと考えた。
武器なら持ってはいた。
正解には、アイテムを収納しておける亜空間『悪食の法印』の中に入っている。
ただしこれには、使用制限があるのだ。
スキルの一つである悪食の法印は、一定以上のレベルに達していないアイテムを入れると粉々に破壊してしまう。
そのため、特殊な素材、工法、あるいは魔術や呪術で強化されてなければ収納はできず、通常の武器防具や道具は入れられない。
いうまでもなく、この場でそんな強力な武器を使うわけにもいかないため、現状、素手で闘うしか方法がないという訳だ。
「何だぁ? こいつ、丸腰じゃねぇか!」
「そんなんでオレ達と殺り合おうってのか?」
「女の前だからってイキがってんじゃねえぞ兄ちゃん! おぉっ!?」
「こんなガキ、兄貴が殺るまでもねぇですよ」
口々に好き勝手いってる子分達の中から、卑しい笑いを浮かべたビーノがゆっくりと前に出てきた。
大物ぶった仕草がまるで似合っていない、ネズミのような男だった。
「綺麗なお洋服着やがって。どこのお坊ちゃんだ、あぁん?」
「そういうお前は汚い顔してるな。どこのドブネズミだ?」
「な、なんだと、テメェ!」
「いいから早く来い。臭くてたまらないんだよ」
「上等だぁっ! 死ねやオラァっ!」
安い挑発に乗ったビーノが斬りかかってきた。力任せに直剣を振り下ろすだけの単細胞な攻撃だった。
身体を捻って躱すと同時に顎先を拳で打ち抜く。
ゴッ……!
「……っ!!」
意識と力の抜けた身体が前のめりに沈んでいき、そのままの勢いで頭からカウンターに突っ込んだ。
ドガンッ!!
「きゃっ!」
「うぉっとぉ!」
グラスとマリリアが同時に声を上げた。
丁度いい。泡を吹いて気絶しているビーノに直剣を借りる事にした。拾って、ニ・三回振ってみる。短めで少々軽いが、接近戦には使いやすそうなサイズだった。
「ビーノ!」
「何しやがったんだ、こいつ!?」
「テメェ、魔法使いかっ!?」
「どうでもいいだろうが、そんな事」
喚き立てる子分達に顔を向けた。
意外にも黙って様子を伺っているガランと闘る前に、オマケを片付ける必要がありそうだった。
「一人づつじゃ相手にならないよ。まとめてかかって来い」
「こ、このヤロウっ!」
「調子に乗りやがってえぇ……!」
「後悔させてやるぜ、クソがっ!!」
髭面と鉄兜、そして眼帯を付けた三人組が、同時に襲いかかってきた。
と、はた目には見えるだろうが、実際は違う。
動く速度に個人差がある以上、三つの攻撃が完全に同時である事はないのだ。つまりこの場合、三対一ではなく、一対一で連続三回、斬り合う形になる。
最初に届いたのは、髭面の横薙ぎだった。
ギイィンッ!!
左からの斬撃を上に流す。バランスを崩した隙に金的を蹴りあげた。
ドンッ!
「っっ!!!」
髭面がぐるりと白目を剥いた。
崩れ落ちる左をすり抜け、鉄兜に向かって振り上げたままの直剣を振り下ろした。髭面の身体が邪魔で攻撃できずにいる鉄兜の脳天を、垂直に斬りつける。
ガツンッ!!
鉄製の防具など斬れる剣ではない。しかし、脳にダメージを与えられればそれで十分だった。
脳震盪を起こした鉄兜がそのまま前のめりに倒れていく。
すると、その向こうから突きが飛んで来た。
「っと」
ボヒュッ!
「ちっ!」
半歩下がって切っ先を躱すと、上半身を一杯に伸ばしたまま眼帯が舌打ちした。
身体が泳いだ無防備な状態でいながら、何とも呑気なヤツだった。
左手で髪を掴み、真下に引き下ろした。カウンターの膝蹴りを顔面に叩き込む。
ゴキィッ!!
「ぶぐぁっ……!!」
砕けた前歯を血と一緒に撒き散らしながら、眼帯が後ろに倒れていった。手を開くと、ごっそり抜けた髪の毛がパラパラと床に落ちた。
短く息を吐き、四人の様子をざっと確認する。
ビーノと髭面と鉄兜は完全に失神ちていた。唯一意識のある眼帯は、口元を押さえながら踞って動かない。
反撃の心配はなさそうだった。
「オマケは片付いたな。じゃ、闘ろうか」
直剣をぽんと肩に乗せ、オレはいった。
真っ赤に染まった顔を醜く捻りながら、ガランが声を絞り出した。
「テメェ……誰に手ぇ出したか分かってんのかぁ……!!」
「ああ、分かってるよ」
先に手を出したのはお前達だろとは思ったんだけど、面倒臭いんで適当に応じておいた。
「ホウキハゲのオッサンと愉快な仲間達だろ?」
「なっ……!?」
「……ぷっ!!」
背後から、吹き出す声が聞こえた。
それはすぐに、圧し殺した笑いに変わった。
「っく……! くくくっ……!」
「マ、マリリア……笑っている場合では……」
「だって……ひ、酷くない? ルキトのヤツ……ぷっくくくくっ……」
「テテ、テ……テメェらああぁぁっ……!!」
元ネタが自分だって事を都合良く忘れたマリリアが、火に油を注いだのはいうまでもない。
「ぶっ殺してやるあああぁぁぁっ!!!」
さらに青筋を膨張させたガランが、お約束通りブチ切れた。
怒声と怒気を撒き散らしながら、大きく振りかぶって力任せに斬り下ろしてくる。
「っとぉ……!」
ブォンッ!!
左にステップし、広いスペースに移動した。
足元に障害物が転がっている状態では動きにくいのと、何より、後ろのグラス達に危険が及ぶのを避けたかったからだ。
目を血走らせたガランが、猛烈な勢いで追ってきた。
「があああぁぁぁぁっ!!」
ギイイィィ……ンッ!!
右から水平に薙がれた一撃を受け止めた。流石に、オマケ達とは比べ物にならない威力だった。
この直剣では、正直、分が悪い。
「おらああぁっ!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええぇぇぇっ!!!」
ギンッ! ギギンッ! ギンッ!ギンギンッ! ギギンッ! ギンッ! ギンッ! ギイイィィィーーンッ!!
ただ力任せに振り回しているだけのデタラメな太刀筋は、剣術と呼べるような代物じゃなかった。
しかし、一撃一撃は重く、何よりリーチが長い。
手持ちの直剣ではもう一歩踏み込む必要があったが、こうも連続で打ち込まれては前に出られない。
思ったより厄介だな、こりゃ。
「逃げてんじゃねぇぞらぁっ! さっきの威勢はどうしたぁっ!!」
「防御してるだけだろ。逃げてる訳じゃないよ」
「ならそのまま死ねやクソガキがぁっ!!」
ガギンッ! ギンッ! ギギンッ!! ギンッ! ガギギンッ!! ギンギギンッ! ギギギギンッッ!!!
今のガランはさしずめ、狂戦士だった。体力の続く限り攻撃が止む事はないだろう。
ならば、強引に突っ込むのは得策じゃない。焦らず、体力が底をつくのを待ってから反撃すればいいのだ。
フェイントを入れる程度の技術もない単調な大振りなら、いくら打ち込まれようと何の問題もない。
と、思っていた矢先だった。
「チョロチョロ逃げ回りやがって! 腰抜けヤロウがっ!!」
痺れを切らしたかのように吠えたガランが、身体を沈めた。そのまま、両手で持った直剣で低い態勢からの突きを繰り出してくる。
とどめのつもりだったようだが、かえって都合がよかった。
「串刺しにしてやらぁっ!死にやがれええぇぇっ!!」
「嫌だよバカ」
ガギィィィッン!!
身体を左に捻りながら、切っ先を後ろに受け流した。返す刃で、鉄製の胸当てを斬り上げるように一閃した。
ゴギイイィ……ッン!!
「ぐぼっ!!」
さらに、突進が止まったガランの左足――体重が乗っている軸足に、ローキックを一発。
ビシイイィィッ!!
「がっ!!」
巨体が動きを止めた所で、踏み込みこんだ勢いをそのままに、左の掌底を鼻に叩きつける。
グキャッ!!
「ぶぐぁっ!!」
鼻骨の砕けた感触が伝わってきた。押さえた鼻面からドロリとした血を流し、ガランが頭を下げた。
眼前には無防備にさらされた脳天。
そこを――
「ふっ!!」
振り上げた直剣の腹で思い切りぶっ叩いた。
ゴッ……!!
「!!」
バアアァァーー……ッン……!!!
巨体が、頭から床に突っ込んだ。
衝撃で割れた床板の上、血を撒き散らしながら身体が大きく跳ねた。
「……っっっ!!!」
……ドサッ!
うつ伏せに落ちたガランは、それきり動かなくなった。
「ふぅ……」
息を吐き、剣を引いた。
室内に一瞬、静寂が訪れる。
「……お……!!」
と、次の瞬間。
「うおおおおぉぉぉーーっ!!!」
空気が震えた。
歓声はすぐに、ギャラリー達のお祭り騒ぎに取って変わられた。
「すげぇっ! 何だ今の!?」
「あのデカい身体が弾んだぞっ!」
「ひゅう~っ!! やるじゃねぇか若ぇの!」
「ざまぁねぇぜ、デカブツヤロウがよぉっ!!」
「素敵よぉ、ボウヤっ!!」
「あの人、動かなくなっちゃいましたけど……」
「死んだんじゃない?」
「ん~? ……いや、死んじゃいないわね。痙攣してるし」
「ま、死んじまった所でどうってこたぁねぇけどよ!」
「ちげぇねぇ! ハァッハハハァァ~ッ!!」
荒くれの性なのか、あるいは酔った勢いなのか。
一歩間違えば死人が出てもおかしくない斬り合いを、まるでショーでも見ているように楽しめる感覚は、冒険者ならではといえるのかもしれない。
と。
ここでオレは気がついた。
自分のミスに。
――目立たないように行動する。そう決めていた
鮮やかな伏線回収だった。
力があれば一行矛盾でさえ許される異世界特有の伝統芸に、いわれた気がした。
ようこそ!
実力至上主義の世界へ!!
まぁ、そういう事じゃねぇだろ、なんてセルフツッコミすら無意味なのが、クソラノベなんだけどね。




